冒険者の思い出 (メニュー:ハンバーグ)


 ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』は今日も暇だった。

 今日も……というか、最近客足がどこか遠退いた気がする。いったい何が原因だというのだろうか? 俺はそう思っていろいろと要因を考えるが……要因というか、原因と思われるものは、たった一つしかなかった。

 この前に起きた『ドラゴンメイド誘拐事件』。

 いや、事件という大層な名前を付けているが結局解決してしまったので、事件というカテゴリではないのかもしれない。結果として彼らを殺したのが誰なのか判明していない以上、あれ以上のことを穿り返すのは少々面倒なことだ。

 しかし、それによってドラゴンメイドは恐怖の対象だと民衆の心に植え付けられてしまった。

 まあ、あくまでもあの世界だけの話になるが、これをほかの世界でも続けてしまうと厄介なことになる。一応バイトで入っているわけだがそのバイト代が入らなくなるからな。そいつは非常に厄介だ。面倒なことといってもいい。

 とりあえず俺はメリューさんにそのことは伝えておいた。メリューさんは少々面倒な表情を浮かべつつも、それくらい解っているよとだけ答えた。ならいいのだが。

 カランコロン、と扉につけられた鐘の音が鳴ったのはその時だった。


「いらっしゃいませ」


 俺はいつも通り営業スマイルをして頭を下げた。

 入ってきたのは女性の冒険者だった。なぜ冒険者と解ったかといえば鎧と膝あてを装備していたためだ。さらに、背中には大きな剣を携えていた。

 カウンターの椅子に座ると、大きな剣を隣の椅子に立てかけた。そのとき床に剣の先端が突き刺さる。

 しかし冒険者はそのことを気にしていないようだった。……できることなら気にしてほしいのだけれど。


「メニューは?」


「この店は、あなたの今食べたいものを自動的にお出しするお店となっています」


 いつも通り、マニュアル通りの言葉をつらつらと並べる。

 ふうん、と冒険者は言って腰に携えたウエストポーチから手帳を取り出しそこに何かを書いていった。


「……何見ているのよ」


 気になってしまってずっと見ていたのがばれていたらしい。


「申し訳ございません。少し気になってしまったものですから」


 謝罪し、水の入ったコップを差し出す。


「これは手帳よ。私の冒険の記録が詰まった手帳。ずっと昔から書いているのよ。ある冒険者仲間から言われてね……気づけばもう十冊は書いている。それはすべて家に置いてあるのよ。これは最新版。それでも一年前から書いているから……あと数ページで終わりね」


「記録することが好きなんですね」


「最初は嫌いだったんだけどね」


 水を一口呷り、冒険者は話を続ける。


「でも気づけば習慣になっちゃって……これをやらないと落ち着かないというか。面白いよね、人間というのは」


「見せてもらってもいいですか?」


「ええ、いいわよ。でも他人が見ていて面白い話とは到底思えないけれど、それでいいのなら」


 そう前置きして、冒険者は俺に手帳を差し出した。表紙は革をなめして作られているようだった。ははあ、成る程。だからこのように丈夫な表紙になっているということなのだな。

 表紙ばかりみていちゃ中身にいつまで経っても入ることが出来ないので、キリのいいタイミングで表紙をめくった。飽きたわけではないが、そろそろ見ておくべきだろう。そうでないとせっかく借りて読んでいるのに、その意味を無くしてしまうことになりかねない。だから俺はその場で見始めることとした。

 中身は確かに他愛も無いことばかりがつらつらと綴られていた。一ページに書かれている分量が疎らになっているのを見つけて、何とかそれが日付イコールページとなっていることを察した。考えれば簡単な法則だったのだ。


「……なかなかびっしりと書いてありますね」


「その日にあったことは全部書いているからね。分厚くなって当然」


「へえ……」


 俺は冒険者から見せてもらった手帳のページをぺらぺらと捲っていった。その内容はとりとめのないものもあるし、どのモンスターを倒したとかどういうダンジョンを攻略したとか書かれていた。かなり手練れの冒険者らしいことがうかがえる。仮に、俺が異世界の人間であったとしても。

 しかし俺はそこで、あるものを目の当たりにした。

 そこに書かれていた文章には、ある単語が使われていたのだった。



 ――メリュー。



 その単語、いやおそらく人名だろう、には聞き覚えがあった。忘れもしない、というか忘れるはずがない、ある人物の名前だった。


「どうしたの、店員さん?」


 俺は冒険者の話を聞いて、我に返った。


「い、いや……何でもないです。ただ、かなり面白い内容だな……って思って」


「そっか。ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。私も見せた甲斐があるってものだ」


 そして俺は冒険者に手帳を返す。

 メリューさんが冒険者の人に食事を持ってきたのはその時だった。

 とびっきり大きなハンバーグが鉄板の上でジュージューと音を立てている。

 付け合わせにはフライドポテトと野菜各種。ソースの焦げるにおいがとても香ばしい。

 追加でライスを持ってきたメリューさんの顔を見て、冒険者は首を傾げる。

 そして、厨房へ向かおうとしたメリューさんに、


「ねえ、メイドさん。あなた、どこかで私と会ったことない?」


 そう、言った。

 メリューさんは少しだけ顔を俯かせて、冒険者に背を向けたまま、


「いいえ……。たぶん、人違いでしょう。このような人間は、ごまんといますから」


 その言葉を聞いた冒険者は深く追及することなく、ただ相槌を打つだけだった。


「そっか。私の勘違いか。……いや、ごめんね。あなたによく似た知り合いがいてさ。私、彼女をずっと探しているのよね……」


 そして冒険者は大きなハンバーグをナイフとフォークで切り分けながら、俺を聞き手にして話を再開する。

 結局、冒険者の話は食事が終わってから小一時間続くことになり、店も暇だったので俺がずっとそれに付き合う羽目になってしまったのだけれど。



 ◇◇◇



 冒険者が帰ってから、俺はカウンターの片づけをしていた。


「お疲れさま、ケイタ」


 珍しくメリューさんが俺に近づいて話をしだした。俺から話をすることはほとんどなのだが、メリューさんから話をするのは非常に珍しい。


「お疲れ様です。……どうしました? 急にやってくるなんて。メリューさんらしくない」


「いや……。少しあの冒険者を見て懐かしくなってな。あ、仕事はそのままし続けて構わないぞ。私の昔話みたいなものだ。飽きたらそのまま話すだけ話してどこかに行くからな」


 そういうものでいいのだろうか。

 まあ、要するに。ただの自己満足ということになるのだろうか。


「……昔、私が人間で冒険者だったころがあったことは話しただろう? あの時、一緒に冒険をしたことがある冒険者が居る。それが彼女だった」


 それを聞いて俺は納得した。

 だから冒険者の手帳にはメリューさんの名前が書かれていたのか。

 メリューさんの話は続く。


「彼女と旅をしたのは数回だったが、私としてはあまり思い出が無かった。でも彼女にとっては……忘れることのない思い出になっていたのだろうな。現に、彼女と私が出会うのはずいぶんと久しぶりのことになったはず。ドラゴンメイドになって外見が変わってしまっているというのに、彼女はすぐに気が付いたしな」


「……それじゃ、あの人には伝えるんですか?」


「どうやって伝えるっていうんだ」


 メリューさんは俺の言葉を鼻で笑った。


「別に伝える必要もないだろう? 私はここで生活をしているんだ。ここで新しい生活をしているんだ。あのころとは違う、別の仕事もしている。別にあのころのことをタブーとしているわけでもないが……」


「あなたは今のあなたがどういう存在であるかを、かつてのあなたの知り合いに知られたくないのでしょう?」


 そう言ったのはティアさんだった。いつの間にか、カウンターの椅子に腰掛けてメリューさんのほうを見つめていた。


「あんた、いつの間に……」


「あら、いやですね。私はいつもここに居ましたよ。まあ、確かにそう不思議がられるのも解らなくはないですが……。けれど、人間はそう思うことが多いと聞きますよ?」


「……何の話かしら」


「だから言ったじゃないですか。人間は自分が変わってしまったことを、変わった前の人間に知られたくない……そういうデータが多い、って。実際そうだと思いますし、それについては間違っていないと思いますよ、というだけのことです。別にあなたが悪いわけじゃありません。統計的に考えてそういうことというだけですよ」


「もういいわ。……あなたと話していると、気分が冷める」


 そう言ってメリューさんはまた厨房へと戻っていった。

 俺に何か話があったようだったが――それについてメリューさんを呼び止めてわざわざ聞き出そうとは思わなかった。メリューさんが話す気分じゃないのなら、無理に聞き出すことでもない。そう判断したからだ。

 さて。俺は片づけを再開しようと、再びカウンターに置かれた皿を仕舞いだす。


「――もしかしたら、終わりが近いかもしれないね?」


「え?」


 ティアさんはそれだけを言って、カウンターの椅子から離れていった。

 俺はその言葉の意味が理解できなかった。

 だが、そのことを俺は嫌でも理解することになる。

 しかしそれについては、まだいくつか語らないといけないエピソードがあるのだけれど。


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