海の宝石箱 (メニュー:海鮮丼)


 ミルシア女王陛下がやってきたのはある昼下がりのことだった。

 ミルシア女王陛下はなじみの客としてすっかりボルケイノの常連となっている。しかも、ボルケイノにいつも大量のお金を置いていく。こんなに要らないのに、と何度言っても「私の望みをかなえた褒美と思いなさい!」と言って帰ってしまう。

 そんなミルシア女王陛下はいつもここに来るたび変なリクエストばかりあげてくる。

 そう、それは今日だって変わらなかった。


「宝石箱、ですか?」


「そう! 宝石箱のようにきらびやかな食べ物が食べたいの。私にぴったりの、料理とは思わないかしら?」


 ……そのワガママさえ無ければ問題ないと思うのだけれど、とにかくここは『食べたい料理』を出すお店だ。適当なものを出すことはメリューさんのプライドに反するし、そもそもミルシア女王陛下の気分を損ねてしまっては最悪ミルシア女王陛下の国で商売が出来ない可能性もある。それは正直言って死活問題に繋がってしまうから、出来れば叶えておきたいのだが……。

 とにかく、『宝石箱』について情報を収集せねばならない。


「宝石箱、と言いますが何かほかにリクエストの詳細をいただけないですか? たとえば、そう、どういう具材があればいい、とか……」


「特に問題ないわ。だって、宝石箱なのでしょう? だったらいろいろな具材が入っていて、きらびやかな色彩になっていれば。それでいて、美味しい。そんな料理を、きっとメリューなら作れると思うのだけれど」


 これ以上話しても情報は得られなさそうだ。そう思って俺はメリューさんに声をかける。


「メリューさん、そういうことなので、宝石箱お願いします」


「了解。ちょっと待って」


 これで注文は完了。あとはメリューさんがどういう風に料理を作ってくるか待つだけになる。

 そう思って、俺はミルシア女王陛下に時間稼ぎのコーヒーを差し出すのだった。



 ◇◇◇



 メリューさんが料理を持ってきたのはそれから十分後のことだった。相変わらず早い。どうしてこんなに早いのだろうか、まあ、そんなことを考えるのは野暮かな。


「ケイタ。これをもっていって」


 メリューさんが厨房の銀色の机に置いた丼を見て、俺は思わず圧巻されてしまった。

 何が出てくるのか解らなかったけれど、まさかそれが出てくるとは思わなかった。

 けれど、今思えば確かにそれも宝石箱と言う。


「……さあ、急いで持っていきなよ。鮮度が命だからな、その料理は」


 合点承知、と心の中で言って俺は丼をトレーに乗せてカウンターへと戻るのだった。

 カウンターに戻ると、ミルシア女王陛下の目がキラキラと輝いていた。

 理由は単純明快。俺が持っていたそれが、メリューさんの作った料理であることに薄々気付いていたからだ。


「やっぱりメリューの作る料理は早いですね! さすがはあのメリュー、と言ったところですか……。まあ、まだ味を見ていませんから、何とも言えませんけれど」


「まあまあ、それはこちらを見ていただいてから……」


 そして俺は、トレーに置いていた器をミルシア女王陛下の前に置いた。


「うわあ……」


 ミルシア女王陛下は感嘆の声を上げた。

 その器に入っていたのは、ご飯だった。いいや、それを言うと嘘になる。その上にはマグロにイカ、ブリにハマチ、ウニにイクラにサーモンがきらびやかに載せられていて、真ん中には彩りのために大葉が載せられている。

 そう。ミルシア女王陛下に提供した食べ物、それは海鮮丼だった。

 ミルシア女王陛下は笑顔を見せながら、何から食べ始めればいいのか箸を迷わせていた。迷い箸はマナーとしてはあまりよろしくないのだが、まあ、箸を主流で使う国では無いし、この世界のマナーにはそのようなマナーが無いから別に問題は無いだろう。たぶん。

 やがて、ミルシア女王陛下はサーモンを箸で取った。

 そしてそれを口に運んで、ゆっくりと咀嚼を開始した。


「美味しい! 美味しいわ、メリュー!」


 続いて酢飯を口に運ぶ。それもまた美味しかったらしく、その笑顔はとても幸せそうだった。


「喜んでもらえて光栄ですよ」


 気付けばメリューさんがカウンターへやってきていた。思えばメリューさんがカウンターにやってくることは営業時間中だと結構珍しい。まあ、それもきっとミルシア女王陛下という見知った顔だからこそ出来ることなのかもしれないけれど。

 メリューさんの話は続く。


「この海鮮丼は新鮮な魚を使っていますからね。たぶん、あの国じゃなかなか食べられないでしょう?」


 それを聞いたミルシア女王陛下は大きく頷く。


「ええ、そうね。その通りだわ。私の国は内陸に面しているから海の食べ物を持ってくるには他国から輸入して、さらに陸路も他国を通過しないといけないから関税がとても高くなってしまう。だから王族ですら魚を食べることは滅多に無いくらい。まさかここでこんなに新鮮な魚を食べられるとは思っていなかったわ……!」


「そう言ってもらえると、料理人冥利に尽きますね」


 そう言って、メリューさんは笑顔のまま再びキッチンへと戻っていった。



 ◇◇◇



 結局ミルシア女王陛下は笑顔のまま海鮮丼を食べ終えて味噌汁まで飲み干して、そのままボルケイノを後にした。やっぱりお金はいつもより多かった。貴重なものを食べることが出来たから、その礼だと思えば安いものよ! とは言っていたが、とはいえ、毎回こうだとこちらも大変だなあ、って片付けながらそんなことを思っていた。


「……おっ、もう彼女帰っていったのか」


 キッチンで後片付けもとい俺たちの昼食を作っていたメリューさんがカウンターへと出てきた。


「ええ、ついさっき。それにしてもよく新鮮な魚が手に入りましたね。そして、あの王国が内陸国であるということも」


「あれ? あの王国、グラッセ王国が内陸国ってことは伝えていなかったか? だとすれば済まなかったな。結構前から知っていたが言う機会が無かった」


 そうだったんですか。と俺は言うことしか出来なかった。

 それを聞いたメリューさんは俺の隣に立ち、さらに話を続けた。


「……あの国、いや、正確に言えばあの世界は常に戦争を続けている世界なんだよな」


 ぽつり、とメリューさんは言った。


「ああ、何。ある時、ミルシアが教えてくれたんだよ。あの世界は、戦争が続いている。戦争をビジネスとしているから、世界の経済の仕組みに根付いているから、簡単に終わらせることは出来ない。けれど、戦争で命を落としている人も、苦しんでいる人も居ることも事実だと。しかしながら、戦争を終わらせることは出来ない。それがたとえ、一国の王女であったとしても、だ」


「……そんな表情、今まで見せたことなかったのに……」


「ま、それをお前に見せたくないと思っているのかもな。昔は酷かったぞ。ろくに話も出来なかった。疲弊していたんだ、精神も身体も。だから、私が力のつく食べ物を出してやった。食べようとはしなかったが、それを食えと言って無理やり食べさせた。そしたらすっかり元気になってやがる。今はどうしているのだろうな。最近、それについての話はしていないが、もしかしたらそれについて取り組んでいるのかもしれないな」


 まだまだ、解らないことがある。

 そんなことを思った、昼下がりだった。


「……さて、難しいことばかり考えているとダメだな。そろそろ昼にするか? ちょうどケイタたちの分の海鮮丼も出来上がったことだし、昼休憩にしようじゃないか」


 それを聞いた俺は、思わず笑顔が零れてしまって、メリューさんに「お前は食については貪欲だな」と言われたのは、また別の話。

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