第4話 奇襲と罠と

「これだからザルバは洒落にならない!」

「ホントよね!」


 悪態をつきながらも剣を振るう俺の横では、シアが次々に霊力弾を放っていた。

 前衛の俺と後衛のシアが同列で戦っている時点で、混戦具合が分かるってもんだよな。


 日が落ちる頃。予定通り村にいたる手前で道を外れ、そこに簡単な拠点を作った。

 で、様子を探りにだした斥候が、戻ってきた途端にこれだよ!

 偵察を逆に利用して、こっちの拠点を奇襲してきやがった!


 攻撃の数からおそらく最低でも2グループ。10体前後はいるだろう。

 こちらは4パーティー、総勢27名だから、本来なら負けるはずはないのだけど、それを覆すのが奇襲ってやつだからなぁ。


 とりあえず俺はシアを守ることに専念している。

 身体強化とともに剣に霊力を通して、もともと付与された法術にさらに効果を上乗せする。

 イメージワードは2。強化と破魔だ。

 魔力に相反する霊力を剣にまとわせ、ザルバ種の放つ魔術の矢をことごとく切って捨てる。

 

「……ん、もう! しつこいったら!」


 放たれる魔術の方向から敵の位置を予測して、霊力弾をお返しするシア。

 でも、相手の攻撃が止まらないところをみると、魔術で防御しているのかもしれない。


 ザルバ種なら2班に分かれて、攻撃と防御を分担するなんて朝飯前にやってくる。

 本当に対人戦闘と同じだ。そう考えると、油断していたところに夜襲をかけられた時点で、こっちがかなり不利だといえる。


「さすがにきついわね。トリーシャは大丈夫かしら」


 この状況下で仲間の心配ができるのだから、シアも大したものだよな。


「トリーシャはチャドと組んでいるから。チャドの防御技術は俺よりもシアのほうが知ってるだろ?」

「そうね。なら大丈夫かしら」

「ああ。それに俺だってチャドほどじゃないけれど、シアを守りきるぐらいの腕はあるつもりだぞ。だから安心して思う存分暴れてくれ」

「ッ! し、信じてるからね。任せるわよ!」

「オッケー。任された」


 魔力の矢を切り落としながら格好つけてはみたものの、実際はあまりいい状態とはいえない。


 本来、小賢しい策を弄する相手には、正統派の戦術が一番有効だ。すなわち数を揃えて正面から叩き潰す方法がもっともいい。

 しかし、数を揃えて正々堂々っていうのは、極論すれば「1人1体相討ちすれば、数が多いこっちが残る」という引き算戦法。つまり命を捨てるぐらいの覚悟がないとできない。


 冒険者にはあってないんだよな。冒険者の戦いの基本は、狩りであろうが討伐だろうが「命あっての物種」なんだから。

 軍隊や騎士団のように「命をかけて国や王を守る」って義務や意思があるわけではないから、正面突破戦術なんてできようはずもない。


 だから、こんな風に奇襲しようとしていたところを逆にやられると混乱する。

 生命がまず大事だから、倒すよりも逃げるほうが優先する。

 軍隊のように指揮系統がしっかりしていて統率者がいるというわけでもないので、なおさら崩れやすい。

 ザルバ種も、そんな冒険者の特徴を見抜いているから、先手必勝の奇襲を仕掛けてきたんだろう。


 奴ら、きっとほくそ笑んでいやがるに違いない。乱れきって今にも崩れそうな俺たちを見て。

 そう。絶対陶酔している。俺たちを蹂躙する未来を思い描いて。



 ……そこが狙い目だってラドルは言っていたんだよね。前の世界で。



 その瞬間、けたたましい叫び声が聞こえてきた。

 同時に、魔族の攻撃が乱れだす。

 その間隙に、シアが一息ついて笑った。


「始まったみたい。カズ、当たったわね!」

「ああ、ここから一気に逆転といこう」


 闇の向こうで魔族の混乱を押し消すように雄叫びが上がる。

 奇襲してきたザルバのさらに背後を突くために潜ませていた伏兵が、いま見事にバックアタックを成功させたようだ。

 

 そう。そもそも斥候を出したのも。

 ザルバに見破られるようにして、後をつけさせたのも。

 この状況を作るために俺たちが用意した罠だ。


 前世界でザルバ種と戦ったときに言っていた、ラドルの言葉がヒントになった。


 ザルバは狡賢いが、1つ欠点がある。

 己の勝利を確信すると陶酔してたがが外れる。知性よりも残虐性のほうが表に出て、血を見ることばかり優先し、行動が雑になる。


 魔王の統率が行き届いていた戦場では、まさに冷酷非道な軍人のように恐れられていたザルバ種も、通常の精神状態は綱渡り。

 知力の高さと克己心の強さは、必ずしも比例しないのだ。

 血を見たい、他の生物を滅ぼしたいという魔族の本能を抑えきる自制心が、ザルバ種には足りない。


『だからの。ザルバと戦う時は、一度負けてやることじゃ。あやつらは相手が自分の思惑通りになったと思うと、陶酔して知性が薄れる。そこを冷静になる前に一気に叩く』


 真の軍師は千里の外に勝利を決するなんて言うけれど、どうやらラドルもそういう人物らしい。

 なにしろ世界をまたいで、俺たちの戦いを優位に導いたのだから。


「いっけーーー!」


 トリーシャの掛け声とともに、囮組の俺たちも攻撃に出る。

 すでに包囲は完成している。1体も逃しはしない。

 ここまで状況が整えば、身体能力はそれほどでもないザルバは脆いのだ。


 こうして俺たちは、ザルバ種の討伐に成功した。

 

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