第七話

 出入り口の扉が閉まり、少ししてから、


『でも、虐殺を止めたところで、それが起こる事を阻止出来なかったボクに、これを持つ資格なんてあるんだろうか……』


 メダルを手に乗せて見眺めつつ、ミコトは自嘲気味にそう言う。


『偉大なる先の大王様も、草葉の陰でさぞ失望なされている事だろう』


 膝を抱え込んでうなだれたミコトは、消えそうな震える声で自分の不甲斐ふがいなさを嘆く。


「もしそうだとしても、今から取り返せばいいじゃないか」


 最初から何でもは上手くは出来ないものさ、と、レオンはそんな彼女を励ます。


『そういうもの、だろうか……』

「ああ。どんな英雄譚えいゆうたんにだって、何かしら失敗は描かれているだろう?」


 僕だってついこの間、取り返しの付かない失敗をしかけたから、ね、というレオンの声色には、少し自分へのとげの様なものが混じっていた。


「失敗しても取り返そうとするなら、あなたのご先代だって見限りはしないはずさ」

 

 少し眩しいものを見るように、レオンがミコトにそう言った直後、


『れおんがいうならまちがいない』


 こっそりドアに張り付いていたマリーが、勢いよく開けて古代語でそう言った。


「ありがとう。……ところで、なんでこんな所にるんだい?」

「ひまだったから」

「なるほど。まあ、基地の中じゃマリーは退屈だろうね」

「うん。つまんない」

 

 とてとて、と入ってきたマリーは、そう言いながらレオンの膝に座った。


『ははっ。彼女がそう言うなら、そうに違いなさそうだ』

『『せいじょ』はうそをつかないからな』

 

 彼の言葉とマリーの得意げな顔を見たミコトは、その表情に笑みが戻り、先ほどまでの憂鬱なそれはすっかり消え失せていた。


流石さすが『英雄』と呼ばれる方の言葉だ。名君の言葉の様に心へよく響いたよ』


 そう言って正座をしたミコトは、レオンに感謝の言葉を言って頭を下げた。


「ああ、ありがとう。……でもそれは買いかぶり過ぎだよ」


 僕はそんな、立派な器じゃないんだ、というレオンの表情は、どこか遠くを見ているようだった。


「すいませんレオン。ミコト陛下を指令室までお連れしていただけませんか?」


 それに他の3人が気付く前に、彼の端末にレイラからそう通信が入った。



                    *



「うーんそうか……、それは困ったね」


 ミコトを連れて指令室にやってきたレオンは、『島国』への通信波の送信に関する大きな問題を聞き、そう言って思案顔であごに手を当てる。


 その膝の上に、引き続きマリーが座っていたが、彼女は棒付きキャンディーをなめて大人しくしている。


 その問題とは、『島国』まで届く程の十分な出力を出すには、『大連合』と『公国』の全電力を出しても足りない、という事だった。


 引き続き通信を繋いでいて、同じ話を聞いていたエレアノールは、


「それなら、『帝国』の電力も足せば良いのではなくて?」


 レオン達にそう提案して、協力なら取り付けられますわよ、と続けた。


「エレアノール様。残念ながら、それは出来ません」

「どうしてですの?」

「はい。我々『帝国』と『大』『公』同盟とは、電力の周波数が違うのですよ」


 『帝国』の周波数は90だが、『大連合』と『公国』の2国は共に70だった。


「……ままならないですわね」

「はい。普段は敵国同士ですし、仕方がありません」


 それを聞いて、エレアノールは残念そうなため息を吐いた。


『そうか……、まさしく、暗礁あんしように乗り上げた訳か……』


 ミコトは脚の上に置いている手を握りしめ、歯がゆそうにつぶやく。


「いや、可能性がない訳でも無いんだけど……、ね」


 弱ったな、といった顔で、レオンはエレアノール達の方を見る。


「ああ、『帝国』の『グリーンマン』を活用する、という手がありますね。ちょうど稼働状態ですし」


 レオンのその動きで、彼の考えに察しがついたレイラがそう言うと、


「……ちょっと待ってくださいの」

「はい?」

「もしかしてその珍妙なコードネーム、わたくし達の『グウィール』の事を言っていて?」


 彼女が発した『神機』名に、引っかかったエレアノールは、変な顔をしてレイラに訊く。


 『グリーンマン』――もとい、『グウィール』は、エレアノール達の乗る、長細い四面体で構成された3型『神機』である。

 数ヶ月前、『233年3ノ月戦争』で『大連合』北西領に侵攻した、『帝国』軍の『神機』として参戦していた機体で、超強力なジャミングでレイラ達を苦しめた。


「なるほど。『帝国』のコードだと、『グリーンマン』では――」

「『グウィール』ですわ! そのマヌケな呼び方はお止めなさい!」

「まあまあ、エレアノール様。敵機の命名は総じてそういうものですから……」


 なぜキレられてるのか、いまいちピンときていないレイラの言葉を遮って、怒り心頭で訂正を求めるエレアノールをアメリアはそう言ってなだめた。


「いえ、そこは敬意を持って付けさせて頂いたつもりですが……」


 するとレイラは、けなす意図の一切無い、至極しごく真面目な顔をしてそう言った。


「あなたが命名者ですのね……」


 センスの問題なら仕方ないですわね、と言って、エレアノールは深いため息を吐き、


「な、なるほど……」


 なんとも言えない、といった様子で、アメリアは顔を引きつらせ、レオンは曖昧に笑みを浮かべていた。


「というか、やっぱりその事をつかんでましたのね」

「はい。場所は言えませんが、監視所から報告があったもので」


 レイラの言う監視所は、『大連合』内にある南部ディアマンティ山脈第4峰・D4の山腹にあり、国内から『帝国』をのぞき見る事が出来る監視所の1つである。


「やっぱりアメリアさんの言う通りでしたわね」

「まあ、私は他人ひとから聞いた話をそのままお伝えしただけですが」


 やれやれ、という表情で、エレアノールは首を横に振り、アメリアはそれに同意した。


 そんな稚拙なミスを犯した原因は、『233年3ノ月戦争』での作戦失敗と偽『聖女』騒動で、いよいよ後が無くなった『帝国』領ルザ州軍令部司令官にある。


 彼は『聖なる7日間』直後に、気が緩んでいる『大連合』へ攻撃を仕掛けようと、『グウィール』を『大連合』国境に1番近い基地に運び込んだ。


 しかし、そこは複数の『大連合』の監視所から確認出来る、秘密作戦には全く向かない基地で、実質、周辺自治体の物流倉庫になっていた。


 その事は、真っ先に指摘したアメリア以外も予想していて、ほとんどの参謀が反対したが、州司令官はそれを一切無視して作戦を強行した。


「で、それを返り討ちにするために、わざわざ『英雄』さんが出席した、という訳ですのね」

「ああ。『フレイム』なら、あなた方と一戦交える必要すらないからね」


 エレアノールの質問に、レオンは一度頷うなずいてそう答えた。


 レオンとセレナの乗る紅蓮ぐれんの『神機』は、命名に『公国』諸侯による会議が必要で、長らく名前が無かったが、2ヶ月程前にやっと『フレイム』に決定した。

 そんな『フレイム』は、現在この基地内の格納庫で待機状態になっている。


「では伺いますが、『グリーンマン』――」

「『グウィール』」

「失礼。『グウィール』を使わせていただけますか? マドック中尉。ハミルトン様」


 レイラが指令室のメインモニターを真っ直ぐ見据え、2人にそう願い出る。


「どうされますか。エレアノール様」

「まあ、もうどう見ても作戦成功の目はないですし、別によろしいですわよ」


 諸交渉も私の方からしておきますわ、と言ったエレアノールは、その辺にいた世話係に、ハミルトン家の皇帝補佐官へとつなぎ、『帝国』軍軍総司令官に取り次がせるよう指示を出した。


「感謝いたします」

『ボクからも言わせてもらいたい。ありがとう』


 エレアノールへ敬礼をしたレイラの横で、ミコトは深々と頭を下げた。


「礼など必要ありませんわ。私としても、あのボンクラにはがあったので」


 笑顔を浮かべてそう言うエレアノールだが、それは実にサディスティックなもので、


「こわい」


 ちょっとやそっとじゃ動じないマリーが、数時間前の一件のときより露骨におびえていた。


「とりあえず、そちらの鉄道が来ている所まで運搬させますので、少将さんはそのための調整辺りをお願いしますわね」

「はっ。お任せ下さい」


 レイラがそう答えると、サラはすかさず、交渉の達人であるベイルへ発信する。


「では、そちらも都合があるでしょうし、一度切りますわね」

「承知しました」


 総司令官に繋がったので、そう言ってレオン達との通信を切った。


「ふふふ……。これでもう安心ですわよ、アメリアさん」

「ありがとう、ございます」


 交渉のついでに総司令官へ色々暴露し終えたエレアノールは、州司令官に散々折檻せっかんされていたアメリアへそう言い、彼女の唇へ短いキスをした。


 それからほんの少しの間、2人はお互い顔を見つめ合って小さく笑うと、再びレオン達に通信を繋いだ。



 その5時間後、ベイルの手腕によってあっという間に調整が終わり、『グウィール』は鉄道によって東部領までの運搬が始まった、と連絡が入った。


 それと追加で、『分断の海』沿岸諸国へ、『グウィール』のせいで通信波障害が発生するかもしれない、という通知もしておいた、と、ベイルはなんてこともない様に言って、カカカ、と豪快に笑った。


「その方、化け物ですの……?」


 防衛上の問題で、大使館から基地にやってきたエレアノールが、彼のそんなとんでもない話を伝え聞いてあんぐりしていた。

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