#22

 

 同じ頃、ウォーダ家の艦隊が再び、『スノン・マーダーの空隙』へ接近しているという情報を得て、イースキー家から迎撃部隊が発進していた。


 ウォーダ家を出撃した艦隊は、今回は本拠地惑星ラゴンからではなく、ヴァルキス=ウォーダのアイノンザン星系に対抗するため、新たな城が完成間近のカーマック星系からである。

 今回の出撃情報は、そのアイノンザン星系からのものであり、ウォーダ軍の構成がウォルフベルト=ウォーダの第5艦隊と、シウテ・サッド=リンの第7艦隊で、築城用の資材を積んだ輸送部隊を護衛する、という事まで伝わっていた。

 さらにこれに遅れる形で、ラゴンからもノヴァルナの第1艦隊とカーナル・サンザー=フォレスタの第6艦隊が、別々に動き出しているらしい。おそらくこちらは築城が成功した場合の、後詰めだと推測される。


 ただ、さしものヴァルキスの情報収集能力も、キノッサ達の動きまでは察知してはいない。主だった武将の動向も掴んでいるヴァルキスだが、ウォルフベルトとシウテの部隊が実は陽動で、事務補佐官が指揮を執る非合法集団が今回の築城作戦の主力だというのは、思考の埒外であった。


 イースキー家の迎撃部隊は、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマが指名した子飼いの武将、セルザレス=アンカ指揮の第9艦隊、ラムセアル=ラムベル指揮の第11艦隊、そしてバムル=エンシェン指揮の第13艦隊の三個艦隊だ。彼等は現在、『ナグァルラワン暗黒星団域』の星間ガスの急流の中、比較的流れの穏やかな箇所を航行して、『スノン・マーダーの空隙』へ向かっていた。航行に適した箇所が分かるのは、イースキー家にとっての“地の利”だ。


 周囲を星間ガス流に包まれて航行しているイースキー家迎撃部隊では、三個艦隊の司令官がオンラインで通話を交わしていた。


「ウォーダの艦隊に、先に『空隙』へ入れさせる…と言うのか?」


 第13艦隊司令のバムル=エンシェンの問いに、第9艦隊司令のセルザレス=アンカが「そうだ」と応じる。二人とも三十代後半のヒト種の男性だ。それに第11艦隊司令のラムセアル=ラムベルが、「その意図は?」と尋ねる。ラムセアルはオレンジ色の肌に、頭髪が黄色い鳥の羽毛のワンヴァル星人の女性だった。ヒト種に換算すればやはり、年齢が三十代後半となる。


「我々の待ち伏せは、ウォーダ軍も予想しているはずだからな。裏をかいて先に連中を空隙に入れさせ、我々が居ない事に戸惑った隙を突くのだ」


 セルザレスは自分の思い付きが、余程の名案だと思っているようだった。綻びそうになる口元を、意識的に引き締めているのが見て取れる。

 

 三人の武将は、イナヴァーザン城で迎撃の任を与えられた時、“ミノネリラ三連星”をはじめとするベテラン武将達から、経験の浅さを懸念されていた。またビーダとラクシャスにも、慎重を期すよう釘を刺されている。にもかかわらず、奇策を用いようというのだから懸念通りだと言える。事実セレザレスの出した案に、バムルもラムセアルも間を輝かせて頷いた。


「なるほど。『空隙』には警戒センサーが大量に設置されている。我々がガス流の中に隠れていても、敵の位置の把握は容易だ」


「うむ。それに待ち伏せされていないと判断した敵が、築城作業に入った瞬間を狙えば、戦果を大きくする事も見込めるな!」


 賛同の言葉を口にするバムルとラムセアル。ウモルヴェ星系で果てた四武将ほど無策では無いようだが、果たしてここで奇策を使う必要があったかは、また別の話である。そしてラムセアルはさらに何かを思いついたようだった。


「どうせなら三つの艦隊を分散して、三方向から襲撃するというのはどうだろう。退路を断つ事が出来れば、敵の二個艦隊に致命的打撃を与えられるかもしれん」


 それを聞いてセレザレスとバムルは、「おお…」と声を漏らした。ウォーダ軍の基幹艦隊二つに致命的打撃を与えたとなると、前回のデュバル・ハーヴェン=ティカナックが挙げた戦功を上回る事が出来る。


「これは、そうすべきであろう!」


 人一倍功名心が強いのか、バムル=エンシェンが力強く同意する。ビーダ/ラクシャス派閥の彼等にとって、派閥に属さないティカナックの大功は、煩わしい案件以外の何物でもなかった。ウモルヴェ星系で自分達の同期の二人が、ウォーダ軍の前に惨敗しているだけに、なんとしてもこれを挽回し、ビーダとラクシャスからの信頼を回復する必要性がある。


「よし。早速手筈を整えよう」とセレザレス。




 それから約三時間後、イースキー家第9、第11、第13艦隊は分離して、楕円形をした『スノン・マーダーの空隙』の下流側星間ガス流内に、間隔を開けて個々に展開していた。ウォーダ軍の築城部隊が、カーマック星系から来るという情報を基に算出した、想定到着地点を三方から取り囲むように、である。


 ところが一向に、ウォーダ軍の築城部隊は姿を現さない。さらに二時間が過ぎ、三人の武将が“ウォーダ軍はなにをやってるんだ!?”と訝り始める。すると『スノン・マーダーの空隙』内に広く配置している警戒センサー網が、奇妙な反応を示し出した。『空隙』内部の三武将のいる位置とは反対側に、普段は存在しない何かがある…という反応だ。

 

「セクター026に反応?…どういう事だ?」


 参謀からの報告に、セレザレスは眉をひそめて問い質した。『スノン・マーダーの空隙』の鶏卵のような全体図ホログラム。その周囲を流れる星間ガス流の上流の方側に、見慣れない輝点が存在している。表示も“アンノウン”だ。問われた参謀も、「分かりません…小惑星か何かが、紛れ込んだのかも知れませんが…」と応じるしかない。


 まさかウォーダ軍の築城部隊は、亜光速にまで達する星間ガスの急流を、遡上したのか?…と思うセレザレスだったが、すぐにその考えは自分で否定した。それならばもっと時間が掛かるはずだからだ。ほどなくしてバムルとラムセアルから通信が入る。


「聞いたか?」とバムル。


「なんだと思う?」とラムセアル。


「うちの参謀は、小惑星がどこかから流されて来たんじゃないか、と言ってるが」


 そこから続いた会話によると、やはりバムルもラムセアルも、ウォーダ軍の築城部隊ではないと考えているらしい。セレザレス同様、反応のあった位置に出現するためには、もっと時間が掛かるはずだというのが理由だ。それでも万が一、ウォーダ軍の築城部隊だった場合に備えて、セレザレスは麾下の第9艦隊から、駆逐艦三隻を偵察に向かわせる事にした。


「短距離だが、DFドライヴを使用して、即座に偵察を行え」


 セレザレスが発した命令は一応、理に適っている。『スノン・マーダーの空隙』は、恒星系が二つ入るほどの大きさがあるが、恒星や惑星などは存在せず、超空間転移による重力バランスの崩壊を、考慮する必要は無いからだ。ただ、一度DFドライヴを行ってしまうと、次の重力子チャージまで長い時間が掛かり、通常航行でしか退避できないというリスクも存在する。


 貧乏くじを引かされた形の三隻の駆逐艦は、艦長以下不満が見え隠れする兵士を乗せ、警戒センサーの示す反応位置からやや離れた所へ、統制DFドライヴを行った。通常空間に出るとすぐに三隻は間隔を開けながら、長距離センサーで反応地点を探り始める。


「センサーに感あり」


「やはり何かあるのか…」


 オペレーターの報告に駆逐艦の艦長は、より精度の高い集中スキャニングを命じる。さらに接近する三隻。ほどなく目標の解析情報が届きだした。


「金属製の立方体?…重力子フィールドが周囲に存在だと?」


 次々と戦術状況ホログラムに表示されていく解析情報を、艦橋の主要スタッフが見詰める。


「立方体のサイズは、一辺が約六百メートル…これは…」


「宇宙艦じゃないぞ。要塞か何かだ!」





▶#23につづく

 

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