第11話 厳しい戦い

 ゲームは常に進化し続けている。


 十年ぐらい前まではグラフィックの進化が著しかったが、それも頭打ちになってくると、次に標的となったのはネット環境だった。


 かつては友達を呼んで家で遊ぶか、あるいはゲームセンターでプレイするしかなかった対戦プレイが、ネットを介していつでも楽しめるようになった。

 また、ネットを使うことで従来にはないゲーム性も生まれた。

 さらにはリリースしたソフトに不具合が生じても、ネットで簡単に修正パッチを配布することも出来る。

 ネット環境が充実することで、ゲームも新たな進化を遂げたのは間違いないだろう。


 そして同時にネットはビジネスの形すらも変えてしまった。

 ソフトの売上げだけでなく、追加コンテンツの有料配信はメーカーに大きな利益をもたらした。

 ついにアプリゲームなどはゲームそのものは無料で、課金コンテンツで収益を上げるスタイルが今や当たり前となっている。


 また、レトロゲームの有料配信事業も順調で、メーカーはそれまでショップしか恩恵を得られなかった自分たちの過去の遺産を有効活用できるようになった。


 これがメーカーにとってどれだけ大きなことか。ユーザーの立場ではあまりピンと来ないかもしれない。

 が、これまでメーカーは自分たちがゲームを作ったにも関わらず、収益は新品を卸した時のみであった。いくら中古商品がゲームショップで売れても、メーカーには一銭の利益にもならない。そのゲームを作ったのは自分たちであるのにもかかわらず、だ。


「だから一度メーカー側はゲームの中古販売禁止を訴えて裁判を起こしています」


 黛はそう話すが、もうニ十年近く前のことであり、司たちが知らなくても無理はない。

 この訴訟に対して、訴えられたショップ側は中古商品の利益の一部をメーカーに還元するという妥協案を提出している。

 しかし、メーカー側はこの妥協案を受け入れず、裁判は続行された。おそらくメーカー側は自分たちの勝利を確信していたのだろう。

 が、現実はショップ側が勝利し、ゲームソフトの中古販売は法的に認められるようになった。


「私個人としては中古販売禁止はさすがに受け入れ難いですが、メーカーのことも考えると中古売上げの一部還元は必要だったと思いますね。その後、メーカーが次々と倒産したり、合併を余儀なくされた事実を顧みれば」


 黛らしい、業界全体を考えた意見と言えるだろう。

 ともかくメーカーとしてはこういう経緯もあって、中古市場には忸怩たる想いを長年抱えていたはずだ。

 そこへネット環境が整い、メーカー自らが過去に自分たちが作ったレトロゲームを有料配信、利益を得るというのは、大きな一歩であっただろう。


「そして同時にメーカーは再び中古市場を潰しにかかってきたのです。今度は法に訴えるのではなく、まさしく実力行使という形で」


 それがダウンロード販売である。

 中古市場とはソフトがロムや円盤という形に残っているから存在できる。ならばデータと言う形のないもので提供すればどうか。もちろん中古市場は存在できず、ユーザーはそのゲームをやりたければ、メーカーの希望する価格でダウンロードするしかない。


 メーカーにとってはまさに起死回生、それまでの恨みを晴らし、中古市場を壊滅させるに値する一手である。


「とは言え、メーカーも強引にダウンロード販売一本に推し進められない理由があります」

「そうね。いくら潰したいぐらい憎んでいても、中古市場を無視することはできないわ」


 ネットという新たな販売経路を確保した今、メーカーがショップを気遣う理由はどこにもない。

 しかし、だからと言ってユーザーを無視するわけにもいかないのだ。

 いくらネット環境が整ったとはいえ、いまだその恩恵を享受しない人はいるし、データという形のないものに拒否反応を示す人もいる。

 そしてなにより長年中古市場というものが当たり前になっていたことで、クリアしたゲームを売り、そのお金で新しいゲームを買うという図式がユーザーの中で出来上がっているのだ。


 クリアしても売ることが出来ないダウンロード版は、そのようなユーザーにはなかなか受け入れられてもらえないのは仕方がないことだろう。

 ならばその金額分ダウンロード版をパッケージ版よりも安く出来ればいいのだが、開発費は等しくかかっているから下手にダウンロード版を安くするわけにもいかない。


 故にこれまではダウンロード版の販売もしつつ、パッケージ版もある程度の数を出荷していたのだが……。


「それがどうしてまた急に?」

「これまでも徐々にパッケージ版の生産を抑えてきたと思いますが、今回このように思い切った手に出たのはおそらくメーカーも方向転換を模索しているのでしょう」

「それはさっき聞いたわよ。パッケージじゃなくて、ダウンロードを主流にって話でしょ?」

「いえ、私が言いたいのはそんなレベルではなく」


 黛はコホンとひとつ咳払いすると


「メーカーは今回の結果次第で、ソフトの配給先をゲーム機からスマホに変えることも睨んでいるのではないかと思います」


 ゲームショップにとっては厳しすぎる見解を述べた。


「もし今回ダウンロード主体にしても従来のように売れるようであれば、今後もパッケージ版を絞っていくでしょう。最終的にはダウンロードオンリーになってもおかしくありません。そしてもし今回の売上げが低迷した時、やっぱりダウンロード主流は時期尚早と考え直してくれるのならいいのですが、逆にきっぱりゲーム機を見限って、ダウンロードでしか手に入らないスマホのゲームアプリの方に力を入れる決断をするかもしれませんね。事実、このメーカーは今年に入ってからアプリ業界に参入して、しっかり成果をあげています。『ドラモン』のナンバータイトルをそちらに投入すれば莫大な収益をあげるのはまず間違いありません」

「つまりどちらに転んでも」

「ええ、私たちにとってはキツい戦いが待ってますよ、美織」


 モニターからは相変わらずG3の賑やかな映像と音楽が流れてくる。

 だと言うのに。

 ごくりと、誰かが唾を飲み込む音が店内にはっきりと響いた。



 〇 〇 〇



 それからの数日は慌しく過ぎて行った。


 久乃は色々な問屋にお願いして『ドラモン』の確保に奔走。黛の伝手や、ついには大手のネット販売という禁断の入手ルートにまで手を伸ばして、なんとかこれまで受けた予約分までは無事用意することが出来た。


 ただ、その中で分かったのは、本当に今回はパッケージ版の生産を抑えているという事実。

 問屋や『ぱらいそ』みたいな個人経営のゲームショップにはあまり卸さず、量販店やネット通販には結構な量が行っている可能性も考えていたが、どうやらそうではないらしい。

 いつもは最初から強気のディスカウント価格を打ち出すネット通販の大手も今回はほぼ定価だったが、それでも一瞬で売り切れになった。

 この事態に世間も「今回の『ドラモン』はダウンロード版でしか買えそうにない」と騒然となっている。


 一方、美織はというと……。


「美織ちゃーん、なんかものすごーく長い車のお迎えが来たよー」


 外に車が止まり、中から美織の祖父が降りてきたのを見て、奈保がカウンター奥の事務室に向かって声を掛けた。

 ちなみに今年は早くも「冷やしなっちゃん」、つまりは水着姿での接客を始めている。この夏ハワイに行く為の水着を買ってきたら堪らなくなったらしい。


「はいよっと。おっ、ロールスロイスのリムジンじゃない! お爺ちゃん、気合入ってるわね」


 奈保の呼びかけに事務室から飛び出してきた美織が、外に止まった車を見て思わずえびす顔になる。


「さすがに派手すぎなんとちゃうか、美織ちゃん?」

「なに言ってんの! 交渉ごとってのはね最初にどかーんとインパクトを与えるのが重要なのよ。それで相手が萎縮したらこっちのもの」


 そうよね、お爺ちゃんと、美織が入ってきた祖父に挨拶もなしに話を振る。


「いきなり『そうよね!』と言われても分からんのじゃが……とにかく、みんな、おはようさん」


 老人が被っていた帽子を脱ぎ頭を下げたので、カウンターにいた久乃や司、葵も皆一様に同じく頭を下げる。

 美織と違い、祖父・晴笠鉄織は礼儀正しい人物であった。


「で、美織よ、今日は本当に行く気かの?」

「当たり前じゃん。それにお爺ちゃんだってロールスロイスを引っ張り出してきてやる気満々じゃないの」

「それはお前が『お爺ちゃんが持ってる車で一番ゴージャスでいかついヤツで来て』と言うからじゃろうが。そうやのうて、今日の話し合い、ワシには到底上手く行くようには思えんのじゃが」

「何を弱気なことを。お爺ちゃんは『昭和の化け物』とまで言われた人でしょー」

「昭和はもうとっくの昔に終わっとるだろうが」


 苦笑するも美織に心変わりの見込みナシとみると、老人は「まぁとにかく訴えるだけ訴えてみるかの」と帽子を被り、美織を先導する。


「んじゃ、みんな、行ってくるから」

「美織ちゃん、あんまり無茶なことを相手さんに言うんやないでぇ」

「そうそう。いい歳なんだから駄々っ子は恥ずかしいよ?」


 激励の言葉を期待していたのに久乃と葵が気を削ぐようなことを言うので、美織は「なによー」とぷぅと頬を膨らませた。


「あ、あの、店長」

「なに、つかさ、あんたまで私に自重しろとか言うの?」

「いえ、あの、頑張ってください! 店長はボクたちファンの代表です。そのボクたちの悔しい気持ちを伝えれば、きっとメーカーの人だって考えなおしてくれるはずです」


 司は両手をぎゅっと胸の前で握り、まるで祈るように美織を励ました。

 目もどこか潤んでいるように見える。

 正体は男だと分かっているし、自分は女なのも分かっているが、美織はどこか心の奥がぐっとくるのを感じた。

 司の異様な女子力、ハンパない。

 が、


「ふふん、任せなさいって。絶対この美織様がメーカーのお偉いさんの考えを正してやるからっ!」


 美織だって負けてはいなかった。どんと自分の胸を強く叩くと、その拳を天高く突き上げて力強く宣言する。


「『ロングフィールド』を私たちの手に取り戻してみせるわよっ!」

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