第一章第三話ー3

「今日は前半掃除」


 と部活開始早々に言った。

 まさかの楽できると思ったら労働というね。

 タイミングが悪すぎる。


「祐君はあたしとやるんだよ」

「はい」


 宮城部長が他の者の横やりは認めないとでも言うようにでかい声でそう言うので、俺は大人しく従うことにした。

 今の状況でこの人を敵に回すのは適策ではない。

 機嫌を損ね雑巾がけなどと言われるのは避けたいからな。


 ちなみに労働と言ったが、俺はただ小型の掃除機を持つだけ。

 恐らくこの中で一番楽してると思う。


「もう少し近く寄ってもらっていい? コードが引っ掛かって危ないから」

「分かりました」


 とは言ったものの近いっ。

 元々近い距離にいたので、身体と身体が触れてしまいそう。

 せめてもの救いは、宮城部長があまり良い匂い(臭いわけではない)がしていないことだけ。


「みんな綺麗好きだよね」

「そうですね」

「葉瑠くらいだよ。キャンディーとお菓子のゴミがキーボード収納スペースにいっぱいあるのは」

「そうなんですか……」


 一年間掃除してきてそんなことなかったけど、大いにあり得そうな話である。


「なんか呼んだ?」

「呼んでない」

「え~、何か名前呼ばれた気がしたんだけど」


 掃除機の音がうるさいのによく聞き取ったな。

 悪い噂は聞こえます的なやつか?


「気のせいだって」

「そう……。というか、二人の距離近くない?」


 やはり気づいたか。俺は黙っておこう。

 口は災いの元って言うしな。


「目の錯覚じゃないかな」

「そうには見えないけど」

「高田さんサボらないでね」

「すみません……」


 顧問にサボっていると指摘され渋々持ち場に戻っていく高田先輩。

 どうやら顧問と部長は裏で繋がっているのかもしれない。

 あまりに高田先輩を注意したタイミングが良すぎる。


「そろそろ葉瑠の席だから、心の準備しといた方がいいよ」

「はい」


 いや、“はい”はおかしいか。

 つか、そんなに凄いのかな?

 高田先輩の机に到着し、宮城部長がどこから持ってきたかゴミ袋を広げ、キーボードが乗っている収納机を取り出す。


「うおっ!」

「ほら、言ったでしょ」

「は、はい……」


 ひどい量のチョコやアメなどの包み紙が、まるで雪崩のように宮城部長が用意したゴミ袋へと入っていく。

 まさかこんなに汚いとは思わなかった。


「祐君からも後で注意しといて。女の子としてどうかと思うとか言っちゃっていいから」

「さ、さりげなく言っておきます」


 そんなストレートに言えるわけあるかっ。

 冗談を言っているのだと思っておこう。

 諒が言ってるなら鋭く突っ込んでるんだけどな……。


「掃除終わり」


 やり場のない怒りをどうしようかと思っていたら、顧問がそう号令をかけた。

 ホントこのイライラどこにぶつ――


「祐、今日は何み――バシッ!

「何すんだよっ」


 ちょうどいい人物が自分からやってきた。


「蚊みたいな虫がいた」

「だったら、虫がついてるとか言ってから叩けよ。ビックリするだろ」


 凄く正しい意見である。

 ただ叩かれると前提に考えてるのはどうかと思う。


「次から気をつけるわ」

「是非ともそうしてくれ」

「仲良いね、二人とも」


 俺達のやり取りを見ていた部長が掃除機のコードを巻き取りながら微笑む。

 今のやり取りでどこを見たら仲良く見えるんだろ。

 とりあえず謙遜だけしとくか。


「そんなことないですよ」

「フフ、祐君今日はありがとうね」

「いえいえ」


 礼を言って、部長は俺から離れていった。

 もう少し“そんなことあるよ”的に食い下がってくるかと思っていたので、拍子抜けしてしまう。


「早く席着こうぜ」

「そうだな」

「……」


 ん? 今円芭が口パクで何か言ったような。

 諒と共に席に着く際円芭の顔がわずかに見えるのだが、一体何を言いたかったのだろう……。


「何見る祐」

「考え中」

「早くしないと時間無くなるぞ」


 まぁ、どうせ大したことじゃないか。

 メール来ないし。



 ☆ ☆ ☆



 大した用事だったらしい。

 帰宅後円芭が俺の家にやって来た。

 こいつ自ら家にやって来るのだから、余程重要なことのようだ。


「どうした円芭」

「あたしが来たらマズいの?」

「そんなこと言ってないだろ」

「あ、そ」

「ところで、何か用事だったんじゃないの?」


 妃奈子がフォローしてくれた。

 そんな妃奈子にコクッと頷いた円芭は、なぜか緊張している様子。


 ……はっ!?


 まさか……告白っ。

 ちまたで噂の幼なじみからのっ。

 どうしよう俺も緊張してきた。


「祐」

「な、なんだ」

「疑似恋人になって」

「……」


 やっぱりこく……はく……。

 ん? 疑似?

 円芭の口から装飾された告白の言葉は、頭がパッパラパーな俺には大変理解しがたい。

 内容に困惑するしかない。


「な、なにか言ってよ」

「ちょっと理解するには時間がかかる」

「は? 何も難しくないじゃん」


 難しくないらしい。

 そりゃあ、言ってる本人は簡単だろうな。

 答え知ってるわけだから。


「もう……。恋人のフリしてって言ってるの」

「な、なるほど」


 とんでもない内容だった。

 目線を外しながら頬を掻いている円芭。


「何でフリなんだ?」

「当たり前じゃん。そういう形として接せられない」


 酷い……。照れながら言うセリフかよ。


「と、とにかく。擬似的に恋愛を経験するには相手が必要なの」

「俺じゃなくても良くね? ゲームでもそういうのあるだろ」

「リアルじゃなきゃ意味無いの!」

「そ、そうか。ところで、何で擬似的に恋愛を経験するんだ?」

「アイディアを膨らませるためだよ」

「アイディア?」

「私作家になりたいの」

「は? ……マジで」

「何で嘘つかなきゃいけないのむしろ」

「ですよね~」

「とにかく協力してもらうから」

「分かったよ……」


 ん? ちょっと待てよ。

 こいつ作家になりたいんだよな。

 この間俺が買い物に付き合わされたときの買い物ってなんだっけ。

 ちょっと振り返ってみよう。

 あのときは確か家抜け出すときに我が家の小悪魔妃奈子に捕まりそうになったけど、何とか嘘を重ねて円芭のところに行ったんだよな。

 それで何とか円芭と会って『なに買うんだ?』って聞いて……。

 …………。あっ!


「もしかしてあのときのシャーペンは物書きのためだったのか?」

「うん」


 首を縦に振る円芭。

 なるほど。

 だからシャーペンしか買わなかったわけだ。


「まぁ、そんなわけだから明日からよろしくね」


 あ、今日からではないんですね……。


「何か良く分からないけど、祐君おめでとう?」

「あ、ありがとう」

「それじゃ、あたしは帰るから」

「またね、かずちゃん」

「うん!」


 やけにご機嫌な円芭は我が家を後にした。久々にあんな笑顔の円芭見たわ。

 ガチャと廊下の奥で扉がしまる音が聞こえると、くるっと妃奈子がこちらへ顔を向けてきた。

 その顔はニヤついている。


「疑似だからな」


 さきに釘を指しておいた。

 絶対こいつのことだからバカにしてくるから。


「とりあえず頑張って」


 ほらな。

 バカにした顔でそういう妹は、俺の肩にポンと手を置いた。

 そんな嘲笑まじりに言われても素直に頷けない!


「今日はご馳走だね」

「はいはい」

「いや、マジで。もうこの流れでちゃんとしたこと言っても全部うさんくさくなるかもだけど」

「まぁ、嫌われないようにしないとな」

「まず嫌いにならないと思う。疑似だし」

「そうだな」

「……あと祐君も女の子の心を理解する良い機会だよ」

「どういう意味だ」

「そのままの意味」


 まるで俺が女の子の心を理解出来てないみたいな言い草だな。

 少なくても諒よりは分かってるつもりなんだけど。


「とりあえず手洗いとうがいしてきな、祐君」

「そう言えばしてなかったわ」


 ついでに私服に着替えてくるか。

 帰宅早々円芭劇場に参加してたから、すっかり手洗いとか頭から抜けてたわ。

 リビングを出て洗面所を経由し、自室に入る。


 にしても、疑似恋人ね……。

 先が思いやられるな。

 絶対途中で飽きたとか言って、恋人関係解消してくるに違いない。


 階下から味噌汁の臭いがわずかながら香ってくる。

 まぁ、飽きたって言われるまでお供するか。

 そう思いながら俺はリビングへ戻った。

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