#14
二隻の無人軽巡航艦を機械生物によって失ったのは、『クーギス党』にとって痛手であったが、宇宙空間に出ていた機械生物を全滅出来たのは、全体の流れからすれば幸いであった。そのおかげで、距離を取って待機していた密輸船団が、宇宙ステーションの牽引作業に取り掛かる事が可能となったからだ。
宇宙ステーションから約十キロの距離まで接近した各貨物船から、作業艇が直径二メートルを超える炭素系特殊素材のワイヤーを伸ばしながら発進し、ステーションの構造体フレームに固定を開始する。約十キロの距離とは遠いように思えるが、宇宙での移動速度を考えれば、一瞬で衝突事故が起きてしまう危険な距離だった。
また、ワイヤーで牽引とは些か古臭い感があるが、星間ガスの急流が渦を巻き、点在するブラックホールによって重力勾配が不安定な、『ナグァルラワン暗黒星団域』の中を運搬するには、貨物船が装備するトラクタービームでは、出力が弱すぎるからである。
そして作業開始から間もなく二時間というところで、機械生物に囚われた部下を奪い返すために、ドッキングベイへ向かったハートスティンガー達が戻って来た。
中央指令室のドアが開き、汗みずくとなったハートスティンガー達が、ドカドカと大股で入って来る。キノッサの直属のホーリオもいるが、数は十五人と減っていた。それに救出に成功したのであれば、捕えられていた人間達も一緒に居るはずなのが、それらしい人物は一人も見当たらない。
外の作業をカズージと見守っていたキノッサは、「どうだったスか!?」とハートスティンガー達駆け寄ったものの、すぐに人数が減っている事に気付いて不安げな顔になった。機械生物に傍受されて、こちらの動きを察知される可能性を考慮し、ハートスティンガー達との通信は封止していたため、救出部隊の進行状況を把握できずいたのだ。
ただ結果はキノッサが懸念していたものとは少し違っていた。
「五人やられた」
ハートスティンガーはまず厳しい声でそう切り出す。しかしそこからの口調は、幾分感情を抑えたものへ変わった。
「だが、捕まってた奴は、貨物船の連中も合わせて、取りあえずは全員取り戻したぜ。意識はねぇし、何人かはもう背中に、虫の野郎がへばりついてやがったけどな―――」
“虫が背中にへばりつく”という表現に、モルタナが口許を引き攣らせる。だが構いなしに話を続けるハートスティンガー。
ハートスティンガーがさらに語ったところによると、機械生物は先に捕獲していた先行貨物船の乗組員と合わせて、捕らえた人間達をドッキングベイの片隅に集めており、そこで一人ずつ背中に虫が張り付いて、脊髄に鋭い嘴を突き刺していたのだという。捕まった人間は全員すでに意識の無い状態だったが、相当な激痛を伴うのか、嘴を突き刺される瞬間だけ意識を取り戻して絶叫し、また気を失っていたらしい。
そこに突撃したハートスティンガー達は、五十体ほどいた機械生物と交戦。半数ほどを撃破された機械生物は、捕らえた人間達を置いて逃走した。またすでにその場で機械生物に寄生されていた人間は、一部のみが動き出そうとしたが、すべてに電磁パルス銃を浴びせて機能を停止させた。
そしてドッキングベイを制圧したハートスティンガー達は、そこに置かれていた貨物船の一隻に、捕らえられていた人間を運び込み、警護として救出部隊の半数を残して戻って来たのである。
「親分」
話を終えたハートスティンガーに、声を掛けたのはP1‐0号だった。ホログラムスクリーンに向かって、ウイルスプログラム作成の最終仕上げを行いながら、意見を述べる。
「彼等を収容した貨物船を、基地内にとどめておくのは危険です。ドッキングベイから宇宙空間へ離脱させて、ダイナン様の重巡主砲の射程圏内で、待機させるべきです」
「主砲の射程圏内だと?…どういう意味だ?」
怪訝そうに問い質すハートスティンガー。
「万が一、乗員に寄生した機械生物が再稼働し、他の乗員を襲い始めた場合、主砲射撃で貨物船ごと爆破するためです」
「なに!? 本気で言ってるのか!!??」
怒声になるハートスティンガーに、無機質な声で返答するP1‐0号。
「無論です」
「ふざけるな。おまえ、仲間の命をなんだと思ってやがる!」
太い眉を吊り上げて詰め寄るハートスティンガー。だがP1‐0号も譲らない。
「僕はアンドロイドです。感情論で行動したりはしません。より多くの人間…親分の言うところの、仲間の生命への安全を考慮した場合、危険性はなるべく少なくするのが、論理的判断です」
「むぬ!」
さらに声を張り上げようとするハートスティンガーだが、そこへキノッサが「まあまあ…」と割り込んで遮った。
「ここはPON1号の言う通りッス」
こちらに背を向けたままで、「誰がPON1号やねん」とツッコむP1‐0号を放っておき、キノッサは言葉を続ける。
「いま必要なのは、冷静な判断ス」
▶#15につづく
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