第4話 私と私

 肩に乗るシンデレラの手に力がこもる。


「ごめんなさい。あなたを責めるつもりで言ったわけではないの。『あの日』以来、話すこともできなかったからつい…」


 自分はすぐ感情が顔に出るらしいのでよほど辛そうな顔をしていたのだろう。シンデレラのその言葉で少し息が軽くなったのは確かだった。


「僕の方こそごめん。勝手に出ていって…」


 シンデレラが運命の通り幸せになると疑わず大切な友だちと言ってくれたのに、それすら叶わないように、その想区から出てしまったのだから。あの想区に居続けたら、もしかしたら時折話す機会もあっただろうに。無いとしてもシンデレラの僅かな心の拠り所になったのだろうか。

 しかし、幸せであったのならそんなのはいらない。王子様との生活に自分の存在など霞んでゆくだろう。では、幸せでなかったなら?過去に戻りたいと思うのだろうか。それよりもみらいに打開策を見つけるのが彼女ではないか?

 この場に来て混乱するばかりの頭が少しだけ冴えようとしている。


「ねぇ、エクス」


 そんなエクスの思考を惑わすような、甘い声でシンデレラがエクスを呼ぶ。

 肩に置かれた手は、柔らかくゆっくりとエクスの頬に添えられた。

 シンデレラの顔は優しい笑みを湛えている。

 そして、その柔らかな唇が薄く開く。


「ねぇ、エクス。私と、ここで、ずぅっと一緒に暮らさない?」


 造られたはずの空間に風が生まれ木々が葉を揺らす。鳥がピチチチと喉を鳴らす。木こりが薪を火にくべ、立ち上がる煙の臭いがどこからかする。


「ま、待って!君は…」


 シンデレラの一言、立ち振舞いの一つ一つでこの空間が現実味を帯びていく様子に、底知れない恐怖が沸き上がってくる。

 まさか、とエクスは目の前のシンデレラの瞳の更に奥を覗くように見た。


 シンデレラは微笑んでいる。その微笑は次第に口角が上がることで表情を変える。


「酷いヒト。私と暮らすのが嫌なの?クスクスクス…」


「もうそのくらいにして」


 目の前のシンデレラの雰囲気が変わると同時に、その後ろから新たな声がした。


「シン…デレラ?」


 目の前のシンデレラの後ろに現れたのは、同じくシンデレラだった。


「あら、もう来ちゃったの…」


 つまらなそうに呟いた目の前のシンデレラの手は黒い手袋に、白いドレスも漆黒のドレスに変わり、瞳は苛虐の色を宿した紅玉の色に変わっていく。


「カオス…シンデレラ…にシンデレラ?」


 同じ空間に、違う時間軸のはずのシンデレラー下手をすれば自分もずれるーが普通に対峙している。しかも、この二人は顔見知りのようである。新たに現れたシンデレラが自分の知るシンデレラであれば、今彼女が浮かべている表情は『とても迷惑している』だからだ。


「もう少しで願いが叶ったのに」

「馬鹿を言わないで。貴女ただ、遊んでいるだけじゃない」


 クスクスとカオスシンデレラは笑うと、ふわりと舞ってエクスの後ろへ回りエクスを後ろから抱きしめた。


「ええ。面白かったわぁ。アナタと勘違いして私の言葉に苦しむ彼の顔。本当に謝ってくる姿。揺らぐ気持ち。どれをとっても愉しいわ」


 だけど、と、二人の声が重なる。


「アナタの言葉を代弁しただけよ」


「貴女もそう願っていたでしょう」


「え?」


 シンデレラたちが視線をぶつけ合ったかと思えば、その視線は最終的にエクスに注がれたのである。

 話を遡れば、やはり、全ての根源は自分らしいとエクスはゾッとした。








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