#33
そして状況はさらに急転する―――
同じ頃、“一夜城”の外側では、艦砲射撃を続けるイースキー軍の艦列を、後方から発進したBSI部隊が航過しようとしていた。
三個艦隊の宇宙空母から発進した機数は、BSIユニット、ASGUL、攻撃艇合わせておよそ五百。エネルギーシールドと迎撃砲火の威力が、艦砲射撃でかなり低下した今の“一夜城”にとって、決定打となるはずだ。
“一夜城”との距離を詰めていく、イースキー軍BSI部隊の指揮官の一人が、母艦のCC(コマンドコントロール)へ報告を入れる。
「こちらモルグリーダー。これより攻撃を開始する」
自らが乗る親衛隊仕様BSI『ライカSS』の、照準装置の明度補正を手動で行いながら、指揮官は攻撃目標の“一夜城”をモニターの拡大映像で確認した。解析フィルターを通して見る“一夜城”は、所々でエネルギーシールドの出力が不安定になっており、そこを狙われて本体に戦艦主砲の直撃を喰らった箇所には、大穴が開いている。
まるでハリボテだな…と指揮官は思った。こんなものを、いつの間に造ったのかは知らないが、桁材を組み合わせただけのような構造は、不細工なだけであって、宇宙城―――要塞としての機能を全く有していない。それに防衛戦力も重巡が三隻以外は、建造資材を運んで来たと思われる武装貨物船ばかりで、BSI部隊も配備されていないとは、正気の沙汰ではない。
だが、すぐにケリをつけてやる…と、照準ディスプレイの明度を、自分の好みに再調整し終えた指揮官が、操縦桿を握り直した直後であった。BSI部隊の大編隊の右側、『ナグァルラワン暗黒星団域』の星間ガス上流方向で、大量の閃光が一度に瞬き、狼狽した味方機の通信が一遍に流れ込み始める。
「敵だ!! 敵だ!!」
「うぁあああああ!!!!」
「てッ!…敵のBSIの大群が!!」
「立て直せ! 立て直せ!!」
敵のBSI部隊!?…何が起きたと眉をひそめる指揮官に、母艦のCCから緊急連絡が入った。
「モルグリーダー、こちらコマンドコントロール。緊急警報! 方位038から、093にかけての星間ガス流内より、ウォーダ家BSI部隊が出現。機数はおよそ五百」
「五百!?」
思わず聞き返す指揮官。約五百と言えば、自分達三個艦隊と同じ規模だ。しかし母艦のCCはそれには応じず。さらに背筋が凍るような事を告げた。
「敵編隊の中にBSHO『レイメイFS』のシグナルを確認」
「『レイメイFS』!?…“鬼のサンザー”か!!!!」
“鬼のサンザー”こと、カーナル・サンザー=フォレスタが指揮を執る、ウォーダ軍第6艦隊は、三十隻以上の空母を集中運用する空母打撃群であり、搭載機の総数は五百四十四機…つまり通常編制の基幹艦隊三個分にも相当する。
その第6艦隊は、実はキノッサの“一夜城”が、『スノンマーダーの空隙』へ到着するよりかなり早く、先着していたのである。いや、正確に言うと“一夜城”の方が、作戦のタイムスケジュールより半日遅れで到着したのだ。
このためサンザーは独自の判断で、探知用のステルスプローブを複数基敷設した上で、麾下の艦隊を『スノンマーダーの空隙』の周囲を流れる、星間ガス流の上流側に潜ませた。これには空隙内部を定期哨戒する無人探査機に、察知されるのを避けるという目的もある。
そしてキノッサの“一夜城”が遅れて到着し、イースキー艦隊との戦闘が始まると、サンザーは敵艦隊がBSI部隊を発進させるのを待った。イースキー側の武将セレザレスが考えた通り、BSI部隊を大量に投入するする事は、戦場の趨勢を決定づけると同時に、戦場が荒れる事に繋がる。そうなる事で、BSI部隊による機動戦に特化した第6艦隊は逆に、勝機を呼び込める可能性が高まるのだ。
無論、イースキー艦隊の攻撃をまともに受ける“一夜城”には、相当数の損害とそれに比例した死傷者が出るだろう。だがそれを見越した上で、勝利を掴み取るのが…時には非情とならねばならないのが、軍司令官に求められるものであって、キノッサが身に着けて行くべきものだった。
ただ一方でサンザーの真骨頂は、自らがパイロットとして戦場へ出る事である。非情な判断の結果を部下や仲間に強いた分、サンザーの闘志は烈火の如く燃え上がるのだ。今も初手から専用機『レイメイFS』を駆り、敵に突っ込んで行く。不意を突かれて怯んだ敵にも容赦はない。
「全機突撃! 敵を擦り潰せ!!」
そう言うが早いか、狙いを定めて超電磁ライフルを一連射。三機のASGULを一気に仕留めると、残る敵ASGUL中隊は後続の僚機に任せ、おっかなびっくりで立ち向かって来た量産型『ライカ』を、自慢の大型十文字ポジトロンランスで瞬時に串刺し。速度を落とす事無く再びライフルを連射。二機の『ライカ』の機体を撃ち抜いた。ついて来る護衛は僅か五機。後方ではBSI部隊同士が、壮絶な機動戦を展開し始めている。
現場の指揮は、各隊長に執らせれば良い…サンザーはそして加速を掛け、イースキー艦隊の中心部へと向かって行った………
▶#34につづく
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