第八話

 エリーナはしばらく動けそうも無いので、ジェシカが代わりにカーブの内側にある丸石の川原へと機体を動かした。


 そこで朝食がこみ上げてきたエリーナとアルテミスは、ハッチを急いで開けて転げ出ると、川に吐瀉としゃ物を垂れ流した。


「2人とも大丈夫かい」

「だ、大丈夫じゃ無いで――、うええっ……」

「ええ。右に――、おえっ……」


 水を手に機体から降りてきたジェシカが、四つんいの相棒と『聖女』の傍でしゃがみ、心配そうに見つめる中、2人はもう一回勢いよく吐いた。


 それで吐き気が治まったエリーナとアルテミスが、飲料水で口をゆすいだところで、


「さて……、どうしようかしらね……」


 意気消沈、といった様子で、落ちてきた所を見上げるエリーナの肩に、ジェシカは手を置いて、にこり、と微笑ほほえんで励ます。


「どうしたら良いと思う? ジェシカ」


 全員がコクピットに戻って定位置についた所で、エリーナはジェシカにそう訊ねる。


「このまま川沿いに下流の方に行くと、ちょっと広めの盆地に出るんだ。そこから北東に行くと街道に当たるから、それを北へひたすら進めば北フォレストランドに着くよ」


 すると彼女は、ほんの少しの間しか開けず、正面モニターに地図を表示しつつすらすらとそう答えた。


「オーケー。じゃあそうしましょう」

「了解」


 エリーナは異論を全くとなえないのでホイホイと話が進み、ジェシカの言うとおり北西に進路をとった。


「エリーナさんは、ジェシカさんをすごく信頼されているのですね……」


 アルテミスは羨ましそうにエリーナへそう言った。


「もっちろん。ジェシカは私が迷ったときは、いつも正しい方に導いてくれるんだから」

「そりゃどうもー」


 自慢げにそう言うエリーナの言葉を聞いて、ジェシカは泰然たいぜんとした口調でそう言った。


 だがその顔は、まだ昨夜の影響が残っているせいで、やや顔が赤くなっていた。


「お2人がうらやましいです……。私には、気心知れた人は居ないので……」


 首から下がるロザリオを握り、アルテミスは寂しげに笑ってそう言う。


 彼女は、ずっと『兵器』として世間から隔離かくりされ、周りに居る人々は大人ばかり、という非常に息苦しい思いをして育っていた。


「……じゃあ、戻ったら、またそういう生活になるのかい?」

「まあ、はい……」


 それを聞いて、ジェシカは少し唖然あぜんとした調子で訊くと、アルテミスは言いにくそうにそう返した。


「もし嫌なら、このまま『公国』に亡命したらどう?」


 ややうつむき加減で、へその高さで組んだ手を見つめる彼女に、エリーナはそんな突拍子も無い提案をする。


「ええっ!? いえ……。お2人に、ご迷惑をかけてしまいますし……」


 顔を上げたアルテミスは、慌てた様子でそう言って断った


「私らは別に構わないわよ? ね、ジェシカ」

「そうとも。『逃し屋』なら小遣い稼ぎでたまにやるから、慣れているしね」


 まあ、無理強いはしないから、気が変わったら教えてくれ、というジェシカの言葉でその話題は終わった。




 本来は1時間半で道に出られるところを倍近くロスして、やっとこさ3人は北フォレストランドにつながる街道に戻った。


「やれやれだね」

「よーし。気を取り直して行くわよ!」


 というのも、木の密度が低い所を選んで進んでいた際、うっかり沼に突っ込んで脱出に手間取ったためだった。


 車体から時々乾いた泥を落としながら、硬く締った土の道を進んでいると、後ろからやたら攻撃的な見た目の『レプリカ』が追いついてきた。


「よう『男爵』ー! どうした、えらく前衛的な塗装の『レプリカくるま』じゃねえか!」

「おや、『大猪』のおじさま」

「良いでしょう? ちょっと西の方の崖から落ちて沼に突っ込んだ自然派塗装よ」

「おいおい、あそこ大分高さあるぞ? まさかおえら幽霊か?」

「あなたの横にボクらがいなければ違うよ」

「おおそうか! なら安心だな!」


 2人と気の抜けた会話を繰り広げ、がはは、と笑った彼は、『大猪』ことガリルという傭兵で、特徴的なダミ声と綺麗きれい禿げ上がった頭がトレードマークのナイスミドルだ。


 彼の機体には上部に極太のレーザー式迫撃砲が2門と、下部の装甲に直接固定された2本のパイルバンカーが装備されており、その二つ名の通り、敵中に突っ込んで暴れまわるインファイター型にカスタムされている。

 機体重量はかなりの重さになるが、大型のコアを2つ積むことによって鈍重さを克服する、という、ゴリ押し仕様になっている。

 なお、そのせいでコクピット内が狭く、1人しか乗ることが出来ない。


「そんじゃ、『姫』と『男爵』殿、道中気を付けてなー!」

「あなたもねー!」


 そう挨拶を交わすと、Y字路をジェシカ達とは逆の、カーブになっている方へとガリルは曲がっていった。


「今の方は?」

「彼は『大猪』のガリルさんだ。戦場で敵として会いたくない人の1人さ」

「そんなにお強いのですか……?」

「ああ。なにせ、1人で15機を相手にして、5分で全機スクラップにする人だからね」

「ええ……」


 すさまじいエピソードを聞いて、アルテミスが若干引いていると、


「こちら『たかの目』ジョニー。カロン民国みんこく政府が金貨10枚で傭兵を募っている。集合場所はメルクーリ基地で先着20人だそうだ」


 オープンの回線から、若い男の声でそんな通信が入った。すると、それに続くように、話に乗った、という傭兵達の声が異口同音に飛び交った。


「お? その識別番号は『男爵』じゃないか。お前らは参加しないのか?」


 それが止まった後、ジェシカ達に気がついたジョニーが、個別回線でそう訊いてきた。


「やあ『鷹の目』。ボクらはちょっと野暮やぼ用でね」

「ほう? 金貨10枚よりも魅力的なことなのか」

「ああ。なにせ人助けだからね」

「なるほど。じゃあ『姫』も『男爵』も頑張れよ」


 彼はそう言うと、ビーム弾を上空に向けて放った。それが上がった場所は、進行方向右正面のかなり遠い所にそびえる山地の山頂付近だった。


 ジョニーの機体は脚が無限軌道ではなく、蜘蛛くものようになっていて、武器は機体上面に付いた、かなり砲身が長い超ロングレンジ粒子砲と、下部に一般的な実砲・ビーム弾共用砲という、狙撃仕様の装備になっている。


 その後も、周りに傭兵の数が多いこともあって、続々とジェシカへの通信が来て、その度に彼女はジョークを飛ばしたり、この先の道の情報収集をしたり、と忙しそうにしていた。


「なんていうか、ジェシカさんって結構顔がお広いのですね」

「まーね。彼女、凄く人付き合いがいいし、腕が立つから有名人なのよ」


 得意げに相棒のことを語った後、オマケの私と違ってね、とまた自嘲的にそう続けるエリーナは乾いた笑いを浮かべる。


「何を言ってるんだいエリーナ。君がいてこそボクは『男爵』なんだよ?」


 もう少し自分を誇ったっていいんだよ、と、ジェシカは他の傭兵との会話を中断し、愛情の籠もったどこまでも温かな声色と笑顔で言う。


うれしいこと、言ってくれるじゃない。……ありがとね」


 全くリップサービスの入っていないその言葉に、エリーナは非常に照れくさそうな顔でそう言った。


 そんな2人の会話を聞いていたアルテミスは、


「いいなあ……」


 うつむき加減で『レプリカ』の駆動音に紛れるほど小さな声でそう言った。

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