第51話 それぞれの明日
「ふんふん、ふん、ふーん♪♪」
『マモちゃん、レヴィさんがやたらとご機嫌何ですけどなんですかね?』
『僕だって知りませんよ!』
ベルさんは、今日もお煎餅片手にお茶をすすりながら小声で僕に問い掛けてきた。しゃべっている所を見掛ける事さえレアケースなレヴィディア さんが、今日は朝からご機嫌で鼻歌を歌っているのだ。
『とりあえず、マモちゃんが何があったか聞いてみよう!』
『何で僕が聞くんですか! ベルさん聞いて下さいよー。下手に地雷踏んだらヤバいですし、僕まだ死にたくないですよ!』
『骨は拾ってやる!』
『僕が死ぬの前提じゃないですか!!』
ベルフェゴールとマモンの二人がこそこそといつものじゃれ合いをしていると、壁際で気配を消して観葉植物と同化していたグラウがボソリと声をあげた。
「レヴィ………ご機嫌。なんだな」
「うん。好きな人……できた」
「「ブーーーーッ!!!」」
僕とベルさんが一斉にお茶を吹き出した。好きな人ってなんだ? グラウから会話に混じってくるのも珍しいが、それ以上にレヴィディアさんの答えに僕もベルさんも、顔が別人に見えるほど目を丸くした。
「カレ、とても楽しい。ビックリいっぱい! 全然壊れない。わたし、女の子扱い。ふふふ……」
残虐、残忍、冷酷仮面の名を欲しいままにしてきたレヴィディアさんが張り付いたような笑顔でほほを紅く染めていた。僕とベルさんは顔を見合わせると否定的に呟いた。
「えーと、マモちゃん、どっかの国で伝説の魔神が復活したとか……そんな噂ネットで上がってないか?」
「いやいやベルさん、きっとゴーレム的な何かとか、超合金製のスーパーロボット的なサイボーグが開発されたとかの方が可能性高いっすよ!」
「いやいや、レヴィさんを女の子扱いだぞ、AIやらサイボーグには無理だろ!」
「そうは言ってもレヴィディアさん相手に壊れない生物なんて想像つかないっすよ!」
言いたい放題の二人に満面の笑みで音もなく近づいたレヴィディアは静かな声で諭すように言った。
「今日は殺さない」
「「すみませんでした!」」
僕とベルさんは瞬時に床に額をすり付けて土下座だ。レヴィは『……ん。』と満足げに
「マーモちゃーん!」
「いやいや、僕のせいですか? おかしいですよ。先にボケたのベルさんじゃないですか!」
責めるようにジト目で僕の名を呼ぶベルさんだが振ってきたのはベルさんだ。だが、僕の言い分にベルさんはムッとして目を細める。
ヤバい、ベルさんマジおこだ。あーもうマジ面倒くさい大人だよ。ここは別の話題で話しをすり替えるしかない。
「僕、昨日のルーさんから頼まれた、動物園事件の後始末で徹夜したからくたくたなんですよ。イラちゃんもまだルーさんのお説教から戻って来ないし」
「イラがシャドウの作ったワニ獣人と戦ったとかいうヤツか?」
よし、食い付いた! 僕はサッとベルさんの湯飲みにお茶を追加する。何だろう、僕ってこんなベルさんの扱いばかりが上手くなっている気がする。
「あの動物園、教団も出資してるようで、特に動物たちの保護と縁組みに力を入れてるアドプテイションセンターは教団の肝煎りみたいです。昨日イラさんがそこの施設ぶっ壊しちゃったようで、朝からお説教ですよ」
「ざっくりは聞いた。ワニの化け物に喰われた女性、うちの信者なんだってな。上で知人だった娘が泣いてたよ。俺も何回か足を運んだ事があるからきっと会ったことあるんだろうな」
「ベルさんが? 動物園に? 何しに??」
僕が驚愕の声を上げると『失礼だな、オレはね自然を愛し、動物を愛する心優しき人間なのだよ!』と大変ご立腹だ。でも、僕が入教して一度もそんな話しをした事ないんですけどね。
そんな話をしているうちにイラが談話室に入ってきた。相当きつく叱られたのだろう、大きなため息をつくとソファーにどっかりと深く座り込んで頭を抱えている。
「大丈夫か、イラ?」
「大丈夫ですか、イラさん?」
「なんだな?」
「大丈夫ばない……」
ベルフェゴールとマモン、グラウの三人から声をかけられたが、正直うわの空なのだ。アイツの事が頭から離れない。ルーさんのお説教も右から左で油断するとすぐ、【E】に助けられたあの時の映像が甦った。しかもあの時は
本部に戻ったイラはルシファーに事の次第を報告後、自室に引きこもったのだが、ちらつくあの映像のおがげで昨晩は満足に眠る事が出来ていない。
『まったく、私の頭はどうかしてしまったのだろうか?』イラは心の中で呟く。
頭を抱えたままの私に、ベルさんは怪訝そうな顔でのぞき込みながら尋ねてきた。
「その怪物、本当にシャドウの作ったものなのか?」
あの状況では私も、あの化け物がシャドウの物ではないと感じていた。ルーさんに報告を上げる際、【E】の事が話せなかった私はワニ獣人がシャドウの怪人だと説明したのだ。ベルさんには私が答えるよりも早くマモンくんが答えてくれた。
「昨日上がってたネットの目撃情報でも全身黒づくめの人影がワニ獣人と共に目撃されてましたね。まあ、ルーさんの指示で施設の損壊はガスの爆発事故、ワニ獣人の方は移送中の事故で逃げ出したワニって事にしてありますので、目撃情報をアップした奴は複数の偽装アドレスから袋叩きにしてあります。個人情報も公開してやったので、あとはバカな正義の味方気取りが勝手に葬ってくれると思います。」
「マモちゃん、怖えぇー。マジ怖えぇー!」
「教団絡みの施設ということで、公安庁あたりが首を突っ込んでくる可能性があるのでルーさんも色々偽装工作の根回ししたらしいですよ」
「まあ、シャドウがなんでそんな所で化け物連れて何をしてたのかは気になるが、それよりもっと気になる事がある!」
僕はベルさんの言葉にゴクリと唾を飲み込んだ。いままで話された中にベルさんにしかわからない特別な何かが有ったのだろうか。
ベルさんはソファーから立ち上がるとイラの傍らに立ち、ポンポンと軽く肩を叩いて耳元で囁いた。
「動物園デート、楽しかった?」
「ぶっ、なななななな………何を言って」
ニヤニヤと笑うベルフェゴールと対称的に、イラは慌てふためき顔を真っ赤にしてあたふたとしている。僕はそんなイラさんを見て、普段は『ぶち殺す』とか『骨まで燃え散らかす!』とか言ってても、やっぱり年頃の女の子なんだなぁ……と感じてしまう。
とはいえ、普段の彼女を知る僕としては恋心などコンマ1ミリたりとも
「イラ、俺をなめないで欲しいな。君が一目惚れした男を探して、引きこもっていた部屋を飛び出し、彼を探しだし、勇気を振り絞って告白! 昨日いよいよ待ちに待った動物園デートにこぎ着けた!! って事はお見通しなのだよ、はっはー!!!」
「ち、違っ……」
ベルさんはイラさんの否定の言葉を一切聞く事なく右目の横でブイサインを決めている。
イラさんは顔を真っ赤にしてあたふたしている。こんなイラさんを僕は見たことがない。本当にまんざらでもない感じなのだろうか。
「マモちゃん、その男の資料!」
「ははぁっ」
イラさんごめん。僕はベルさんの命令には逆らえない。僕は一ノ瀬タクトの資料をまとめたファイルをベルさんに差し出した。
「ダメー! カレはそゆんじゃないの、そなんじゃないの!!」
「カレ……カレねぇ」
あわあわして、ろれつが回らないイラさんに対して、ベルさんはソファーに座ったイラさんの頭に置いた片手一本で彼女を押さえつけて呟いた。
僕はグラウ、レヴィさんに並ぶ程の怪力の持ち主であるイラさんを片手で押さえつけるなんて凄いとベルさんを讃えたのだが『重心とバランス……ただのテコの原理だよ。』とさも普通ですとばかりに言った。
だが、僕は知っている。イラさんはそれをも跳ね返すほどの脚力や腕力を備えている事を。それをヘラヘラと笑いながら押さえ付けるベルさんの底知れない実力を垣間見た気がした。
「へー、ふんふん。成る程ね。ふむふむ……ほう、そうきたか。ふふふ……」
ベルさんは暴れるイラの頭を押さえ付けながらファイルに目を通すと一人で何かに納得し、ニヤニヤと笑い出した。
「イラ、この件はこのベルフェゴールお兄さんにまっかせなさーい!」
「だ、ダメです、これは私の問題……」
ベルフェゴールはイラに話をさせる暇を与えずマイペースに話し続けた。
「大丈夫、大丈夫。心配するなよイラ。アイツのそばで彼を観察できるようにしてやるから全部任せな。なにせ一ノ瀬タクトは俺の幼なじみ……だからな!」
「「えっ、えぇーーーーーっ!!!」」
衝撃の事実を満面の笑みで語り、胸を張るベルさんだが、一抹の……というか不安しか感じないと顔を見合わせた僕とイラさんだった。
◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆
一方その頃、暁研究所の一室では、握り潰したメモを片手にたたずむ小森の姿があった。
ガチャリと音を立てて入口のドアが開く。
「僕を呼び出したのはやはり君だったか、今日子ちゃん」
「お呼び立てして申し訳ありません、小森係長。正直、来て頂けるとは思っていませんでした」
「女の子からの呼び出しを無視する訳にはいかないでしょ。それにしても書庫の隣にこんな空き部屋があるとはね。で、話しって何、お姉さんのこと?」
「やはり、聞いてらしたんですね。……それでもここに来た」
「まあね、記憶操作される前に言っておきたい事があったんでね。こっそりやられたら話す暇もないんからな」
言っておきたい事? そんな事の為に?
「そんな怪訝そうな顔すんな。俺がどんなにこの記憶を残そうとしてもお前の能力の領域内では嘘も付けないし、きっと全て消されてしまうだろ。それなら俺の出来る事は一つ、俺の言葉をお前の記憶に残すことだ」
何だろう、別に聞く必要などない。今すぐ全てを自白させ、すべてを消しさればいい。そう思った。思ったが……出来なかった。
「俺は預言者じゃねえ、だがこれから言う未来は確定事項だ」
「………」
「お前を今の闇から救うのは一ノ瀬だ」
「ふっ、何をいうかと思えば……」
「お前がどんなに闇に落ちたとしても、その手を離したとしてもアイツは手を伸ばし続けるだろう。そしてお前の計画も野望も全て叩き潰し、何も無くしたお前に最後に手を差し伸べるのもアイツ、一ノ瀬タクトだ!」
「馬鹿馬鹿しい。年長者……いえ、
「ただのオタクとしての勘……いや、【予言】だよ。」
今日子は口元に軽く笑みをたたえると、その目を冷たく金色に輝かせ始める。
数分後、その部屋には記憶を改ざんされ何故ここにいるのか分からなくなった小森悠人だけが残されていた。
ーつづくー
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