第一章第ニ話ー2
「んじゃ、始めるよ」
反省の色があるんだか無いんだかはっきりしてない諒に怒りをわざと露にしながら、キーボードに手を乗せる。
制限時間は十五分。
己との戦いであるこの検定。
いかに集中力・注意力が持続するかによって打てる文字数も自ずと増加する。
これは、顧問談だが、個人的にはまったくその通りだと思う。
「よーい、始め!」
検定画面のタイムが時を刻み始めた。
さて、気を抜いて頑張りますか。
何せ今日は今年度一発目の検定の練習。
一発目から全力を尽くしてしまっては年末まで持たない。
ただし、顧問は教師用パソコンから部員全員の練習内容が見れるため、ある程度は力を注ぐ必要があるけど……。
(ムズい!)
(漢字が分からないっ)
小声で諒と伊津美が騒ぎだした。
この声量ほど耳障り。
人間の耳とは不思議である。
(抜かして書き進めればいいだろ)
(そんなことしたら減点になっちゃうだろうがっ)
(だってしょうがねぇだろ、それ以外方法がないんだから)
諒が言うように誤字脱字をすると、一文字何点か減点されていく。
ちなみに、空欄のまま書き進めても脱字認定され減点の対象になるので、捨て身の策と言えばごもっとも。
だが、書き進めれば打てた文字をカウントして加点しているので、飛ばして書き進めた方が早いのである。
それを分からず俺の提案にいちゃもんをつけてくる諒にはこれ以上得を教えてやらない。
言うだけ無駄だ。
さて、何だかんだ諒にイラついていたらそろそろ検定練習時間が残りわずか。
誤字脱字の有無でも確認してようかね。
(諦めも肝心だぞ)
(……)
(……)
画面をスクロールしながら伊津美と諒にアドバイスをしたが、返答はなし。
どんだけ集中してんだよ。
周りの部員はほぼ諦めムードなのに。
頑張るね……。
まさかこいつらがこんな真剣に速打ちに取り組むとは思わなかった。
明日雨でも降るかもしれない。
いつもこのくらい真剣に取り組めば、階級上がるのに。
やっぱりどんなものも継続は力になるんだよ。
ちなみに、階級というのは、個人の速打ちのレベルに合わせた評価で、自動で誤字・脱字などをカウントし、一級、準一級のように文字になって反映される
「はい、止め!」
「あ~、づかれた」
「学年が上のやつはやっぱキツい」
この友人二人のように、周りの部員達もイスの背もたれにもたれかかり、隣席と雑談を始めた。
俺も背伸びをし、顧問の次の指示を待つ。
「じ・ゆ・うじ・ゆ・う」
「……」
あ、これはもう帰宅エンドだ。
顧問の眉がピクッと動いたことからキレている。
「今日は、年度初の部活なのでこれで終わりです」
やっぱり……。
ホント諒は、人の表情を見て状況判断が出来ないらしい。
何であそこまで鈍感なのかね。
そんな諒と別れ、帰宅の都についていたら、妃奈子に買い物に付き合ってくれとメールで頼まれたので、指定されたスーパーに足を運んだ。
つか、別に俺らと一緒に帰れば良かったんじゃないかと思うんだが。
自転車を駐輪場に止め、少し構内を歩いているとカートにかごを乗せた妃奈子がいた。
準備万端じゃないですか、ヤダ。
「祐君、遅いよ」
妃奈子がそう言って頬を膨らませる。
事前に言ってくれれば、待たせることもなかったんだけど。
めんどくさいから謝っておくか。
「ごめんごめん」
「手繋いでくれたら許してあげる」
どさくさに紛れて何言ってんだ、こいつは。
いい加減兄離れしてほしいもんだ。
普通の女子高生じゃ、むしろ兄嫌いになってると思う。
いつからこんな感じになってしまったんだろ。
小さい頃は父親大好きっ子だったのに。
「こんな公衆の面前で妹と手繋いで買い物とか嫌だけど」
「えー……。じゃあ何で家だとあんまり拒まないの?」
「拒んでるだろっ。無理やりくっついてくるの、妃奈子だろうがっ」
「……冗談だよ」
ここまでの話の中で冗談って言ったところで、まったく信憑性がないんですけど。
第一手を繋いでたら買い物しづらいし。
「どこまでが冗談なんだよ」
「全部」
と言って、妃奈子は目を逸らす。
嘘つくなら目を合わせて言えば分からないのに。
俺の周りで嘘つくの下手なやつ多い気がする。
「嘘つけ」
「と、とにかく。買い物するよっ」
くるっと踵を返し、店の中へ入っていく。
心なしか歩むスピードが早い。
これ以上追求されたらまずいと思ったのだろう。
分かりやすいやつだな。
そんな妹の後ろをついていく。
「今日の晩御飯は何にするんだ?」
「ん~。まだ検討中だね。夕市で安いのあればそれで何にするか考えるし」
「そうか」
さっきのおちゃらけた表情はどこへやら。
俺の問いに真面目に答える妃奈子。
最近高校生になってから一層女の子らしさが際立ってきたというか、もうすでに立派なお嫁さんになれる兆しが十分にある。
だが、これを本人にいうと調子に乗るので、絶対言わない。
「あら、カップルかしら?」
「いやいや、そんなの限らないでしょ」
制服姿の男女イコールカップルという認識はどうかと思う。
兄妹であるかもしれないとは思わない辺りが逆に凄い。
第一高校生で男女二人が買い物してて、もし一緒に住んでいる何て考えに至っているとしたら、この人達は少し冷静さを取り戻した方がいいね。
「今日は、ピーマン安いね」
「というか、野菜のバラ売りが安いみたいだぞ」
「ホントだ」
どうも今日の夕市は、野菜コーナーにおいては野菜のバラ売りが対象らしい。
ピーマンに玉ねぎ。
それからジャガイモ。
主婦の人たちが食いつきそうだ。
食いつきそうだが、バラ売りの大きさは小ぶり。
これは、店側の戦略が窺える。
今のご時世お店の方も試行錯誤策を練らないとやっていけないらしい。
スーパー業界は凄くシビアみたいだ。
「玉ねぎ~♪」
ピーマンに続き玉ねぎを手に取る妃奈子。
量がたくさんあることから、野菜炒めかピーマンの肉詰めだな。
どっちも妃奈子が作るとおいしい。
「次は魚コーナー見てみよ」
「刺身食いたいな」
「買うとしたら冊だね」
夕市は夕市だが、半額になるとは謳っていないため半額になっているものは見当たらない。
「……」
『買うとしたら冊だね』と言ったのはなんだったのか、妃奈子は何もかごに入れることなく魚コーナーを抜けた。
買う気ないなら最初から期待を持たせないでほしい。
肩を落としている兄を知ってか知らずか、妃奈子は肉コーナーへ足を運ぶ。
やはり夕時だけあって主婦の人たちが一杯。
さすが
狙いどころは分かってるらしい。
ちなみに、この夕市の混雑を経験している妃奈子もまた荒波に慣れているため平気で人だかりに突っ込みお目当てのものを手にしていた。
「もしかしてピーマンの肉詰めか?」
「うん、正解。最近作ってなかったから」
「旨いよな。ピーマンの肉詰め」
あの肉とピーマンの口内で混じりあうハーモニー。
そしてそこに加わる白米。
絶妙ですね
「作るのは意外と難しいけどね」
「へぇ~」
「ピーマンに肉がくっつかなくて、ただの肉の塊とピーマンの炒め物みたいになる時もあるんだから」
「侮れないな」
これはキレられてるな……。
前つくってもらったとき肉がピーマンから離脱してるのを指摘したことがどうやら妃奈子の気に障ってしまったようなのである。
まさか今日まで引きずっていたとは思わなかった。
「だからヘタまで食べてね」
「気持ちだけ食った感じにしとくわ」
「祐君冗談潰し止めてよ」
「すまん」
「まぁ、いいけど」
「他に買うのあるのか?」
「う~ん、特にないかな」
少し考える素振りを見せた後、妃奈子は俺に笑顔を作って歩き出した。
その後に続きレジへ向かう。
「いらっしゃいませ」
「袋買います」
「かしこまりました。一枚三円頂いておりますがよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました。袋代が入りまして、千五百八十五円になります」
と、何事もなく会計を済まし、帰宅の都についた。
「おかえり」
「ただいま」
帰宅後妃奈子が下ごしらえをしていると、お袋が帰ってきた。
「今日はピーマンの肉詰めだよ」
「惣菜買ってきたけど」
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