　ルッグは、お嬢さまを追って、屋根裏部屋に入った。

　屋根裏部屋は、物置として使われていた。

　空気中を漂う細かな埃（ほこり）とカビの匂いが、つんっ、とルッグの鼻を突いた。

　ちょうど、ミイルンが窓の鎧戸（よろいど）を開けた所だった。

　外の光と新鮮な空気が、屋根裏の澱（よど）みを払った。

「こんな場所、ロマンティックでも何でもないけど、まあ、お父さまとお母さまに知られるよりは、ましだわ」

　言いながら、少女は、入り口近くに立っているルッグに向かってコツコツと靴を鳴らして近づいてきた。

「お……お嬢さま……何を……」

　戸惑うルッグの直（す）ぐ横を、ミイルンが通り過ぎた。彼女は態（わざ）と自分の体を少年の体に近づけて、肩と肩が微（かす）かに触（ふ）れるようにした。

　お嬢さまの体から漏（も）れる香りが、ルッグの頭をぼうっとさせ、体を硬直させた。

　カチリッ……という音が聞こえた。戸口まで行ったミイルンが、屋根裏部屋の鍵をかけた音だと気づいた。　

（と、閉じ込められた？）ルッグは思った。

「屋根裏部屋なんてメイドも滅多に来ないけど」

　言いながら、ミイルンが悪戯（いたずら）っぽく微笑んだ。

　その、あまりに可愛いらしい微笑みは、同時に、あまりにも恐ろしかった。

「万が一、誰かに見られでもしたら大変だもの、ね？」

　少女の目は、ぬらぬらと濡れていた。

「お嬢さま……いったい何を……」

　ルッグはもう一度尋（たず）ねた。

　しかし美しい少女は、相変わらず、少年下僕の問いに答える気は無いようだ。ただ一方的に自分の言葉を押し付けて来るだけだ。

「勘違いしないでね？　私が心配しているのは、自分自身の事ではないのよ？」

　そして、もう一度、あの誰よりも可愛らしく、誰よりも恐ろしい微笑み。

「あなたの事を心配してあげているのよ……ルッグ……あなたが私を力づくで辱（はずかし）めたと知ったら、お父さまは、あなたを決して許しはしないわ……町の警備兵士団に突き出すなら、まだ良いほうよ……おそらく、使用人たちに命じて私刑（リンチ）させるわ。それも、考えうる最も悲惨な方法で、ね」

「ち……力づくで……は、辱める？　お、お嬢さまの言っていることが全く分からないのですが」

　その時、ルッグは、お嬢さまの右手に何時（いつ）の間にかナイフが握られていることに気づいた。

　ミイルンは、そのナイフの刃を自分の左手首と肘（ひじ）の中間あたりに持っていった。

「お父さまの書斎からくすねて来たの。柄頭（つかがしら）にルビーが埋め込まれていて、ね……お父さまのナイフ・コレクションの中では小振りな方だけど、一番の『お気に入り』よ……ルッグ、よく聞いて頂戴……もし、あなたが私の言う事を聞かなかったら、私はこのナイフで自分の左腕を切りつけるわ。そして大声で叫ぶの。この薄汚い下僕が、お父さまから盗んだナイフで私を脅して、手籠めにした！　……てね。分かる？」