#12

 

 ハーヴェンの言葉でイナルヴァ達は、ビーダとラクシャスのやろうとしている事が、どことなく腑に落ちる気がした。


 星大名の家臣の中で、自分の植民星系を領有している者は、かなりの権威を持つ重臣である。イースキー家においては、ここに集まっている旧サイドゥ家時代からの武将達が、その主だったものだ。

 ビーダとラクシャスは子飼いの武将や従順な家臣達に、褒美として新興植民星系を与えて恩を売り、重臣へと格上げして自分達の支持基盤を、盤石なものにしようというのだろう。

 そうであるなら、これら新興植民星系を短期間で、経済的に黒字に転換させようとする意図も推測がつく。赤字の植民星系など押し付けられても、迷惑なだけであろうからだ。


 そしてそれは同時かつ相対的に、領民を抽出された旧サイドゥ家重臣達の、植民星系の経済力が低下する事―――家勢の低下を狙う事が出来る。イースキー家家臣団のパワーバランスを、根本から変える事が出来るだろう。


「…しかし、こんな事をしていて、いいはずはなかろう。我等はミノネリラ宙域内に、ウォーダ家の勢力圏を築かれているのだぞ」


 ウージェルが歯痒そうに言うと、サートゥルスはハーヴェンに視線を送って、皮肉交じりに応じる。


「どこかの誰かが、ノヴァルナ公より強いと知って、安心したんだろうさ」


「それでここに来て、ハーヴェンの取り込みを図っているのか」


「愚かな事です…そう何度も勝てるものでもないのは、当然なのに」


 軽く首を振ったハーヴェンは自分でも、次にノヴァルナと戦ったら、まず負けるだろう…という確信めいた予感があった。


「だが問題は“五ヵ年計画”とやらを、どうやめさせるかだな。オルグターツ様に直訴しようにも、自分の館に引きこもって酒色に耽る毎日では、手の付けようがないぞ」


 眉間に皺を刻んで、唸るように言うマクシミリアム。すると、ハーヴェンは重要な事をさらりと告げた。


「ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマを、排除すればよいのです」


「!!??」


 その場にいるハーヴェン以外の人間が一斉に眼を見開く。それが出来れば手っ取り早いが、二人がオルグターツの愛人であり、寵臣であるために、簡単に出来る話ではないのだ。


「そんな事はわかって―――」


 アンドアが言いかけるところを、ハーヴェンの言葉が遮る。


「出来ます」


「え?」とアンドア。


「実はあの二人、重大な銀河皇国規約違反を、犯そうとしているのです」


 穏やかな表情で言いながらも、ハーヴェンの瞳は鋭く輝いた。

 

「重大な規約違反?…なんだ?」


 イナルヴァが問い質すと、ハーヴェンは「その前に、皆さんにご紹介したい人物がおります」と答え、スマホ型の通信ホログラムを手の平の上に展開した。


「少佐。回線をつないでくれ」


 ハーヴェンの言葉で、彼の傍らに等身大の全身ホログラムが出現する。瘦身で四十代後半と思われる人間の男性であり、イースキー軍の特殊部隊の戦闘服を身に着けている。男は直立不動の姿勢から、見事な敬礼を行って自己紹介した。


「元イースキー軍第8特殊陸戦群第1中隊隊長、キネイ=クーケンであります」


 キネイ=クーケン。四年前に皇都惑星キヨウ上洛の旅に出たノヴァルナ一行を、当時の主君ギルターツの命で襲撃し、殺害を目論んだ特殊部隊の指揮官である。

 最終的に敗れ、捕縛されたのだがノヴァルナに許されて、生き残った部下共々その後の消息は不明となっていた。イースキー家の公式報告では、“全滅したものと考えられる”とされている。


「この者は?」


「特殊部隊のクーケン…生きていたのか」


 クーケンを知らない者、知っている者が口々に呟く。彼等の出す様子を窺う空気が収まるのを待ち、ハーヴェンはおもむろに口を開いた。


「先々月…五月の終わり頃に、ザイード殿から誘いを受けた私は、彼等が裏で何かを企んでいる事を知り、すぐにこのクーケン少佐と連絡を取って、協力を要請しました」


「居場所を知っていたのか」


 とアンドア。それに答えたのはクーケン自身だった。


「四年前に任務に失敗して捕らえられた自分は、ノヴァルナ様にお許し頂いた後、二年間ほどカーズマルス=タ・キーガーと行動を共にしておりました。現在は名前は申せませんが、さる貴族の方のもとで働いております」


「元ロッガ家のタ・キーガーは、ノヴァルナ公の協力者となっていると聞くが…もしや、その貴族の方と言うのは…」


 マクシミリアムが探るように言う。カーズマルス、ノヴァルナと人脈を辿れば、出て来る名は“漫遊貴族”の異名を持つ、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナに間違いないだろう。ただマクシミリアムはその名を口に出すのを控え、またハーヴェンも「その先はご容赦を」と、柔らかく遮った。するとイナルヴァが「その辺りは承知した」と受け、クーケンに向き直って確認する。


「だがまず訊く。貴公はオルグターツ様の配下であったはずだ。どうして我等…いや、ハーヴェンに協力する気になった」


 この問いにクーケンの表情は、僅かながら険しさを増した。


「メジャーな理由はミノネリラのため。マイナーな理由は復讐のため…です」





▶#13につづく

 

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