幕間 7

『野薔薇の聖女』セレナの祈り

 正面のモニターに、コクピットへ迫り来る剣の切っ先が見え、私は己の運命を悟りました。


 身体が危機を感じているからか、それは妙にゆっくりと見えています。


 こちらのやりも、全く同じ様に相手へ向かっていて、相討ちはほぼ確定の状況ではありますし、ひとまず一時的にでも兄様の危険は和らいだはずでしょう。


 元々残り短い命ではあったからか、この状況にも不思議と恐怖は感じません。


 もとより覚悟はできていて、天に召されるのが少し早まっただけですし、それも当然かもしれませんが。


 兄様の悲しむお顔を見ずに済むのは、私としては好都合なのですが、兄様は間違いなく酷く悲しまれますね。


 早めにレイラさんへ、私亡き後の兄様の事をお任せしておいて良かったです。彼女も兄様もお互いへ強く好意を持たれている様ですし、支えてくださるはずでしょう。


 ……これは『聖女』たるものの、考える事ではありませんね。神々よ愚かな私めをお許しください。


 天命と分かっていても、兄様の事をもう少しお側で見ていたかった、という心残りがないと言えば嘘になります。


 ですがここを乗り切っても、私を失った兄様が、無茶な行動をとられてしまうかもしれませんし、そうでなくても不運で、という事もあるかもしれません……。


 『聖女』が近くにいると死ににくい、というお話を耳にしますし、それは十分考えられることです。


 私がいなくなったとしても、せめて加護だけでも残せれば……。


 そう考えた私は、私の残りの命を全て使って、兄様へのそれにつける事にしました。


 胸元にぶら下がる自分のロザリオを握り、私は禁術になっている、生命力自体を元にした加護の祝詞を唱えました。


 すぐにメキメキ、という音が身体の中からし始めて、全身が壊れていくのが分かる様に痛みが走ります。


 それにひるまない様に堪えながら、私はもうほんの限られた時間を余さない様、全力で加護を完成させに行きました。


 9割ほどの段階で、神経が焼き切れたのか何も感じなくなり、その直後、ついにモニターが割れ、本物の切先が現われました。


 前の大佐殿をそれが引き裂いたとき、なんとか加護は完成しました。


 もう私は五感の内、視覚と聴覚のみしか機能しておらず、恐らく心臓の鼓動は止まっているはずです。


 やがてその2つも、剣が私を切り裂く前に消えて無くなってしまいました。


 ですがそれで良かったのかもしれません。私の脳裏に、兄様達との幸せな日々が駆け巡って行くのですから。


 1つ未練があるとすれば、出撃前に言い損ねていた、兄様とレイラさんの3人でゆったりとお茶をする事が叶わなかったこと、ですね。


 ――ああ、兄様。どうかどうか、あなたの旅路じんせいが、末永く愛する人と手を取りあった、幸せなものであります様、に――。

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