第2話 天然スルーというけれど

 朝食が終わり、シアと一緒に中心街に歩いていく。

 道沿いの市場では、掛け声やお礼の言葉が飛び交い、忙しそうに行き来する人族で溢れていた。


 俺たちのような人族(この世界では「地の民」という)の他にもいろいろな人種が集っていて、さすが人族の代表国家だと実感する。


 ゲームでいうドワーフっぽい姿をした、背が低く筋肉質な山人族。

 人型に近い姿をしたトレントのような森の民。

 翼を持ったエルフといった感じの翼人族。

 定番の獣人族や、身体が小さい草原の民など、人族の博覧会だ。


「この時間帯ってあまり外に出たことがないのだけど、賑やかね」

「そうだな。いいよな、こういう活気って」


 シアがどこか楽しそうに言うので、素直に相槌を打った。

 魔族との戦争を経験した人なら、この光景は平和と復興の象徴と感じるだろうなぁ。


 前世界のときに見た、戦争中の都市を塗りつぶしていた空気は「死にたくない」「生き残るんだ」だった。

 この世界のロンディニムは、もっと前向きな「生きる」力にあふれている。

 同じように生きることにがむしゃらなのに、受ける印象はぜんぜん違うんだな。


 そんな風に街を眺めつつ言葉をかわしている内に、冒険者ギルドの事務所についた。


 ここも朝から人が多い。

 依頼の掲示板をチェックしたり、達成報告をしていたり、なにやら情報交換していたり、と冒険者たちの出入りは活発だ。

 まずは名指しの依頼が来ているか、カウンターに確認しに行く。

 受付の女性スタッフが早々に気がついて声をかけてきた。


「あら、シンシアさんにカズマさん。いらっしゃい。今日は二人っきり?」

「おはようございます。レティさん。おっしゃる通り二人だけですよ。トリーシャたちに用があるなら伝えておきますけれど?」


 新入りの俺には言えないような依頼でも来ているのだろうか。

 シアにも確認しようと横を向くと、ものすごい顔でへたれていた。

 同時に受付スタッフのレティさんが肩を落として呆れている。


 なんで?


「……そういうふうにかわすかー。この10日ほど観察してきたけれど、カズマさんって、おっそろしいほど天然スルースキルの持ち主よね」

「はい? 言っている意味が良く分からないのですけど」

「うん。本気で分かっていない事が、はっきり分かりました。シンシアさん、がんばれー」

「頑張るもなにも、カズはまったくそんな気がないんですもの。別に私も本当にそういうつもりでついてきたわけじゃないですけれど、もうちょっと意識してくれてもいいのに」


 ん? 話がよく見えない。


「だよねぇ。男女二人っきりで朝早くから往来を歩いている、って見方によっては朝帰りカップルなのにねぇ」

「え? あ……。ち、違いますわ! そこまで考えていません! ちょっとデートっぽいなって思っただけです!」

「ふーん。な・る・ほ・ど! デートねぇ」

「な、なんなのかしら?」


 赤くなるシアをからかうレティさん。

 

 ああ、そういうことか。やっと分かった。

 今日は珍しく二人だったから、ちょっとデート気分だった、と。

 レティさんもそれを揶揄して「二人っきり」を強調したわけか。


 しかし、シアがそんなことに気を取られていたなんてね。

 常に法術のことしか話題を振ってこないから、恋愛感情がないか、極端に薄いのだろうと思っていた。

 なにしろ寝込みを襲われたときも、目的は法術談義だったからなぁ。

 女性って自覚もなく、俺のことを男として意識してないものと刷り込まれていたよ。


 ……っていうか、もしかしたら俺の方こそ106回も死んだせいで、本当に感性が摩耗したんじゃないだろうな。


 嫌だ。それは断固として拒否したい!

 俺だって男だ。恋人だってほしい! デートやなにやら青春したいぞ!

 なにが悲しくて自分の意思でもないのに106回も死んだ挙句に、性的に枯れなきゃいけないんだ!

 いくら覚悟が決まったって、それとこれは別だ。さすがに受け入れられるか!


「……あの、カズ? なんでそんなに苦悩しているのかしら?」

「シンシアさん。もしかしたらやっと自分の行いを悔いているのかもしれませんよ。さぁ、今からでも遅くありませんよ、カズマさん! ちゃんとエスコートしてあげてくださいね!」

「……が、頑張ります」

「頑張るっていうのも、かなり失礼な気がするのだけれど……」


 話せない苦悩を抱えて努力を宣言する俺に、シアのジト目視線が突き刺さる。

 し、しょうがないじゃないか。そもそも女の子と付き合ったことすらないのに、感性まで摩耗しているんだぞ!


 今思えば、107回も召喚転生していても、恋愛なんて全くと言っていいほど縁がなかった。

 正直、そんな心の余裕なんてなかったんだよなぁ。

 生き残ることと、自分のスキルを高めることに無我夢中だった。

 そうしないといつまでたっても魔王を倒すことができずに死に戻り、ヴァクーナの嫌味を聞かされる羽目になるのだから。

 永遠に日本に帰れないのだから。


 そう思って頑張って魔王を倒してみれば「課題達成です。次が本番ですよー!」って、この世界に放り込まれたわけだけどね……。

 

 ……。

 なんだろう。なんか泣きたくなってきたぞ。かなり結構切実に。


「こ、今度はどうしたの? そんなに落ち込んで!」

「……カズマさん、情緒不安定ですか? ギルドのカウンセリングを受けます?」

「なんでもないです。なんでも……」


 俺が我が身の不運を嘆いていると、ギルド事務所の扉が乱暴に開けられ、飛び込んできた男が叫んだ。


「魔族らしき存在がラトール村近辺で確認された! しかも複数!」


 その場にいた冒険者全員の顔が引き締まった。

 もちろん俺も、シアも、レティさんも。


「すぐに上に報告します。こちらへどうぞ」


 男をすぐに奥の間に通すレティさん。


「シア。俺たちも」

「ええ。すぐに皆を集めましょう」


 シアがこの上なく優秀で冷静な法術士の顔になる。

 どうやら大きな仕事が入りそうだ。


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