第五話
『――とまあ、そんなわけで今に至るんだ』
ミコトの口から語られた壮絶な話に、その場にいる全員がしばらく絶句していた。
3分程が経過してから、やっと口を開いたレイラは、ミコトの心身の疲労を考慮して、ここで解散することを提案し、満場一致でそうすることが決まった。
ミコトは身廊の隅にある出窓の窓際に座り、目下に広がる海を眺めていた。
その周囲には、彼女の他に、その話し相手になるために来たアメリアと、
「……あの、エレアノール様?」
「……」
ムスッとした顔で彼女の腕を抱きしめ、ミコトを
『どうやら、君を取り過ぎて嫌われてしまったらしい』
わかりやすく焼きもちを焼くエレアノールを見て、ミコトはご機嫌斜めな主人に、わたわたするアメリアへそう言って肩をすくめる。
『言っておきますが、この人は、私があくまであなたにお貸ししているだけですから』
不機嫌そうな顔を貼り付けたまま、エレアノールはミコトへ釘を刺すように、古代語でそう言い放つ。
『安心してください。愛する2人の邪魔をする、という
いじらしいエレアノールに、ミコトは
『こいはせんそう、というやつか?』
いつの間にか近くに来ていたマリーが、真顔で3人にそう訊く。
『うーん、ちょっと違うかな?』
少しの間きょとんとしたミコトが、苦笑いしてそう返すと、
『そうか』
「マッ、マリー!」
「わー」
慌ててセレナがやってきて、そっとマリーを抱きあげた。
『すみませんすみません! この子はこういう子なんです!』
『いえいえ、ボクは気にしてないですから』
セレナはそう平謝りしながら、真剣な顔で話し合っている、レイラとレオンの方へマリーを連れて行った。
『面白い子だ』
セレナの右肩から顔を
『将来は大物になるかもね、彼女』
『私もそんな気が致します』
しがみつく場所が腕から胴体に変わった、まだむくれているエレアノールを見ながら、アメリアはミコトにそう返した。
「うーむ、やはり教会に任せるべきでしょうか」
「ああ。それが1番妥当な形だろうね」
「分かりました。我々が責任を持って保護いたします」
ミコトに頼まれて彼女の扱いをどうするか、協会関係者と話し合っていたレイラとレオンとその側近達は、とりあえず教会に預かって貰う事で意見が一致した。
『島国』に向けての放送の件は、この場ではどうしようもないので、東部領基地に帰るまで保留することになった。
ちなみに、『公国』と『帝国』以外の国の『聖女』達は、この時点で臨時大使館に帰っていた。
散会になったタイミングで、レイラの端末からブザー音がした。
その相手は沿岸警備隊の隊員で、ポッドを近くのコーラリアス軍港へ
「さて、僕たちも戻ろうかセレナ」
「はい」
「れおーん。だっこー」
少し離れた所で待っていたセレナにそう言うレオンは、駆け寄ってきて抱っこを要求してきたマリーをひょいと抱き上げた。
「じゃあレイラ。また今度会おう」
「……。はい……」
レオンに別れを告げられ、レイラは目に見えてションボリした様子になる。
「……そんな顔しなくても、また会う用事があるじゃないか」
「まあそれは……、そうなのですが……」
「次はゆっくり話す時間もあるし」
そんな彼女を見て苦笑するレオンに、レイラはやや伏し目がちに、歯切れ悪くそう言う。
「少将。寂しいのならば、素直に彼へそうおっしゃって、連絡先でも交換してはいかがですか?」
いつもの恋愛ヘタレを発揮させるレイラへ、サラは半分呆れた様に笑ってそう耳打ちする。
「いやあのそのサラさん
ものすごく瞬間的に耳まで真っ赤にしたレイラは、ニヤニヤするサラに小声でそう言い返す。
「そんなわかりやすい反応をしておいて何を今更」
「ですが……。そこまで行くと重いと思われてしまうのでは……」
「あなた、レオンさんと知り合って何年になりますか?」
「ご、5年程ですが……」
「それなら、彼があなたを良く思ってるのはお分かりでしょう?」
「……まあ、……はい」
「ならばウジウジしてないで、軍人らしく行動に移しましょうよ」
今言わなかったらずっと言えませんよ、ほら頑張って下さい、と、サラはポンコツになっている上官にそう発破をかける。
「ああああっ。あっ、あのレオンッ!」
勇気を振り絞ったレイラは、かなりカクカクした動きで、声を裏返えしつつそう言ってレオンを引き留める。
彼女の様子を見て空気を読んだマリーは、レオンに自分を床に下ろすように言う。
「なんだい?」
マリーを下ろしたレオンは、爽やかに微笑んでレイラにそう訊く。
「えっとその……、りぇんりゃくしゃき――ッ」
緊張しすぎて思い切り舌を
「だ、大丈夫かい?」
普段とは違うコミカルな動きを見せるレイラを見て、流石にレオンは本気で心配し始めた。
「だっ、大丈夫ですううううああああっ!」
「レイラ!?」
キャパシティオーバーになったレイラは、
「少将……。……申し訳ありませんレオンさん。少々お待ちになってください」
「あ、ああ……」
首を横に振ったサラは、レオンにそう告げると、シャイな恋する乙女と化したレイラのフォローに向かう。
「逃げてどうするんですか……」
「うう……。面目ない……」
子犬みたいに震えている涙目のレイラへ、サラはとりあえず深呼吸する様に言う。
「……あれらは何をやってるんですの?」
そんな彼女達の様子に、エレアノールは
「はは……」
『ふふ。真面目な人なんだろうね。彼女は』
彼女に背中を預けられ、その身体を包み込む様に抱くアメリアは、なんとも言えない顔で笑い、ミコトはその場にいる兵士達と同じように、温かい目でそれを見ていた。
そんな微笑ましい空気が流れていた、そんなとき、
『こちら海防艦アンディ! こちら海防艦アンディ! 現在
けたたましい警報音と共に、レイラの端末へ、そんな鬼気迫る通信が入った。
『現在位置はグラブ岬西南約14キ――』
位置を全て伝え終える前に、けたたましい
グラブ岬はコーラリアス湾西岸の先にある岬で、国内最古の赤いレンガ造りの灯台がそびえ立っている。
素早く立ち上がったレイラが、緊張感に満ちた表情でアンディに応答を求めるが、反応は一切無い。
その直後、海岸部の監視所から、ポッドを牽引していた海防艦・アンディーの撃沈と、撃沈させた異形の所属不明艦、及びその艦が放った、どこの国の装備とも違う色のビーム、などといった報告が側近達に押し寄せた。
音量がかなり大きい事から、身廊内にいた全員にそれら情報が伝わり、強い緊張感が走る。
アメリアが何があったか全て翻訳し、ミコトに共有された画像を見せた。
『なん、だって……?』
すると、彼女は
『もしや……?』
『ああ、間違いない……。『ヤシロ国』の艦だ……』
アメリアからミコトの言葉を聞いたレイラは、即座に東部領沿岸部へ、最高レベルの警戒態勢を指示した。
サラは東部領司令部に残っている通信兵へ、中央と南部領と西部領へ全ての情報を共有するよう指示を出す。
14ノ月17日の13時。後に、『233年対『島国』防衛戦争』と呼ばれる戦争が始まった。
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