第9話 シスター×シスター×シスター?


「かんぱーい!」


 その日の夜の夕食はいつもより賑やかだった。


「かずさちゃん、お疲れ様っ!」


 葵が対面に座るかずさと、ジュースがなみなみと注がれたグラスをカチリと合わせる。


「お疲れ様でしたっ!」

「いやぁ美織ちゃんが言い出した時はどうなることかと思ったけど、上手くいってよかったね」

「はいっ! なんとかクリア出来て良かったです。あの、葵さんも、それにおにいもカウンターから見てたんですか?」

「そりゃあねぇ、なんか最後の方はお客さんたちみんな、かずさちゃんのプレイに夢中だったもん。おかげでこっちはヒマでさぁ」


 これと言ってやることがなかったから見てたよーと葵。

 実を言うと、商品の加工やら、ポップの作成やら、お客さんが来ないなら来ないでやることはいっぱいあるわけで、葵のそれは単にサボりにあたる。

 が、指摘するのは野暮だろう。

 なにより普段は手を休ませない真面目な司さえも、今回ばかりは妹のやることとあって不安になり、ついついかずさのプレイに見入ってしまっていた。


「そうなんだ。おにい、どうだった? かずさ、上手くやれたよね?」

「うん、完璧だったよ」


 言われて司は隣りに座るかずさの頭を優しく撫でる。


「えへへ」


 褒められて嬉しそうに司に寄りかかるかずさ。実に重度のブラコンだった。



「杏樹もお疲れ様だったな」

「どもなのですー」


 一方、もうひとりの主役である杏樹もまた幸せの絶頂にいた。

 レンの労いにハイテンションで答えながら、自分の膝の上に乗せた美織のために一口サイズのから揚げにフォークを突き刺す。


「はい、おねーさま、あーんしてください」

「だーかーら、子ども扱いすんなって言ってんのよ!」


 文句を言いながらもぱくっと目の前のから揚げに喰らいつく美織。


「次はなにが食べたいですかー?」

「あのねぇ、別にあんたに取ってもらわなくても自分でやれるわよ」

「ダメなのですよー。お姉さまのお世話は妹の仕事と決まっているのです」


 自分に嬉々として奉仕する杏樹に、美織はあんな約束をするんじゃなかったとちょっと後悔するのだった。



 あれからかずさと杏樹の仲を取り持つ為に司と美織はある取り決めを交わした。


 それは司と杏樹の姉妹関係について。

 杏樹は司を妹として四六時中扱うのを希望したが、かずさは断としてそれを認めない。

 逆にかずさの希望はふたりの関係そのものの解消だった。

 そんなふたりへの折衷案として美織が提案したのが、司と杏樹はぱらいそ店内においてのみ姉妹関係を結ぶというものだ。

 折り合いをつけるには妥当なところだろう。

 が。


「イヤなのですよー。杏樹は一歩も引くつもりはないのですー」

「私だって! おにいはかずさのものなんだからっ!」


 と、お互いに譲らない。

 せっかくゲームで仲良くなったと思ったのにこれではまた話は振り出しに戻ってしまったと司は頭を抱えそうになり、美織は苦虫を噛むように顔を顰めた。


 しかし、それは正しくなかった。


 確かに杏樹とかずさは司を巡って対立はしていたが、同時にお互いの利益の為に手を組むほどまでに仲良くもなっていたのだ。


「でも、ある条件を飲んでくれたら、さっきの提案を受け入れてもいいのです」

「そう、私もある条件を聞いてくれたら、おにいたちの言うこともきいてあげる」

「条件?」

「なんだろう?」


 顔を見合わせる美織と司に、ふたりはそれぞれ要望を突き出す。


「司と姉妹関係にない時は、代わりに美織お姉さまとラブラブな時間を過ごしたいですー」

「杏樹との姉妹関係を認める代わりに、月に一度はかずさとデートしてよ、おにい。あ、もちろん、デート費用は全部おにい持ちね」


 かくしてふたりの説得は個別交渉へと舞台を移し、司は早々に全面受け入れで降伏。

 美織は粘りを見せてなんとか杏樹が何か褒められることをした時だけ、自分を愛でることを許すというところまで持っていったのだった。




「おにい。かずさ、最初のデートはここに行きたいなぁ」

「えーと……あの、かずさ、これ僕が考えていた予算を軽く倍ぐらい超えているんだけど……」

「最初だからいいじゃん! ねー、行こうよー、せっかく東京に来たんだしさー。こういうオシャレなところに行ってみたいよー」


 夕食後、リビングの絨毯に座る司の背に覆いかぶりながら、床に広げたガイドブックを指差してかずさは駄々をこねる。


「お姉さま、お背中お流しするのですよー」

「ちょっ! そんなことしなくていいから。てか、入ってくるな、杏樹!」

「いえいえ、お姉さまの身体を隅々まで清めるのは妹の大事なお仕事ですからー」


 一方、お風呂場では美織がまさに貞操の危機に直面していた。


 そんな光景を前にしながら


「なんだろ、今年の一年生ってふたりともパワフルってゆーか」

「オレたち、巻き込まれなくてよかったな」


 葵とレンがくわばらくわばらと唱える。

 そのふたりの横で奈保が「なんまんだぶなんまんだぶ」とお経を読み上げるのは何か勘違いをしてのことだが、あながち間違いとも言えなかった。



 こうして更なる新戦力を加えたぱらいそは、またひとつゲームショップとしてレベルアップを果たした。

 しかしその一方、全国のどこかで今日もゲームショップが一軒、また一軒と閉店に追い込まれていく。

 これも時の流れと言えば、それまでかもしれない。

 街のゲームショップが必要とされた時代はもう終わったのかもしれない。

 その流れにぱらいそも飲み込まれてしまうのか。

 それとも流れに逆らい続けるのか。

 

 ぱらいそ、激動の二年目が始まる――。

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