#19
オーク=オーガーは、ドン・マグードが考えていたほど愚鈍では無かった。そして考えていた以上に凶暴で狡猾だった。
皇国暦1589年のムツルー宙域で、ノヴァルナとノアの宿敵として、何度も立ち塞がった宇宙マフィアのボス、オーク=オーガー…この男は、ドン・マグードの幹部に取り立てられた頃から、わざと物分かりの悪い振りをし続け、あえて他の有力後継者の後塵を拝していたのだ。
その理由は、後継者レースの上位にいる幹部は、常日頃から互いに反目し合い、何かにつけて足を引っ張り合っており、少しの失態で順位を大きく後退する事になるからである。それならば後方にいて、絶対的な機会を得るのを待った方がいい、というわけである。そして当然…と言うべきかその絶対的な機会の中には、ドン・マグードの暗殺も含まれていた。
しつこく疑いの眼を向けていた若手幹部を黙らせると、オーガーは貨物船の船長席に腰を下ろし、巨体をクッションに沈めて、グフフ…と笑い声を漏らす。頭の中にあるのは、思わぬ形で転がり込んで来たこの好機だ。
“どこのどいつだか知らねぇが、こうなると施設を襲って来た奴等に、感謝しなくちゃならねぇなぁ…”
内心で呟いて、オーク=オーガーは口元を大きく歪める。“どこのどいつか”…その相手が、二十三年後に再び死闘を演じる相手になるとは、想像もつかないであろう。
結果としてノヴァルナの作戦は、完全には成功しなかった………
いや、それどころか逆に、オーク=オーガーにドン・マグードの暗殺の機会と、ボヌリスマオウの種子を与えてしまった事になる。皮肉と言えば、これ以上の皮肉はない。
しかしながら、だ。
未来への選択肢…可能性を考えた時、こうも考えられる。もしノヴァルナが手を出さず、ドン・マグードが生きたままムツルー宙域へ帰り、自分の計画を進めた場合だ。
オーク=オーガーより有能なドン・マグードが、マフィアのボスであり続けたなら、ムツルー宙域でさらに多くの“ボヌーク”中毒者を生み出し、ダンティス家はアッシナ家に敗北。彼等の勢力圏に転移したノヴァルナとノアも、どうなっていたかは不明だろう。
“特異点(シンギュラリティ・ポイント)”という言葉がある。物理学、数学的に様々な意味を持つ言葉だが、その後の時空の流れに大きな影響を与える、“点”という意味もあった。となればこの惑星ジュマは、今後のムツルー宙域、ひいては銀河皇国の勢力状況に大きな影響を及ぼす、“シンギュラリティ・プラネット”だとも言える。
ただ難解であるのは、かつてノヴァルナとノアが飛ばされた皇国暦1589年の世界で、過去に今回と同じ事が起きていた可能性は、少ないという事である。
二人がこちらの世界へ帰って来た事で、世界線の分岐が確定し、今の彼等が居るこの世界は、飛ばされた未来の世界へは繋がらなくなった。
今回ノヴァルナとノアがこの惑星にやって来たのは、新星帥皇を名乗るエルヴィスに会い、直に降伏を勧める事だったのが、そもそも二人が飛ばされた世界では、エルヴィス・サーマッド=アスルーガは存在せず、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガが星帥皇であり続けていたのだ。
これまで何度か述べた通り、新しく誕生した世界線は元の世界線との、近似値を取ろうとする傾向にある。そして量子の世界では、未来の事象が過去に影響を及ぼすとされる。
その結果が、この世界線が変わった世界での、今回のオーク=オーガーとの因縁の発生…というわけだ。エルヴィス・サーマッド=アスルーガの出現が、いいや、ノヴァルナの皇国暦1589年のムツルー宙域への転移が、今の世界を生み出すためのトリガーとなった…と、言えるだろう。“特異点”の出現が、新たな世界線を生み出し、新たな運命を紡いでいくのだ。
そして…思い出すべきである。
かつて、ムツルー宙域へ飛ばされたノヴァルナに対し、暗闇の中で、その動向を観察していた謎の声が告げた言葉を。
「
その声にはどこか、“祝福”の響きがあった事を………
そのノヴァルナ達は、テン=カイら別動隊とも合流を果たし、『アクレイド傭兵団』の秘密施設から離脱する事に成功していた。
巨大怪獣“ゴーデュラス”と地底怪獣“アングルアード”は、いまだに施設を闘技場代わりに戦い続けており、離着陸床は完全に破壊。司令官のメッツァ大佐の安否も不明であった。
彼等はガンザザがリモートコントロールで呼び寄せた、彼所有の宇宙船『ブローコン』号に乗り込み、離陸した。『ブローコン』のリモコン機能は、ガンザザが独自に施した改造の一つだ。ヤバい仕事も請け負うガンザザらしいと言えば、そうなるであろう。
「ふぇー。やっとひと息ついたぜ」
ガンザザの『ブローコン』号の機関士席に座ったノヴァルナは、キンキンに冷やしておいたミネラルウォーターのボトルを、ゴクリゴクリ…と飲み干し、肘掛けに大きな音をカン!…と響かせて置いた。
▶#20につづく
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