ぱらいそ~逆襲するゲームショップ!~
タカテン
第一章:シスター×シスター×シスター?
第1話 ぱらいそ・ますと・ごー・おん
季節は巡り、本格的な春の訪れも近い三月の下旬。
温かい陽射しが差し込む中、ゲームショップ『ぱらいそ』で働きながら、
思えば、司がバイトし始めた頃の『ぱらいそ』は酷い状態だった。
先輩の人たちはみんなだらけていたし。
店内に張り出されたポスターはどれも古く、商品の陳列は乱雑のひと言。
買取価格表に至っては一ヶ月以上更新されていなかった。
それでも挫けることなく司はひとつひとつ改善していったものの、到底お店を立て直すことは叶わなかったのだが……。
なのに、彼女はたった一日で状況をがらりと変えてしまった。
でも、司と同じ十五歳というその小さな体には大人顔負けの、とんでもない豪腕経営術が秘められていた。
やる気のない男性アルバイトをみんな解雇したかと思えば、突然『ぱらいそ』を女の子の店員しかいないメイドゲームショップに変貌させるわ。
ライバル店のオープンセールに集まったお客さんたちに「そこの店の販売値段より高い価格で買い取ります」というチラシをくばり、根こそぎ奪おうとするわ。
しまいには「自分にゲームで勝てたら買取価格倍増!」という無茶苦茶な買取キャンペーンまでやり始める。
どれも司ではとても思いつかない、ハチャメチャな戦略だ。
だけどメイドゲームショップに生まれ変わった『ぱらいそ』はとても華やかで。
そんな『ぱらいそ』を訪れたお客さんたちは気に入ってくれて。
買取キャンペーンで繰り広げられる熱いゲーム対決に、店内は大いに盛り上がった。
メイドはともかくとして司が理想とする、店員もお客さんも楽しめる、活気溢れるゲームショップの姿がそこにあった。
だからこそ司は男という理由で一度解雇されながらも、女装という禁じ手を使ってまで『ぱらいそ』で働くことにしたのだ。
そして美織や司だけでなく、自然と『ぱらいそ』には一癖も二癖もある店員が集まってきた。
昔から美織の教育係的存在で、お店の経営は勿論のこと、皆の食事からトラックの運転、おまけに作曲までなんでもこなす、おっとりした関西弁が特徴の完璧超人・
持ち前のお気楽な性格で、胸の谷間が開いたメイド服をあっけらかんと着こなして皆を和ませたり、どぎまぎさせたりする女子大生・
お調子者のムードメーカーであり、高校生ながら人気同人作家の肩書きを持つ
かつて美織と戦い、その策略の前に破れてスタッフとなった
おまけに
色々あって今は『ぱらいそ』で働くことになったが、全ての業務は言うまでもなく、買取キャンペーンで美織の代役まで務めることができる究極のオールマイティと言っていいだろう。
最初はみんな美織に無理矢理付き合わされたり、バイト条件の良さに惹かれただけである。レンと黛に至っては、元々は敵対する関係だった。
それが今では誰もが『ぱらいそ』がとても大切な場所となっている。
かく言う司も普段は坊主頭の冴えない男の子なのに、『ぱらいそ』ではショートカットのウィッグとミニスカートのメイド服を身に纏った女の子に変身して、いつ正体がバレるかと不安を抱えながらも日々を精一杯、楽しく過ごしている。
それもこれも全ては店長である美織のおかげ――。
この春から司たちの一年後輩として花翁高校へ進学する美織ではあるが、司はそれでも尊敬の念をこめて彼女を「店長」と呼ぶ。
さて、その偉大なる店長・美織は今、何をしているかと言うと……。
「まったく、なによこの有様はっ!」
受験勉強地獄から開放されて久しぶりに『ぱらいそ』の店頭へ戻ってきたというのに、ぶりぶりと怒っておられるのであった。
「ちょっと、カオル! こっち来なさいっ!」
怒りの矛先は、まず黛に向けられた。
美織は苛立ちを隠すことなく、カウンターから黛の名を呼ぶ。
当の黛は試遊台コーナーから「何の用です?」と訝しむ表情でカウンターを向くも、すぐに笑顔を浮かべて周りのお客さんたちに「ちょっと店長が呼んでいますので行ってきますね」と断りを入れた。
「あーん、薫様、すぐに戻ってきてくださいねー」
「戻られたら、お茶にしましょう」
背後の黄色い声援に黛は「それは楽しみです」とにっこり答え、カウンターへ歩を進める。
その後ろ姿に再度上がる歓声。
もっとも彼女たちは知らない。
黛が先ほどの営業スマイルから、いつもの仏頂面に戻っていることを。
「なんですか、美織? 私は接客で忙しいのですが」
「……あんた、そんなに表裏の激しい人間だったっけ?」
「なんのことです?」
「さっきまで女の子たちに笑顔で接していたじゃない。普段は今みたいな仏頂面のくせに」
「お客様の前では自然と笑顔になる、サービス業に携わる者ならば誰もが持っていて当たり前のスキルだと思いますが?」
もっともその当たり前が、十年ほど前、ぱらいそでバイトをしていた若かりし日の黛はまったく出来ていなかったから、美織は驚いたのだが。
「そんなことを言う為に私を呼び寄せたのですか?」
「違うわよ! 私が訊きたいのはあれよ、あれ!」
美織はぞろぞろと試遊台から休憩コーナーのテーブルへと移動する女の子の一団を指さす。
「あんた、私が休んでいる間にハーレムなんて作ってるんじゃないわよっ!」
「ハーレム? また何を言っているんです、あなたは? あの子達は大切なお客様ですよ」
まったく馬鹿なことを、と呆れる黛だが、美織は「だったらその制服は何よ?」と噛み付く。
「ああ、これですか」
黛は制服の胸元をかすかに引っ張った。
『ぱらいそ』の制服は皆、美織の手作りである。
が、黛だけは唯一自ら用意した。
その背景には美織が急遽受けることになった高校受験の勉強の為、制服を作る暇がなかったというのもある。しかし同時に美織が変な制服を作ってくる前に、自らのキャラを固めてしまえという黛の戦略を疑わずにはいられない。
なんせ短く切り揃えた髪の毛をさらにワックスで固め、きりりと引き締まった端正な顔立ちをさらに際立たせる化粧を施した上に、メイドゲームショップでありながら店内で唯一執事服を用意して着込んでいるのだから。
「私には皆さんのような可愛いメイド服は似合いませんからね。とは言え、ここはメイドゲームショップ。私が出来うるメイドに近いものをと考慮した結果、このスタイルにしたまでのことですが?」
「本当に? あんた、旦那や子供もいながら、実はそういう趣味があるんじゃないでしょうね?」
「うん? 言っている意味が分かりませんが?」
「だーかーら、あんた、男装の麗人を気取って本当は女の子たちを侍らす趣味があるんじゃないの、って言ってるのっ!」
えらい剣幕で問い質す美織だったが、当の黛はそれこそ呆れた。
「あるわけないでしょう。それを言うなら、美織こそどうなのです? みんなにあんなメイド服を着させる貴方の方こそ、その手の道に通じているのではと疑いますが?」
「私は単に可愛いものが好きなだけよっ! そっちの趣味なんてないわっ!」
いきり立つ美織に「本当ですかねぇ」と疑いの眼差しを変えない黛。
なんせチャイナドレス風メイド服やら、巫女風メイド服などを作っては無理矢理着せ、悦に入っている美織の姿を見ている。疑わしいことこのうえない。
が。
「ちゃうちゃう。美織ちゃんは百合趣味やのうて、単に相手が恥らう姿に萌えるドSやでぇ」
久乃がそんなことを言ってきたので、ああと納得した。
「まぁ確かに。美織のは百合の甘美さを楽しむというより、女の子に恥ずかしい格好をさせて愉しむオヤジ趣味ですね」
「そやそや」
「変態ですね」
「ド変態やな」
「……あんたたちねぇ」
変態だ、変態だと連呼するふたりを睨みつける美織。
「とにかくカオル、あんた本当にそっちの気はないのね?」
「ええ、私は変態の美織とは違いますから」
「しつこいわよっ!」
まぁでもだったらいいわ、と美織はあっさり納得した。
なんだかんだで昔からの付き合いのある仲だ。
黛がつまらないウソをつかないのを美織は知っている。
「でも、美織ちゃんがそういうのを気にするのは意外だねー。美織ちゃんって世間の
そこへこれまでのやりとりを近くで黙って聞いていた葵が割り込んできた。
「来る者拒まずって……あんた、私をなんだと思ってるのよ?」
「えー、だって美織ちゃん、どう見ても肉食系じゃん? それにお嬢様学校に通ってたんだから、そういう百合話のひとつやふたつぐらい」
「ないわよっ!」
「ホントにー? ひそかに久乃さんを当時はお姉さまと呼んで姉妹の契りを結んでたりしてたんじゃないの?」
「んなわけないじゃない。久乃のことは子供の頃から久乃って呼び捨てにしてるわっ!」
おいおい、年上なんだから呼び捨てにするなよ……。
と、ツッコミを入れたい葵だったが、その代わり、
「んー、まぁ、でも言われてみればそうだよね、美織ちゃんの性格からして妹側なわけないか……それにお姉さまと慕われるには、ちょっと」
美織の頭から足先までじっくり視線を走らせた。
そして、そのちんまりとしたなりに、思わず憐れみの表情を浮かべる。
「なっ!? なによ、その顔はっ!? こう見えて私だって」
「そやでー。こんなちんちくりんな美織ちゃんにも『お姉さま』って呼んで慕う子が前の学校にはおったんやで」
「ちょっ、久乃!?」
葵から受けた侮辱に、自分でもつい勢いで暴露しようとしていた過去を、しかし、久乃に言われようとして美織は慌てた。
「へぇ、意外だねー」
「世の中は広いですね。そんな物好きもいるとは」
美織の慌てた反応もあってか、葵と黛は久乃の話に大いに関心を示す。
すかさず葵が美織の両脇から腕を通して身体を拘束すると、黛が「続きをどうぞ」とばかりに久乃を促した。
「それが美織ちゃんもたじろぐぐらい積極的な子でなぁ。四六時中、美織ちゃんの事をお姉さまお姉さまって追い掛け回して、ついには強引に」
「久乃っ!」
話が佳境に入る寸前、葵に捕まっていた美織が火事場のクソ力で拘束を振り解くと、久乃に飛び掛った。
「うわぁ、美織ちゃん!?」
「それ以上言ったら殺すからねっ!」
首を絞め落さんとばかりに突き出された美織の両手を、久乃が必死になって受け止める。結果、プロレスで言うところの力比べみたいになった。
「とりゃあ!」
と、じりじりと広がっていく両手の間から、美織が頭突きをかます。
「ちょ、美織ちゃん、なにするん!?」
が、悲しいかな、身長差から美織の頭突きは久乃の頭には届かず、その豊満な胸に顔を埋める形となった。
「とりゃとりゃとりゃ!」
それでも構わず頭突きを何度も何度も久乃の胸にかます美織。
「やめ、もう、やめてーや、美織ちゃん」
「ならもう言わない? 言わないと約束する、久乃?」
「分かった、言わへんから、もうやめぇ」
久乃が降参してもしばらく胸に顔を埋める動作を続ける美織を見て、黛は思う。
(やはりエロおやじって感じですね、美織は)
「ま、カオルの件はいいとして、それよりも深刻な問題があるわ」
そう言うと美織はジロリとカウンターにいるみんなを睨みつける。
そこへ運悪く司が商品の陳列から戻ってきた。
「はい、つかさ! 深刻の問題とは一体なんのことでしょう!?」
「え? え?」
いきなりそんなことを言われても分かるはずもない。
司は戸惑った表情を浮かべながら、首を傾げた。
「分からないの? じゃあヒントをあげるわ。店内をちょっと見回してみなさい」
司のみならず、葵たちも美織に言われるがまま店内を見回した。
入り口には奈保がお客さんをにこやかにお出迎えしながら、時折写真撮影に応じるサービスをしていて。
お店の片隅に置かれた一台の対戦筐体では、いつものようにレンとの対戦待ちのお客さんが群っている。
春休みということもあって、人気のある試遊台のみならず、他のコーナーも店内は多くのお客さんたちで賑わっていた。
「別に問題ないじゃん。普通の日常だよ?」
葵が率直な感想を口にする。
「それよ!」
が、美織はびしっと葵を指差して吠えた。
「この光景に何の疑問も抱かない、それが深刻な問題なの!」
言い放ってドヤ顔を決める美織。
「えーと……ごめんなさい。よく分からないんですけど……」
もっとも司には美織の言いたいことが伝わらなかったらしい。
いや、司だけではない。
葵も、久乃も眉間に皺を寄せている。
「そうですね。私もこれはどうかと思っていました」
ただ、黛だけがなるほどと美織の言葉に頷いた。
「確かに私もこれはなんとかしないとと感じていたところです」
「ふ、どうやら考えていることは同じのようね、カオル」
「ええ、早期に解決すべきですね」
ふたりは一度すーと息を吸い込むと同時に口を開いた。
「新生『ぱらいそ』一周年イベントをやるわよっ!」
「スタッフ不足を解消しましょう」
「どこが同じ考えだよ、全然違うじゃん!」
葵にツッこまれるまでもなく、美織と黛は思わず顔を見合わせるのだった。
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