第9話 変わってしまった世界 迫り来る黒い生き物

――足の裏のゴツゴツとした感触。何だろう? 薄暗くてよく見えないけれど、私の足下にはコンクリート片や鉄屑が散乱している。――ここはどこ? もう黒い生き物の声は聞こえない。

 正面を向くと誰かの背中が眼の前にある。私の視界にすぐ入るのだからシンの背中の筈。でも白い半袖のシャツは黒く汚れ、髪の毛も埃をかぶった様に汚れている。カーキ色のズボンにカーキ色のブーツも黒く汚れている。……こんな格好のシンを見た事はない。他人だろうか? 因みに私のセーラー服は冬服から夏服に切り替わっている。

「ここはどこだ? まるで戦場だ……」

 眼の前の人間が呟いた。――シンの声だ! この人間はやっぱりシンだった。ていうか、「戦場」って? シンは戦場に身を置いた事なんてない。

 遠くの方で何か音がする。乾いた破裂音……銃声? 大砲の様な轟音も聞こえてくる。多くの銃火器が使用されているのだろうか? 火薬の様な臭いが風に乗ってやってくる。

 私とシンは瓦礫の間のくぼんだ空間にいるらしい。その個室トイレ程の空間の入り口はシンに塞がれている。私の視界からは周囲の状況が把握出来ない。

「シン? 私達は一体どこにタイムスリップしたの?」

「……アナ? 俺の後ろにいたのか」

 シンは驚きもせずに前を向いたまま答えた。それだけ眼の前に見える現実が圧倒的なのかもしれない。

「……これは俺の過去の世界なのか? ……違う。こんな世界を経験した事はない。アナ、見てみろ」

 シンは上半身を右側によじった。私の視界が開けた。

「何……どういう事?」

 私の眼の前に現れた景色……そこはまさに戦場だ。崩れたり穴が開いたりしている多くのビル。たくさんの瓦礫や焼け焦げた鉄屑。……この場所が一体どこなのか分からないけれど、凄まじい戦闘があったに違いない。

「アナ、ここはどこかの駅だ! あそこに書いてある」

 シンが指差している先を眼で追った。私達のすぐ正面に見える一番大きなビルの外壁には「駅」の文字だけ見てとれる。……そうすると、このビルと私達の間の広い空間はバスロータリー? 今は瓦礫が散乱しバスは一台も見当たらない。黒焦げになった車が一台ひっくり返っているだけ。車には折れ曲がったバスストップが突き刺さっている。

「……俺たちが隠れているこの瓦礫の上、ここのすぐ上は歩道橋だったみたいだ。ここは歩道橋が崩れて出来た空間だ。歩道橋はこの広い場所……おそらくロータリーだな、ロータリーの上を通ってあの『駅』って書いたビルの二階に繋がっていた。ほとんど崩れて何が何だか分からなくなっているけど」

 確かに、ロータリーの中央や周囲には所々に歩道橋だと思われる残骸が残っている。橋脚にはスプレーの落書きが数多く見受けられる。「独立」や「解放」といった文字が多い。なぜ、そんな言葉が落書きされているのだろうか?

 シンは生唾を飲み込んで頷いた。

「間違いない。ここはナナ王子オウジ駅の北口だ! 七王子市で一番大きな駅だ!」

「七王子駅? ここはあの七王子駅だって言うの? シンの家からも遠くない、あの七王子駅だって……。待って、だとすると、この瓦礫まみれの場所は東京ってこと?」

「あぁ、どうやらそうらしい。間違いない、あの正面に建っているのは駅ビルの『CELBO(セルボ)』だ。あそこは元々、別のデパートだったけれどリニューアルしてCELBOになった。それが確か二〇一二年の十一月。だから、今はそれ以降の時間だ」

 CELBOがリニューアルしたのは二〇一二年十一月。そうすると、二〇一二年十一月以降にこの七王子駅北口は破壊された筈。……シンが死んでしまうのは二〇一五年九月二十三日。シンが経験出来る時間はこの日まで……。僅か三年の間に、急激に世界が変わってしまったというのだろうか? ……一体、何があったって言うの!

「俺達はこれからどうすればいい?」

 シンは無精ひげが伸びた顔で振り返った。

 その時、私の足に何かがぶつかった。……ん? シンは左手に何か持っている。持っているというか杖の様に地面に突いている。それが私の足にぶつかったみたい。

「シン、その手に持っている物は何?」

 シンは自分が何か持っている事に気づいていなかったのだろう。「え?」と声を出すと、それを両手で持ち上げた。

「……これは!」

 シンはそう叫ぶと、手を滑らせて瓦礫の上にそれを落とした。すると、その杖の様なものの全体が私の眼に入った。――ライフルだ! 間違いない、確かにライフルだ! なぜ、シンはライフルなんて持っているのだろうか? こんな戦場の様な場所で、なぜライフルなんかを持って――


「おーい! おーい!」


 誰かの声がする。私とシンは顔を見合わせた。

「おーい!」

 離れた所から男の声がする。誰かを呼んでいる様だ。

 すると一人の男が左の方から、方角で言うと東の方からこっちに向かって走って来る。

「誰だ? 俺を呼んだのか?」

 シンは身構えながら男の様子をうかがっている。黒い半袖にジーンズ姿の背の高い男が瓦礫の上を走って近づいて来る。

「誰だ、あいつは!」

 背の高い男は両手で何かを抱えている。

「ライフルだ! アナ、あいつもライフルを持っているぞ!」

 背の高い男もシンと同じ様にライフルを抱えている! 

 シンは足下のライフルを拾った。私はシンをスリ抜けて瓦礫の間の空間から外に出た。

「シン! 撃つの?」

「当たり前だ!」 

 シンは慌てた様子でライフルをいじったり振ったりとしている。……どうやら使い方が分からないらしい。

 すると背の高い男がライフルを頭の上にかざした。

「黒井さん! 俺です、間宮です! 見てください、カラシニコフですよ! AK―47!俺にも支給されました!」

 その男は嬉しそうにシンの名字を呼んだ! 

 シンはライフルを下げた。

「敵じゃないみたいだぞ! あいつは俺の事を知っているらしい! こっちは間宮なんて奴を知らないけれど」

「確かに知らない顔ね。でも、私達を殺す気はないみたい」

 間宮と名乗る男はすぐ眼の前まで来ると、息を切らしながらシンにライフルを見せた。まだ若い、十八歳くらいに見える。パーマのかかった様な長い黒髪、黒い半袖の右袖からは日章旗をモチーフにしたタトゥーが覗いている。

「ロスシアの誇るライフルですよ! さすが大国ロスシアだ。黒井さんのライフルと全く同じ物です!」

 間宮は嬉しそうにライフルを撫でている。間宮のライフルはシンの持っているライフルと同じ型の様に見える。

「別の解放軍の連中が言っていました! 中央の人達はロスシアの武器を手に入れるルートを確保したそうです! ロスシアの政府筋とコンタクトが取れたんスね。これからは大量の銃や兵器が手に入りますよ!」

 間宮は相変わらず嬉しそうな表情を浮かべたまま空に向かってライフルを構えた。

 間宮は嬉しそうな表情をしているけれどシンは怪訝な表情だ。間宮の話しの意味が分からないのだろう。私も間宮が何を話しているのか全く分からない。

「あれ、一人ですか? 田嶋と美輪は? あいつら護衛なのに! 『二十三区解放軍』の人とは会えましたか?」

 間宮は辺りをキョロキョロと見回している。

「シン! 適当に話しを合わせて。そして、今世界で何が起きているのか探って! それと間宮に私の姿が見えていないか一応確かめて」

 シンは私の眼を見て小さく頷いた。

「なぁ、間宮?」

 シンは間宮を呼ぶと私の顔を指差した。

「……ここに何か見える?」

「……え、何がスか? 黒井さんの人差し指ですか?」

 間宮は不思議そうな顔をしてシンを見つめている。やはり間宮には私の姿が見えていない様だ。

「いやいや、何でもないよ」

「……黒井さん? どうかしました、何かヘンですよ? ……まさか田嶋と美輪が!」

「あ、いやぁ別にどうもしない。二人はどっかその辺で色々やっているのさ」

 シンは笑いながら間宮の肩を叩いた。

「……ところで間宮、こんな事になったのは一体どうしてだと思う?」

 シンは間宮に尋ねた。……なんか変な質問、唐突だ。まぁ、仕方ない。手探りで進んでいかないと。

「……こんな事?」

「そう、こんな事……この瓦礫が散乱してしまう様な事」

「……要するに、この今の日本の現状の事ですか? それとも七王子駅が破壊された事ですか?」

 間宮はポカンと口を開いた。

 あぁ、ここはやっぱり日本なのね? 私達はやっぱり日本の七王子駅にいるのね? きっと日本中で何か大変な事が起きたに違いない。歴史が変わってしまっている。……歴史を変えてしまったのは私達なのだろうか?

「まぁ間宮、座ろう」

 シンは瓦礫のくぼみに腰を下ろして左側を空けた。間宮もその空いた場所に腰を下ろした。私も二人から少し距離を置いた場所に腰を下ろした。

 間宮はライフルを両手で抱え、まじまじと見つめた。

「まぁ、こんな武器を使わなければいけなくなったのも、日本が戦争状態になってしまったのも、そもそもの原因を作ったのは滝山ケンジですよね?」

 私は思わず立ち上がった。……滝山ケンジ! あの連続殺人犯が一体どうしたの? あいつが原因で日本は戦争をしているって言うの?

 シンは驚き過ぎたのか激しくムセこんでいる。

「……悪い。ヘンな所に唾液が入った。間宮、続けてくれ」

「……大丈夫ですか? ええ、滝山がいなけりゃ『神の御心ミココロ』なんていう組織は出来なかったし、中都チュウトのお偉いさんの孫娘も殺される事はなかった」

 カミノミココロ? それは滝山に関係した組織? チュウトって「中都人民共和国」の事? 話しが全く分からない!

「滝山ケンジ……あいつは犯罪者だよな?」

 シンは間宮の眼をじっと見つめた。シンの額にはうっすらと汗がにじんでいる。

「犯罪者ですよ、ただの犯罪者! 十五人も小さな女の子ばっかり殺したんスから!」

 十五人! 滝山が殺した女の子の数は八人だった筈……。それが七人も増えている! 太郎坂で車のナンバーを警察に通報したけれど、やっぱり滝山は捕まらなかったのだ。あの女の子もおそらく殺された! ……私達が歴史を変えてしまったのだ! 

「滝山だって、もともとは思想なんてなかった……」

 間宮は足下の小さな瓦礫を指で摘まみながら呟いた。

「……滝山に思想なんかない、犯行声明も調子に乗って出しただけ。でも警察は捕まえる事が出来ないし、模倣犯も出てくる。その辺りから、滝山は自分で自分の事を勘違いしたのかもしれない。『俺は特別な存在だ』って。だから自分の事を『預言者』なんていうふうに名乗り出した。『俺のやっている事は神の啓示だ』って色々理屈こねて。まぁ結局は捕まりましたがね」

 間宮は摘まんでいた小さな瓦礫を遠くに投げた。

――滝山。太郎坂の一件がそんな事態に繋がるなんて。……全て私達のせいだ。

 シンは怒っているのだろう。眉間に皺を寄せ、ライフルの底の部分、ライフルを撃つ時に肩にあてる部分で瓦礫を何度も突いている。

 でもこの戦争の様な状況と滝山の連続殺人がどう繋がるの?

「滝山はすぐに死刑になった。本人も望んでいたし執行までに一年もかからなかった。滝山はハイ、終わり、サヨナラ。でもあいつの思想を信奉する信者達の存在がまずかった。『神の御心』なんていうふざけた名前の組織を秘密裏に結成して小さな女の子達をたくさん殺した。『預言者の意志を継ぐ』って。……ただのロリコンのヘンタイどもが。奴らだけで百人以上殺した。そうですよね?」

 間宮は怒りに満ちた顔つきでシンの眼を見つめた。

「……そうだ」

 シンはそう答えると、足下にあった小さなコンクリート片を蹴飛ばした。

「……その滝山に殺された女の子達の中に、中都のお偉いさんの孫娘もいたって事か……」

 シンは足下のコンクリート片を睨みつけながら呟いた。

「えぇ、党の実力者『キョ 雲山ウンザン』、中央軍事委員会の委員。孫娘を殺されて怒り狂った許は党を動かし日本政府に圧力をかけた。『神の御心』の取り締まりに中都の人民武装警察を介入させろと。もちろん日本政府は内政干渉だと拒否しますよ。アルメリカのスタンリー大統領も、中都を強く非難した。『神の御心』は逆ギレして、中都系企業の娘を狙って殺しまくった。そうしたら仕返しとばかりに中都国内で日本人の不当逮捕が頻発した。結局、日本はその逮捕者の釈放と引き換えに人民武装警察の日本駐留を認めた。東京、大阪、名古屋、日本の主要都市全てに。人民解放軍も混じっているでしょうね。……全く、こんな事を認めたら日本は滅茶苦茶になるって思わなかったのかなぁ?」

 間宮は腕を組んで首を傾げた。

 シンは間宮の肩に手を置いた。

「『神の御心』の信者達は、徹底的に取り締まりを受けた。……そうだな?」

 すると間宮は突然、笑いだした。

「黒井さん、俺の事を試していませんか? 試験ですかこれ? 確かに俺は黒井さんの様な闘士ではないスよ。でも俺も日本の現状を憂えていますから、本当。ただのネット住民じゃないですよ」

「悪く思うな」

「いいですけど。黒井さんの事は尊敬していますから」

 シンは間宮の肩を数回、ポンポンと叩いた。でも、シンの眼は全く笑っていない。

「……そう、人民武装警察の取り締まりは熾烈でした。警察なんて言うけど、実態はヤクザですよ。信者に対する拷問はもちろん、その家族も拷問した。何人も死んじゃったし。日本の警察も自衛隊も情けなかったスよね! ビビって手も足も出やしない。とうとうアルメリカ軍も主要都市に兵士を駐留させて人民武装警察を監視した。もう日本はぐちゃぐちゃ、主権も何もあったものじゃない。……その後です、その後! 『神の御心』に潜入していたマルクス主義者達でしょうね、中都大使館を爆破した。木端微塵! 『革命は混乱の中で起こる』って信じている奴らだから。さて中都は怒った! 在留中都人を保護するという名目で人民解放軍を東京に向けて派兵してきた。ここに至って始まりましたよ戦争が! アルメリカ軍と自衛隊は日本海を航行する中都の艦船にミサイルをドカン! 先制攻撃を仕掛けましたよ! するとそのタイミングに合わせたかの様に『神の御心』のマルクス主義者達が霞が関の省庁を爆破! なぜか防衛省だけを残して! ロスシアが裏で一枚噛んでいるなんて噂も……。こうなるとカオスですよ! 」

 シンはイライラとした様子で立ち上がった。

「あぁ、全くカオスだ! 滝山をあの時ぶっ殺していれば!」

「そうですね。……太郎坂ですよね? 滝山と会ったのは? でもあそこで滝山を止められなかった恨みが『西東京解放軍』での武勇に繋がっているじゃないですか!」

 そうか、シンはレジスタンスの闘士になったのね。太郎坂で滝山を止められなかった罪悪感がそうさせたのかもしれない。

「二〇一五年九月二十三日現在、この辺りの解放軍で黒井さんの事を知らない奴はいませんよ。『西東京のメロス』……」

「お前、今日がいつだって言った!」

 シンが間宮の腕を掴んで叫んだ。

「ちょっと待って! 二〇一五年九月二十三日ってシンが死んじゃう日じゃない!」

 私も思わず叫んだ。

「間宮、今の時間は!」

「どうしました黒井さん? ……時間? 今は一時十分ですけど……」

 間宮は腕時計を見ておろおろとした様子で答えた。……という事は、シンが死んでしまうまであと二十分程度! シンは峠の事故で死ぬ筈だけれどこの状況でそれは考えづらい。大体あの峠まではここから車で三十分程かかる! シンはこの戦場で死ぬ!


「黒井さん、間宮! 危ない!」


 突然、私達の眼の前に一人の男が現れた。白いタンクトップに迷彩柄のズボンを履いた短髪の若い男。

「逃げましょう! 人民解放軍がうじゃうじゃいる!」

 白いタンクトップの男はシンの腕を取った。辺りを見回すとCELBOの一階入り口に数人のライフルを構えた兵士らしき者がいる! その後方からもまだ兵士が集まってくる!

 シンは男のなすがままに走り出した。間宮も走り出した。――破裂音と共に何かが耳元を掠めて飛んでくる。……銃弾だ! 兵士達は私達に向かってライフルを撃っている!

 駅から真っすぐに伸びた大通りを三人は走る。私も一緒になって走っている! 後方からは日本語ではない怒号が聞こえる。

「田嶋! 美輪はどうした!」

 間宮が白いタンクトップの男に向かって叫んだ。

「殺られた! 二十三区解放軍の奴らも何人か! うわ!」

 田嶋という男がうつ伏せに倒れた。人民解放軍の撃った銃弾が当たった様だ。

「田嶋! ……くそ!」

 間宮はその場で立ち止まると後ろを振り返りライフルを構えた。

「日本人を舐めるなよ! 『神の御心』みたいな奴らだけじゃないぞ!」

「間宮よせ! 逃げるぞ!」

 シンが間宮の腕を後ろから掴んだ。その時、間宮の頭が血しぶきと共に弾け飛んだ!

「……何て事だ! 頭が!」

 シンの顔は間宮の血で真っ赤に染まっている。

「シン、逃げるのよ! 走って!」

 シンは兵士達に背を向けて走り出そうとした。でも、シンは駅前通りの先の方を見ると呆れた様な表情をして足を止めた。

「……アナ、駄目だ。見ろ」

 シンは顎をしゃくり、前方を見るよう私に促した。

 駅前通りの先、瓦礫が散らかった交差点のところ。そこに、あの黒い生き物達が三体身を寄せていた。

「……まさか、そんな」

 私の全身から力が抜けていった。

 このタイミングで黒い生き物達が現れるなんて。黒い生き物達は眼を開いて小刻みに揺れ、気味の悪い触手を出したり引っ込めたりとしている。「キイキイ!」という耳ざわりな鳴き声も聞こえてくる。

「何てタイミング……。絶体絶命ね」

 後方では人民解放軍の兵士達がライフルを下ろし立ち尽くしている。兵士達にも黒い生き物達の姿が見えているのだろうか? 皆、唖然とした表情で口を開けている。一人の兵士が他の兵士達に向かって「撃つな!」という様なジェスチャーをしている。

 あぁ、シンはこの戦場で死んでしまうのだ。死に場所と死に方は変わったけれど、今日死ぬ事に変わりはなさそうだ。……あぁ、私達は世界を変えてしまったのだ。あの声……神様の意志に背いてしまった。これから世界は、私達はどうなるのだろう? 

 シンは黒い生き物達の方へ一歩踏み出しライフルを放り投げた。

「化け物! 殺すなら殺せ!」

 すると黒い生き物達は触手を身体の中に仕舞い動きを止めた。

 

「破壊の神よ、復活をお待ちしていました」


 黒い生き物が喋った! どこから発しているのか分からないけれど、三体のうちの一体が言葉を発した! ……破壊の神? 復活? 一体何を言っているのだろう? この化け物達はシンを慕っているの? 時空を超えてシンの後を追って来ているの?

 シンが私の肩を掴んだ。

「アナ、俺は何かおかしな存在なのかもしれない! 君がずっと俺の傍にいたり、この化け物に破壊の神呼ばわりされたり! 全ての元凶は滝山じゃない、俺なのかもしれない!」

 その時、黒い生き物達は再び触手を出した。そして触手の一部を足の様にして一斉に高く飛び上がった! 

「ギエエエエイ!」

 黒い生き物達は奇声を上げながら、あっと言う間に周囲のビルと同じ高さまで到達した。

「……飛んだ! あんなに軽々と!」

 シンが眼を見開いて黒い生き物達の動きを追っている。

 黒い生き物達は悠々と私達を飛び越え、さらに人民解放軍の兵士達も飛び越えると、大きな音を立てて向こうのロータリーに着地した。

 地面が揺れて砂埃が舞う。兵士達が黒い生き物達を指差して悲鳴を上げている。やっぱり兵士達にも黒い生き物の姿が見えている様だ! 黒い生き物達はこの世界に存在している! 

 黒い生き物達は、「キイキイ!」と鳴きながら兵士達の方を振り返った。兵士達は悲鳴を上げながらその場から逃げ出した。

 黒い生き物達は身体から無数の触手を伸ばすと四方八方に振り回した。すると二十人近くいた兵士達の首が宙に舞った。黒い生き物達は一瞬のうちに兵士達の首を刎ねてしまった。

「ありえない……。およそ現実とは思えない」

 シンはわなわなと震えている。

 すると黒い生き物達は、「キイキイ!」と鳴きながら無数の黒い触手を私達に向かって伸ばしてきた! 波の様にうねりながら黒い触手が迫ってくる! ――シンを捕まえようとしているのだ!

「アナ!」

 シンが叫んだその時、私の体の中に突然力が湧いてきた。……力がみなぎる。それだけではない、猛々しい凶暴な感情も湧きあがってくる!

 すぐ目の前まで黒い生き物達の触手が迫ってきた!

「うおおおおおおおおお!」

 私は雄叫びをあげると左手でシンの腰に手を回し思いっきり飛び上がった! 

――間一髪、私達は黒い触手から逃れた! 私達はそのまま、ぐんぐん上昇し遥か上空まで到達した! 百メートルは下らない! 黒い生き物達が遥か下の方に小さく見える。私のこの力は何! 今までシンに触れる事すら出来なかったのに!

「アナ! これは……」

「私がシンを抱えて飛んでいるの! 助けてあげるから!」

「……君は本当に何者だ!」

 破壊された街並みが遠くまで見渡せる。所々に黒煙や赤い炎も見受けられる。この破壊された街には多くの人間がいるのだ。多くの人間が犠牲になってしまったのだ。そしてこの状況を作ってしまったのは私達……私達が世界を変えてしまったのだ!

「ギエイイイイイイイ!」

 黒い生き物達が醜い雄叫びを上げながら私達のすぐ足下までやって来た! 黒い生き物達は私達に向かって飛び上がって来た! 

 すると黒い生き物達の巨大な眼玉が赤く光った! 

「化け物達怒ったぞ! アナ、もう駄目だ!」

「くそおおおお!」

 再び私の身体の中に凶暴な感情が湧きあがった。すると、私の右手が刀の様に鋭くなった感覚がした。

「貴様ら切り刻んでやる!」

 私の口が勝手にそう叫んだ。

 私は空中で静止すると、黒い化け物達に向かって右手を振り下ろそうとした! 

――その時、周囲が真っ白く光った! 凄まじい光に目がくらむ。……例のタイムスリップ? 違う、世界が飛び跳ねたりぐるぐると回ったりとはしない。何が起きたの? くらくらと意識が遠退く――

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