第33話 動物園に行こう!
僕は暫く今日子さんの温もりを感じたあと、ゆっくりと体を離していった。顔を真っ赤にしてチラチラこちらの様子をうかがう今日子さんがメチャクチャ可愛い。
「食器洗っちゃうね。」
食べ終わった食器を持って、そそくさとキッチンに行ってしまった。エプロンを着けた女の子が台所にいる風景ってなんか凄くいいもんだなぁ。
「そんなに凝視されたらはずかしいから、あんまり見つめないでよ。」
ボーッと彼女の後ろ姿を眺めているとチラチラこちらを気にしていた彼女から注意されてしまった。
「ところで、修行って富士山に行ってたんでしょ。成果の方はどうだったの?」
彼女は洗い終わったお皿をフキンで拭きながら僕の修行の事を聞いてきた。
僕は、富士のすそのにあるキャンプ場から富士山の山頂まで走って登り降りする訓練を毎日欠かさず行っていた。もちろん、走ってる間は常に術を使いマナの消費をコントロールする訓練も同時に行った。
樹海にあるマナのエネルギースポットで回復を図りながら、玄武とミズチに術の使い方を習っていた。
キャンプ場でレンタルのテントと寝袋を借りてそこで休んだ。食事は山道を3キロ程行った所にコンビニがあり、朝晩そこまで走って買い出しに行った。
とにかく走って走って、走り抜けたのだ。
「なるほどねぇ、どおりで。」
今日子さんは何か含みを持った様な言い方をするので気になって尋ねた。
「病院を飛び出した後も監視者が尾行してたのは知ってた?」
「うん、気付いてた。途中からいなくなったけどね。」
「
尾行中、僕の訓練のスピードに付いて来れずに樹海の中で迷って、遭難して救援部隊に救出されたらしい。
「もうタクト君に関わるの絶対嫌だって泣いて所長に懇願したらしいわよ。」
今日子さんは苦笑していたが、ミズチと玄武の能力全開で人のいない道無き道を山頂まで駆け抜けたのだ、普通の人ではとても付いて来れない。だが彼は途中までは付いて来ていたのだ。
どんな方法を使ったのかは分からないが樺山さんて意外と凄い人なんじゃないかな。少なくとも僕はそう思った。
「私、そろそろ帰るね。」
バッグにエプロンをしまいながらそう言う彼女に、僕は『駅まで送るよ。』と言ったのだが近いから大丈夫と言われた。
「もう少し一緒にいたいからなんだけど、ダメかな?」
彼女は少し驚いたように目を見開くとほほを赤く染めて『うん。』と言ってくれた。
ジャージをGパンに履き替えると、急いで外に出た。外で待っていた今日子さんは僕に部屋の鍵を差し出した。
「預かってた鍵、返すね。」
「もし、嫌でなければその鍵、今日子さんが持っていてよ。」
僕は鍵を手渡そうとする手を押し戻すと、いつでも気軽に遊びに来て欲しいし、僕にはマスターキーがあるから出来れば持っていて欲しいと伝えた。
彼女は少し迷って『タクトくんがそれでいいなら。』と受け取ってくれた。
アパートの階段を降りきった所で彼女の方に手を差し出すと、一瞬戸惑ったもののその手をとってくれた。
「なんか今日のタクトくん、積極的だね。」
先程のハグ以降、僕はそうとう頑張っているつもりなのだが、正直そろそろ限界だ。きょ、きょ、今日子さんとて、て、手をつないでいる。繋いだ手から彼女の温もりが伝わってくる。歩く姿もガチガチで、右手と右足が同時に前に出てしまい緊張して握った手にも力が入ってしまった。
『汝、……。』
『主殿……。』
玄武とミズチにまで心配されて……いや、呆れられているのだろうか。
落ち着け!今日の僕にはまだもう1つやらなければならない事があるんだ。そのために僕は休暇終了前に戻ってきたんだから。
駅まではもう大した距離が残っていない。握った手に力を込めると覚悟を決めるた。
「今日子さん、今度のお休み2人でどこか出かけませんか?」
「えっ!?」
「前から誘おうとは思ってたけどなかなかチャンスが無くて、もし良かったら前に行きたいって言ってた動物園なんてどうかな?」
「うん、行きたい。」
笑顔でOKしてくれた彼女を見て安堵すると同時に情けなくもなった。こんなに喜んでくれるならならもっと早く誘えば良かった。
僕はいつも自分の事だけで一杯いっぱいで、いつもそばにいて見守ってくれている彼女の事はほったらかしだ。彼女は僕が辛い時、苦しい時、悲しい時、いつも傍にいてくれた。
それなのに僕は自分を卑下して、自分なんかが釣り合う訳がないと否定して、彼女を好きな気持ちを心の中で押さえてきた。でも……。
彼女と話したい、もっともっと彼女が知りたい。彼女の喜ぶ事をしたい、彼女の笑顔がもっとみたい。この欲求を押さえられなくなっていた。
訓練中、玄武に言われた事があった。精神集中が散漫になることは許されぬが、ヒトとは想い人や守りたい者を明確にする事で心の力を強くする生き物なのだと。
だから後悔せぬ様、己が想うように生きれば良いのだと諭されたのだ。言うほど簡単じゃないんだけどさ。
彼女が乗った電車がホームから見えなくなるまで見送ると、動物園デートに想いを馳せながら僕は駅をあとにした。
『ミズチよ、これはタクトに聞こえぬようにおぬしに伝えておる。』
『はっ、黒帝様。』
『我がタクトと同化し休眠中であった頃、幾度か精神支配の念を受けた事があった。我が同化していた為、効果はなかったもののもしかするとそれを仕掛けたのはタクトの想い人やも知れん。』
『なんと……。』
『我も休眠中の事ゆえ確信がもてぬ。さりとてタクトと同化したこの身では好きに離れる訳にもいかん。そこでおぬしにタクトの想い人の動向をそれとなく探って欲しい。無論タクトには内密にじゃ。』
『かしこまりました。ですが……。』
『分かっておる。あの者はタクトの想い人じゃ。害意を持つ者でない事を、我も祈っておる、心からな。』
2体の精霊の不安をよそに次なる災厄がタクトの身に迫りつつあった。
タクト達のいた駅から程近い地上10階建てのマンション、その屋上にその者はいた。
漆黒の翼と黒光りする鎧を身に纏ったその者は半径500メートル以内の全ての物を見聞きする能力を保有していた。
『様子はどうだ、小森。不審者や監視、尾行等の形跡はあるか?』
「日影先輩の所の菱木ちゃんと一ノ瀬が日曜日に動物園デートするらしいっす。他は異常無しっす。」
『デートの事はいい! 教団関係者等による監視などは起こってないんだな?』
「良くないっすよ! あのお堅い菱木ちゃんがっすよ。大事件すよ。俺、凹むわー。マジ凹むっす。」
『………』
「俺この任務先輩の頼みだから引き受けたんすよ。でもこれじゃまるで出歯亀じゃないすか。しかも菱木ちゃんの件では凹まされるし、踏んだり蹴ったりっすよ。もー絶対、あかねちゃんだけでも貰わないと割りに合わないっす! マジやってらんない。」
副所長に対し、不満たらたらの黒蝙蝠・小森悠人は続けてこう言った。
「日曜日の動物園デート、先輩が行って下さいよね。俺、休日出勤嫌っすから。しかも昼間の動物園なんて、俺の黒蝙蝠より先輩の超甲武装・
『わかった、わかった。今日はもう報告書提出して上がれ。あとは衛星監視に切り替える。お疲れ様。』
「やったー!」
碓氷副所長は喜ぶ小森に1つの質問を投げ掛けた。
『小森、お前うちの菱木に興味あった……いや、好きだったのか?』
「俺、全人類の可愛娘ちゃん好きっすから。あー、人類以外でも可愛ければオッケーっす。エルフとかドライアドとか
『つまらん事を聞いた。通信終了!』
着実に胃薬と友達になりつつある副所長であった。
ーつづくー
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