レーションよりも美味しいものを (メニュー:ラーメン)
その少々騒がしい二人組が入ってきたのは、ある昼下がりのことだった。
扉を少々乱暴に開けてきたので、ドアにつけられていた鈴が強めに鳴り響いた。だからこそ俺は、その人間に気付いたのだけれど。
「だから言っただろ、グラム! このままだとまずいって! どうするんだよ、あんなでっかいメタモルフォーズをどうするつもりだよ!」
「いいからサリド、落ち着けよ。落ち着くためにこの部屋にやってきた。そうだろ? ここなら人の気配もないし……ん?」
二人はそこまで会話をして、ようやくここの気配が、その場所とは違うことに気付いたらしい。
ああ、迷い込んだのか。
迷い込む。俺はそう呼んでいるのだが、時たま別の世界から偶然に迷い込んでしまうケースがある。ふつうはボルケイノが出している世界の扉から入っていくのが殆どなのだけれど、ボルケイノが偶然繋がってしまったことによって入ってしまうケースもある。
「……敵か?」
「いや、解らない。それにしてもこんな部屋に繋がっていたのか?」
「いらっしゃいませ、空いている席にお座りください」
「……お店?」
俺がその言葉を聞いて、ようやくその意味を理解してきたらしい。
一先ずサリドとグラムといった男二人はカウンターに隣同士で座ることとなった。
「ちょっと待っていてくださいね。……たぶん、少ししたらやってくると思うんで」
「ここって食事処なの? だったら別にレーションより美味しければ何でもいいけれど」
「あのレーションより不味いものはねーだろうよ。だって消しゴム味だぞ。味が一切しない、クソみたいな味付けだ。戦場の娯楽を一切奪っていやがる。あんなものはこの世から殲滅しちまったほうがいい」
レーション……確か戦場で使われる戦闘員用の食料だったか。確かやる気を削ぐために味を薄くしているのかな? なんというか、面倒なことではあるけれど。そんなことよりも、もう少し美味しい味付けにしてやればいいのに。
「レーションより美味しいものは、たいていのものが含まれているから、別にハードルとしては低過ぎない? うそ、私のハードル低過ぎ……、ってレベルだよ」
「そういうもんかねえ……。ああっと、それにしてもちょっと汚れ過ぎているかな。大丈夫? ちょっとさっきまで汚い場所を歩いていたからな。もしあれだというなら汚れを流すことも可能だけれど。場所さえ提供してくれれば」
「いえ、別に問題ありませんよ」
あとできれいにするのは俺だけどな!
それはそれとして。
いつになったらメリューさんは食べ物を持ってくるのだろうか。そう思いながら俺は厨房のほうを見ると、
「ケイタ! できたからちょっとこっちに来てくれ!」
メリューさんの声が聞こえたので、水のお替りを注いでからそちらへと向かった。
少しして俺は二人にあるものを持って行った。
「はい、お待たせしました」
湯気が立ち込めるその器を見て、その二人は顔を見合わせる。
そして、俺に向かってこう言った。
「これは……ラーメン?」
俺はそれにうなずく。
「はい。ラーメンです。とっても美味しく出来上がっていますので、熱いうちに召し上がってくださいね」
「おいおい、サリド。ラーメンだぞ、ラーメン。ちょいとびっくりじゃないか? まさかラーメンが出るなんて思いもしなかったぞ。お前だってそうだろ?」
「うん、グラム。確かにそうだね。けれど、これだけは言えるよ。そんなこと店員の前でいうんじゃねえ、品位が知れるぞ。お前仮にも貴族なんだろ?!」
「当たり前だろ、俺は貴族の息子だよ。けれど、貴族の息子でも言っていいことだってあるじゃん?」
「言っちゃダメなこともあることを覚えようぜ。さすがに一緒に居て毎回ツッコム気にもなれない」
そんなことを言っていながらも、軽快なやり取りをしているところを見ると、どうやら二人とも仲が良いようだ。
そうして。
二人はほぼ同じタイミングでラーメンを啜る。別にそこまで一緒にしなくてもいいだろう、とか思いがちになるけれどきっと長い間同じ場所で過ごしてきたのだろう。同じ環境で過ごしてきた人間は、その行動も自ずと似るものだ――どこかの本で読んだことがある。きっとそういうことなのだと思う。
「……それにしても、このラーメン、とても深みがあって美味しいね。僕たちの国にもこんなラーメンは無かったし……」
「それは企業秘密です。教えてしまうと、まあ、いろいろと面倒なことがあるので」
正確に言えば、それは俺も知らないからなのだけれど。
味というかフレーバーというか、そういう調味料の類は、メリューさんは一切教えてくれない。ぶっちゃけ教えてくれなくてもいいといえばいいのだが、気になるときもあるし、たまにこういう風にお客さんから質問があるときに困る。まあ、メリューさんは毎回「企業秘密といえばいい」としか言わないけれど。
企業秘密、といってもここはただの喫茶店になるわけだが。
「……いや、美味いな。こんな飯、実際に軍で出したら大変なことになるんじゃないか? きっとお代わりする人は多く出てくるだろ。リーフガットさんに食わしてやりたいくらいだぜ」
「リーフガットさんに食わして必死に説得すれば、もしかしたら可能性は生まれるかもしれないな。この美味しい食事を作ったメイドはドイツだ! って」
「はは……。残念ながら派遣はやっておりませんので」
俺はそう言って愛想笑いをした。これもメリューさんの入れ知恵だ。このお店の味にほれ込んでくれるのは構わないのだが、たまにヘッドハンティングをしたい人が出てくる。そういう時に言う常套句が、それだ。
メリューさんは派遣を嫌っている。理由はよく知らないけれど、あまりここから離れたくないらしい。まあ当然といえば当然かもしれないけれど、それを俺に言わせるあたりがいやらしいというかなんというか。もっと何か方法は無かったのだろうか。
……まあ、何も考えていないだけかもしれないけれど。
「そうか。派遣はやっていないか。そいつは残念」
サリドという男は肩を竦めて、また麺を啜った。
「ですが、美味しい食事はここに来ていただければいつでも食べることが出来ます」
俺はそう付け足して、営業スマイルを浮かべる。
「ですから今度は、そのリーフガットさんという人も連れてきてあげてください」
「そうだな、サリド。今度はリーフガットさんも強引に連れてきて、俺たちの分をおごらせようぜ! ついでに姫様もだ!」
「ついで、て……。そっちが明らかに目的っぽいけど?! ……まあ、いいか。そうだな、今度は誰か別の人を連れてくることにしよう。……ご馳走様、とても美味かったよ」
ラーメンをあっという間に平らげた二人はぴったりのお金を置いていき、そのまま出口へと向かった。
彼らは再び戦場へと向かうのだろうか。
そう思いながら、俺はスープまで飲み干されたラーメンの器をカウンターから片付けるのだった。
◇◇◇
後日談。
というよりもただのエピローグ。
「あの世界のレーション、というよりも味覚は酷いことで有名だった、って知っていたかしら?」
「レーション……だけではなくて、ということですか?」
「そう。あの世界はいろいろとあった世界でね……。正確に言うととんでもなく時間がかかって尺に収まりきらないから簡単に言うと放射能を浴びてしまって遺伝子レベルで構造が変わってしまったらしいのよ」
「メタ発言したかと思ったらたった一言でとんでもない世界観発言しましたね?」
「世界観発言だろうがメタ発言だろうがどうだっていいのよ。この時間軸はどの世界とも違う時間軸であるということを、あなたは忘れたつもり?」
「別に忘れてはいませんよ」
「そうでしょう。そうであってほしいものよ。……それはそれとして、だからはっきり言って、あの世界は嫌いなのよね。何度か仕事の都合がつかなくて行ったことがあるけれど、空気も汚いし食事も美味しくない。強いて言うならマキヤソースがあったことが救いかしら。あれはどの世界だって一緒の味付けができる、超万能だからね。どうしてだと思う?」
「……え。どうしてですか?」
「それはね……私があの製造法を各世界に教えたからよ。だから、マキヤソースの原液はこの喫茶店にあるの。覚えておきなさい」
……まだまだ世界には知らないことがあるんだな。そんなことを思った、ある昼下がりの出来事であった。
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