第47話 三番目の春

(一)

ずだーん

四月のある日、立花山城に聞いたことが無い轟音が響いた。

城内の松の木が木端微塵に吹き飛んだ。

もうもうと上がる硝煙の中、道雪が構えていた巨大な鉄砲を下ろす。

「いかがでございましょう大筒と申すもの。出回っている種子島に比べると威力が強すぎ、兵たちでは肩が外れてしまう恐れがありますが、殿さまほどの膂力なら十分扱えましょう。」

道雪は鈍く光る鉄の塊を見ていたが、隣で見ていた立花山城代の薦野増時にポンと放った。

「もらおう。別に持ってきた種子島二百丁も併せてな…。」

恰幅の良い商人は恭しくお辞儀をした。

「これはこれは…毎度ありがとう存じます。」

道雪は手拭で汗を拭いながら言った。

「どういうつもりだ…?」

「…へっ、何事でございますかな?」

「しらを切るな大黒屋、いや島津水軍奉行・梅北国兼の家臣・川畑喜内!」

大黒屋は少し身構えた。

「まずはこの値だ。相場の六割ではないか…。そんな安くでこの道雪になぜ鉄砲を持たせる?」

「お客様に出来るだけ安うで、良い品をお届けするのが商人の使命だす…。うちは、安く仕入れられる独自の取引先を持っておりますで。」

「まあよい…。島津のことだ。わしと熊めを十分噛み合わせ、先を見越して双方の力を削いでおく気なのではないかな。それで劣勢の立花に肩入れした…。」

「お殿様が何を申されておられるか、わてには難しゅうてわかりまへん。…わては大黒屋として商いしておるだけだす。」

笑みを顔に湛えたまま大黒屋は応えた。

「…ふん!わかった。今回はありがたく頂戴しておこう。」

「ぅへへーっ!」

引き上げる大黒屋を見送り、道雪はぽつりと言った。

「島津か…知れば知るほど得体が知れぬ。博多にあるこの大黒屋の動向にも十分目を光らす必要があるな…。」


(二)

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「むっ!」

 打ち込まれた木刀を、木刀で受けた手がびりびりと痺れた。なんて馬鹿力だと思いながら、賢兼は勢いつけて木刀を跳ね返し、腕が跳ね上げられたため隙だらけになった胴を強かに打った。

 普通の人間なら、確実に肋骨にひびが入った程度の打撃だったが、大男は平気な顔をして更に打ち込んで来る。

 今度は振り上げた手首をちょうと打ったが、大男は毛ほどにも感じていないようだ。そのまま、力任せに木刀を振りおろして来る。

「ぐぅおおお!」

「なんの!!」

 賢兼が、木刀をぎりぎりで躱し、むき出しの頭をがんと殴った。

 大男は一瞬目をしばたかせたが、再び木刀を振りかぶって賢兼に向かった。


「が体はいいのに、まるで意気地のない男じゃったが、…最近変わりおった。」

庭での打ち合いを、城の廊下から見ながら、隆信は言った。

「殿が今考えてはる。四天王の四人目になるかもしれまへんなあ…。」

昌直が、自分の顎をなでながら言った。

「ところで…、間道は完成したのか?」


 目の前の庭では、今は信勝と頭巾を被った信胤が戦っている。

 「さあっ!」

 「………。」

 「さ、さ、さあっ!!」

 「………。」

 信胤の木刀がぶんと空を切る。

 信勝が伸ばそうとした切っ先を、すぐさま手前に戻す。

 今度は信勝が誘い、信胤が誘い返す。

 先ほどの賢兼と藤七のときと違い、

 技量が優れた者同士、お互いに牽制し合って戦っている。


「間道…あ、あ、筑後のでっか…。あれは…へいへい、あと少しでおま…。」

「いつじゃ?」

「再来月…、いや来月中には…。」

 隆信は目をぎょろりと剥いて言った。

「急げよ…。遅くとも来月までには必ず仕上げよ!」

「ははっ!」

 首をすくめて言う昌直の首には、まるで真夏のように汗がびったりと浮かんでいた。


(三)

 元服した統虎に最初に命ぜられた仕事は、大友家に先の大戦で背き、再び臣従を誓った国人たちのところを回る父の供であった。

「…父上。」

 山桜の花が散る道、馬を並べる紹運が「何じゃ?」と返した。

「この誓詞にどれほどの意味があるのですか?」

 統虎にはただの紙切れ一枚にしか見えない。訪うた国人ばらの態度でもわかる。どうせまたすぐ裏切るのではないか?

「形式であっても、わざわざ紙にして残すことに意味があるのだ。わしの前で裏切らぬと書いて出した以上、ほいほい裏切るわけにはいくまい。顔を合わせること、誓詞を直接とりにまわることにこそ意味があるのだ。わかるか?」

 それが政事、それが外交というものなのかもしれぬが、統虎の目には危うげなものにしか映らなかった。

「国人領主は百姓を管理し、その兵を食わせ、また戦わせして管理する者じゃ。人間は神ではないのじゃから、一人で管理できる数には限りがある。従わぬ国人を全てうち滅ぼしていては、百姓を治める者が足りなくなる。しかし、人には心がある以上、国人全員を心服さすのは至難の業じゃ。よって丁寧に交渉するしかない。このように、外交や政ごととは、戦のように勝ち負けをすっきりさすものではない。玩具のやじろべえのように、ゆらゆら均衡を保ちながら行うものだ。」

 意味はなんとなくわかるが、実際やれと言われれば、難しすぎて今の統虎には無理であった。

「秋月、原田、宗像、麻生、杉の各家は回らないのですか?」

 いわば乱の首塊である。毎日、足が棒になるまで歩きまわっているが、これらの家には近寄ることすらなかった。

「ああ、秋月らは昨年のうちに、大友家に人質と共に直接誓詞を出しておる。だから不要なのじゃ。」

「!」

 何と素早い。大友をあれほど非難し兵を上げた家なのに、これも政治か…。

 統運は気が遠くなるような思いがした。


(四)

矢部川の緑の水面が桜色に染まる。

流れに掉さす花筏

しず心なく舞い散る花びらの下

法姫と誾千代は、きらきら光る川面に向かって座っていた。

「はやいものね…。」

法姫がそよ風に髪を流しながら言った。

「誾千代たちと出会って三回目の春…。いろいろあったけど、穏やかな春…。」

法姫の黒髪に桜の花が絡みつく。

「いったいいつまで、こんな春を迎えられるのかしら…。」

一瞬、さっと強い風が吹いた。


「姫様…ひ、め、さ、ま…。」

 向こうから、息を切らしたお福が走ってくる。

「どうしたの…?」

 お福は膝に手をついてぜえぜえ言いながら

「…、また、…あの男から…ふみ、…文が…と、とどいておりますだ。」

法姫は何とも言えない微妙な表情をした。

お福の手に、花がほとんど散った桜の枝が握られ、その一枝に文が結んである。

「なんだ?」

いぶかしがる誾千代に、法姫はいいから中身を見てと言った。

結びをほどき中を開く。

なんだこれは、へたくそな字に…なんだこれは?歌?それにしても


恋しさに 恋多ければこそ 恋しくて 恋追い求め 恋い慕う君


「なんじゃ…恋、恋と…恋ばかりではないか!こんな不粋な歌、誰が一体?」

お福が代わって、身振り手振り交えて答えた。

「あの男ですだ!あの肥後の…、あの毛むくじゃら…。」

話を聞けば、どうやら隈部親泰のことらしい。

そう言えばあやつ、法姫に惚れた惚れたと言っておったが本気だったのか…。

「お法はどうなのじゃ…。このような無様な恋文…、迷惑じゃったら、このわしが言いにいってやろうか?」

法姫は誾千代の手から、ひったくるように文をとった。

「私はこんなこと初めてなので…、正直よくわからないわ…。」

文を抱きしめるようにくしゃくしゃにし、顔を赤らめて法姫は言った。

「まさか目の見えぬ私に…妻になれという男の人がいるとは思わなかったし…。」

そう言うと、文をくしゃくしゃにしたまま袂へしまいこんだ。

「姫様…、お福は反対ですじゃ…。あんな山賊のような髭もじゃ…、猿のように尻まで毛だらけに決まっておるだ。おらは姫様と釣り合うと思いませんだ!」

法姫はそもそも三郎を慕いぬいていたのではないか…。親泰は三郎とは、見た目も人柄も全然違うように見える。

「そうよね…、でもどうしたらいいか…。自分で自分の気持ちが分からないのよ…。お誾、そう言えばお誾も、そろそろ嫁に行くことを考える歳よね。どうなの、三郎兄様とは無理になったけど…。例えば弥七郎様、元服された統虎様なんていかが…?」

誾千代はぶるぶると頭を振った。

「あやつは…、年は上だが、幼いころより姉と弟のように育ってきたのじゃ。結婚相手などと、一番考えられぬ相手じゃな…。」

法姫は残念そうに眼を伏せた。

「そう…、そうなの。何かお似合いのように考えていたものだから…ごめんなさいね…。」

誾千代は法姫の言ったことを噛み締めていた。


統虎…、統…虎?あやつが夫?…考えても見なかったな。






















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