続・女王のワガママ(中編) (メニュー:特製おかゆ)


 それから一時間後。

 俺とリーサは城下町を歩いていた。理由は単純明快、ミルシア女王陛下にご飯を届けるため。そういうこともあって僕はバスケットに鍋を入れている。少々重いけれど、リーサに持たせるわけにもいかない。魔法を使って何とかします、と言っていたけれど魔女と判明してしまうのもちょっと面倒なことになりそうな気がするのでそれはやんわりと断った。

 それにしても、目立つ格好というのはしたくない。見られている感じがするし。それにスースー風が通ってくるし。


「ケイタさん、大丈夫。落ち着いて。落ち着かせれば何とかなります」


 心に直接リーサの声が響く。テレパシーというやつだろう。大変有り難い。あまり表に聞こえたくないこともこれなら話すことが出来る。いや、まあ、別に話すつもりは無いのだけれど。


「落ち着いて、っていうけれどさ……。今、俺が着ている格好を見てもそれを言える訳かい?」


 俺が着ている格好。

 それは黒のワンピースにフリル付きの白いエプロン、ガーターベルトまでつけていやがる。何が言いたいかというと、いま俺が着用しているものは普通のメイド服そのものだということだった。


「……まあ、メリューさんに辛く当たりたい気持ちも解らないではないけれど、致し方ないと思いますよ。だって、やっぱりお客さんとしては叶えてほしいことだってあるし」


「そうかもしれないけれど……うーん、やっぱり納得いかねえよ。何でこんなことをする必要があるんだ。やっぱり別に俺がメイド服を着用する必要なんて……」


「そうかもしれませんけれど! ……えーと、取り敢えずいいから、急いでいきましょう。この料理が冷めてしまわない前に」


 それもそうだけれど。

 まあ、取り敢えずその話をいつまでも話していても解決するわけではない。

 一先ずやることをやってしまわないとならないだろう。ああ、これを知っている人に見られていなければいいのだけれど……。



 ◇◇◇



 城に到着すると、門の前でメイド長が待機していた。


「ご苦労様でした。……ええと、あなた、もしかして」


「いわないでください。メリューさんが悪いんです」


「あと、人手不足も」


 俺の言葉に付け足すようにリーサはいうと、笑みを浮かべた。

 何となく察してくれたのか、溜息を吐いて、


「まあ、仕方がありませんね。……取り敢えず、中にお入りください。実はこの国も忙しくて普通に使えるメイドが居ないのですよ。ですから、私が自らやらないといけない。それを温めてミルシア女王陛下のところまでもっていくところまでお願いしますよ、もちろん、その分のお代もお支払いします」


 まあ、そう言われると断れないか……。

 そう思うと、俺とリーサはメイド長の後ろに従うように、城の中へと入っていった。



 ◇◇◇



 城の中を歩いていく俺とリーサ。

 すれ違う人も居るのだけれど、大半の人が新任のメイドくらいにしか思っていないらしく、普通に挨拶してくる。もちろん、普通にこちらも挨拶を返すのだが、どうやら誰も俺が男であることを理解していないらしかった。


「……ここまで誰にも気付かれないとそれはそれで辛い……」


 テレパシーで呟く俺。


「まあ、気付かれないのならばそれはそれで問題無いのではないでしょうか? だって、男と気づかれたくないのでしょう?」


 確かにそれもそうだけれど……。

 しかし、何故メイド長――アルシスさんはわざわざ中に入れたのだろうか。いくら人手不足とはいえ、実質俺たちは部外者。部外者を簡単に入れるなんて……。


「己惚れないで下さいよ」


 そう言ったアルシスさんの口調は、とても冷たかった。

 普段と変わらないのかもしれないけれど、いまの口調はそれよりも遥かに冷たく感じられた。


「別に私はあなたたちを信用しているわけではないのですよ。信用しているのは寧ろ……ミルシア女王陛下です」


 歩いたまま、アルシスさんの話は続く。


「彼女は危機管理能力がとても低い。私は先代から仕えていますが、彼女は正直な話、世間知らずなところがとても多いのですよ」


 先代から仕えている。

 それを聞いただけで長年ここにメイドとして君臨? していることが理解出来る。しかし、そう考えるとアルシスさんは幾つなのか……。いや、考えないほうがいい。女性の年齢は考えないほうが身のためだ。


「先代は、ほんとうに素晴らしい方でした。女性が国王になることが珍しかった時代でしたから、ほかの国と交流するときにも、大臣と話すときにも、女性だからといった目で見られていたそうです。……要するに、女性には政治など出来るはずがない、そう思われていた……ということになります」


 それは俺の世界でも未だ残っていることかもしれない。最近は先進国でも漸く女性が要職に就くようにはなってきたけれど、それでも国のトップを務めることは殆どといっていいほど無いかもしれない。


「しかしながら、それでも先代は諦めませんでした。夜、寝る時間を削って政治の知識を蓄えて、いろいろな意見を考えていました。私は何回体調に障りますとお伝えしても、ダメでした。けれど、その努力は最終的に実を結びました。その努力によって、ほかの国の人も、大臣やこの国の中の人たちも、徐々に先代を認めるようになってきたのです。『やはりこの国の王に相応しい人間だった』と、手の平を返すようになったのです」


 結果が伴ってきたことで評判もあとからついてきた、ということだろうか。

 そう考えると仕方がないことなのかもしれないけれど、確かにそうなってくるまでは先代――おそらく、ミルシア女王陛下の母親も大変だったことだろう。

 アルシスさんの話はなおも続いていく。


「結局、先代は長くこの国を治めました。その間戦争も起きなければ、諍いも起きなかった。非常に平和な治世であったと、国民は皆言っていました。ですから、崩御した後の子供による治世……即ち、ミルシア女王陛下による治世にもある程度の評判があったのです。評判というよりも期待といったほうが正しいかもしれませんが」


「期待……?」


「国民から素晴らしいといわれた王の子供による政治です。はじめからそれなりの期待をかけられないほうがおかしな話ではないか、そう思いませんか?」


 そこで、アルシスさんはようやく立ち止まった。


「ここは……?」


「ここはミルシア女王陛下……いえ、正確に言えば、彼女に仕えるメイド用の厨房になります。専属コックが使う厨房とはまた別の、いわゆるプライベート用といってもいいでしょう。そういう場所になります」


 さすが、王城。プライベートの厨房があるなんて。しかもそれなりの大きさ……。

 まあそんなことを考えている暇はない。とにかく、メリューさんから貰ったこれを温めておこう。

 鍋を置いて、メモを見る。メモには簡単に温めるときの注意が記載されていた。無機質な文章ではあったが、非常に丁寧に記載してあるのはメリューさんの優しさからだろう。


「……すいません。火はどこから?」


「何だ。火のつけ方も知らんのか。……まあ、いいだろう。ちょっと退きたまえ」


 そう言われたので、その通りに後ろに下がる。

 アルシスさんは鍋のすぐ下にある栓を開けながら、鍋の下にもう一方の手を置いて何かをぶつぶつと呟いた。

 火が鍋の下に出てきたのはそれからすぐのことだった。そうして素早く栓を操作することで調整する。


「……これでいいだろう。消すときはそのスイッチを右に回転すれば空気が出てこなくなる。非常に簡単なことだろう? 取り敢えず、今は強火にしてある」


 ……魔法か何かを使っているのだろうか?


「どうかしたか? 魔法のことならば、別にこの国では普通のことだよ。かつてこの国にいた大魔導士が魔法に関する書物を執筆したことで、この国に魔法が流行した。それに従って旧時代的だった魔術は衰退の一途を辿った……それがこの国の歴史だからな」


「魔術と魔法って、どう違うんですか?」


「詳しいことは知らないが、魔術は魔方陣やエネルギー、それに悪魔との契約等色々とあるらしいぞ? それにデメリットも大きい。一番のデメリットは時間と空間かな。魔方陣は描くために一定のスペースが必要となるし、もちろん時間もかかる。それにエネルギーという代償もある。だから、魔術はそれなりの専門家しか使うことが出来ない。一方、魔法はそれらを一切排除した文言のみで、詠唱のみで、発動することが出来る。魔方陣も契約も必要ない。だからそちらのほうが世間に受け入れられ、流行していった。……それだけを聞けば、魔法が発達し、魔術が衰退していったことも何となく理解出来るだろう?」


 それを聞いて、俺は理解した。

 確かに魔術が衰退し、その反対に魔法が発展する理由も頷ける。難しいものは、なかなかやろうとは思わない。はっきり言って、それについて腰を据えてやろうと思う人間くらいしかいないだろう。そう考えると魔術に対する門戸は狭い。

 対して魔法は詠唱だけで発動ができる、非常にシンプルなシステムだ。門戸が広い分初心者が入ってそのまま根付いていくか、或いはたまに使うかのどちらか。どちらにせよ、このままであれば魔法を使う人間のほうが多いのは半ば当然なのかもしれない。

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