#12
自らが囮になるというP1‐0号の言葉に、キノッサは顔を引き攣らせて言う。
「なっ、何言ってるッスか、危険過ぎるッス!」
「危険だからこそ僕がやるんだ。僕はアンドロイドだからね」
「そういう問題じゃないッス!」
声量を上げ、強い口調で告げるキノッサ。
「指揮官は俺っちッス! 俺っちがやるッスよ!」
それを聞いてP1‐0号は少し間を置き、「お猿…」と呼び掛けた。ただその言葉にあるのは感じ入った響きではなく、呆れたような響きだ。
「あのなぁ、お猿。勇気は買うが、それは指揮官がする事じゃない。僕達がここへ来た目的はなんだ?…このステーションを使って、『スノン・マーダーの空隙』にウォーダ家の橋頭保を築く事だろう―――」
キノッサに対して理論立てた物言いではなく、年長者が諭すような言い方をするP1‐0号を、モルタナは物珍しそうに見守る。
「ノヴァルナ様がここで指揮を執っておられたなら、きっと最適任である僕に任せて下さって、ご自分は本来の目的に専念されるはずだ。お猿もノヴァルナ様のようになりたいのだろう? だったらお猿も、僕に任せるべきだよ」
だがこれを聞いたキノッサは、モルタナと二人揃って内心で“いやぁ、それはどうだろう…”と首を捻った。理屈としてはP1‐0号の言い分が正しいが、ことノヴァルナという若者に限っては、「そういう面白そうな事は俺にやらせろ!」とか急に言い出しかねない。
しかしP1‐0号の言っている中身自体は、間違ってはいない。それにキノッサ自身、高みを目指す野心はあっても、“自分はノヴァルナ様と同じにはなれない”という事が、身に染みて分かっていた。
「そこまで言うなら…任せるッス」
不承不承といった
「僕を気遣ってくれた事には、感謝しておくよ」
「………」
一瞬立ち止まって、その場を離れるキノッサ。その背中を一瞥し、モルタナは興味深げな視線をP1‐0号に投げかけながら声を掛ける。
「あんた、面白いじゃないか。ホントにただのアンドロイドなのかい?」
「はい。『タイプRI‐QアンドロイドP1‐0号』。それ以上でも、それ以下でもありません」
無機質さを前面に出して応じるP1‐0号に、意味深に軽く肩をすくめてその場を離れるモルタナ。
異変が起きたのはその直後の事である。場所はキノッサ達のいる旧サイドゥ家宇宙ステーションの外、宇宙空間。船外作業艇に同化した昆虫型機械生物を取り付かせる囮にしていた、二隻の無人軽巡航艦の一方が異常な動きを見せ始めたのだ。
異変は二隻を遠隔操作していた『クーギス党』の高速輸送艦、『ラブリー・ドーター』に即座に伝わる。
「異常信号を検知。『フラクロン』の方の制御が利かなくなったぞ!」
「なに?…予備回線は!?」
オペレーターの報告に、モルタナから留守を預かっている幹部が、予備回線の反応を確認する。ウォーダ家から供与された二隻は『フラクロン』と『バンザー』。制御不能となったのは『フラクロン』の方だ。
「駄目だ。予備回線も反応無し!」
オペレーターがそう告げた一瞬後、『フラクロン』は自分勝手に『バンザー』に向け、ゆっくりと左舷へ回頭し始める。
「どうなっている!? 映像は出ないのか!?」
「搭載カメラも全て制御不能!」
『フラクロン』の状況を、映像で確認しようとする『ラブリー・ドーター』のクルーだが、艦の内外のカメラもコントロール出来ない状況だった。そこに別のオペレーターが意見する。
「『バンザー』のカメラを使って、『フラクロン』の外部映像を映せば、何か分かるかも知れんぞ」
これを聞いた幹部の男は「それだ」と言って、『バンザー』の艦外カメラの複数を『フラクロン』へ向けさせた。外殻に十体以上の昆虫型機械生物が張り付いている、『フラクロン』の姿が映し出される。
「映せる範囲のを、一匹ずつ拡大してみろ」
原因の第一に考えられるのは、機械生物が『フラクロン』の制御を奪った事によるものだ。幹部の指示でカメムシに似た昆虫型機械生物が、一体ずつ拡大されていく。しかし、どれもいまだ『フラクロン』の表面装甲に、穴を開ける事に成功しているようには見えない。その艦にも『フラクロン』は左回頭をほぼ終えた。
するとそれまで『バンザー』からの映像では死角となっていた、『フラクロン』の右舷側前面も映像に捉えられ始める。そこで『ラブリー・ドーター』のオペレーターが声を上げた。
「あ、あれは!?」
新たに映し出された映像には、『フラクロン』の全面主砲塔右側に張り付く、機械生物がいた。そしてその鋭い嘴は主砲塔基部の、ほとんど装甲が施されていない旋回盤に突き刺さっている。そして次の瞬間、回頭を終えた『フラクロン』の主砲からビームがほとばしり、『バンザー』からの映像は途切れた………
▶#13につづく
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