#20

 

 キノッサ達の宇宙ステーションが、『ナグァルラワン暗黒星団域』への入り口としている位置に到着したのは、4月1日の早朝の事であった。

 上流の大星雲から流れる膨大な量の星間ガスが、点在するブラックホールの間を通過するうちに加速が続き、目的地である『スノン・マーダーの空隙』の周囲は、光速の35.6パーセントにまで達しているという、かなり特異な環境となっている。


 宇宙ステーションの前方ビュアーには、紫と赤、そして深い青色をした星間ガスが、急流を形成して横向きに流れていた。その幅は約13光年。所々で惑星一個を豆粒ほどのサイズとして飲み込むほどの、途方もなく巨大な渦も発生しており、その渦の中では猛烈な稲妻が、絶え間なく荒れ狂っている。


「………」


「………」


「………」


 まるで地獄が宇宙空間に顕在化したかのような光景に、キノッサもハートスティンガーも、そしてその仲間達も声を失っていた。映像データでは見た事はあるが、実際に自分の眼で見るとなると、身も竦むような壮絶な光景だ

 『ナグァルラワン暗黒星団域』自体は、内部を船が航行する場合もあり、かつてノヴァルナも戦闘を行って、妻のノア姫と出逢った場所でもある。ただしそれらは全て位置的に、この激流を避けていた。


 全員が茫然と星間ガスの激流を見詰めている中で、口を開いたのはバイシャー星人のカズージである。


「キノッサぞん、キノッサぞん」


「な…なんスか?」


「本当こつ、こん中ザ入るべやか?」


「あ、あ、あ、当たり前ッスよ!!」


 そう応じながらキノッサは、口ごもってしまう自分にがっかりした。こんな時こそ、指揮官らしく振舞わねばならないのに…と分かっているからだ。


 これがノヴァルナであれば「たりめーよ!」と威勢よく即答し、「こいつは楽しくなって来たじゃねーか!」と面白がりさえするだろう。

 自分はノヴァルナ様のようにはなれない…と理解していても、キノッサはもどかしさを感じた。すると案の定、ハートスティンガーの部下達が、不安げに顔を見合わせて身じろぎを始める。


 とその時、モニター画面を見詰めたまま、P1‐0号が意見を述べた。


「ここに来るまでの間に行った、外壁の補強作業により、理論数値上は『スノン・マーダーの空隙』へ到着するまでなら、激流に耐えられるはずです」


 そしてP1‐0号が選んだ最適解は、ここでさらに、皮肉的な冗談を加える事であった。


「ハートスティンガーの親分が、生産量を水増しするために、鋼材の合金比率を僕が指定した数値から、勝手に変更していなければ…ですが」


「なんだとぉ!?」


 我に返って怒鳴り声を上げるハートスティンガーに、周囲で笑いが起こる。

 

 P1‐0号の機転で場が和むと同時に、気持ちを引き締め直したキノッサは、真面目な口調で告げた。


「行くッス! 決意を持って出たからには、こんな事でビビッてられないッス!」


 その言葉に中央指令室にいる者達は、眼差しも鋭く頷いた。ハートスティンガーやその協力者にとっても、非合法組織の日陰者であった自分達が再び世に出る、またとない機会なのだ。


「よっし。じゃ、行くか!」


 ハートスティンガーは首を左右に傾け、ゴキゴキと首筋を鳴らしながら二歩、三歩と前ヘ進むと、オペレーターをしている部下達に力強く命じる。


「ステーション、各貨物船。重力子フィールド展開。前進開始!」


 すると巨大な立方体の宇宙ステーションと、それをワイヤーで曳航する三十隻以上の貨物船が、黄色もしくはオレンジ色をした、光の泡のようなものに包まれるのが、一瞬だけ見えた。ブラックホールの重力勾配から来る、星間ガスの激流から受ける影響を、可能な限り緩和するためだ。

 ほどなくして宇宙ステーションが動き始める。前方ビュアーには突入箇所に選定された、星間ガスの流れの比較的緩やかな場所が、まるでビーム砲かミサイルの照準を合わせるように、レティクルに補足されている。


「星間ガス流、突入までのカウントダウン。180秒前より開始」


「現在、対消滅反応炉稼働率、72パーセント」


「外壁補強材に異常なし」


「ティヌート=ダイナン様より入電。“ワレ先行ス”」


 元イル・ワークラン=ウォーダ家武将のダイナンが座乗する重巡航艦が、宇宙ステーションからやや距離を置いて先行し、星間ガスの急流の中へ進んで行った。突入の瞬間、艦は大きく斜めに傾いたが、すぐに立て直しをかけてバランスを取り戻す。そしてそのまま紫色の星間ガスの向こうへ、姿を消していく………


「…43……42……41…」


 その間にもカウントダウンを読み上げるP1‐0号。


「もう少し突入角度を浅くした方がいいッスか?」


 ダイナンの重巡が突入する光景を見て、キノッサは宇宙ステーションの突入角度を、修正すべきではないかとハートスティンガーに尋ねる。


「そうだな。プラス8度…ってところか」


 ハートスティンガーの意見を容れたキノッサは、曳航する貨物船群に命令を出して、星間ガスの流れへの突入角度をさらに浅くした。P1‐0号のカウントダウンが続く。


「…8……7、総員、突入時の衝撃に備え!…3……2……1……突入!」





▶#21につづく

 

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