#15

 

「ハートスティンガーの親分ともあろうものが、怖気づいたんスか?…俺っちが居た頃の親分は、命知らずが服着てるみたいな人だったじゃないッスか!」


 あえて挑発的な物言いをするキノッサ。それをハートスティンガーは「ふん」と一笑に付して反論した。


「そいつは今も変わっちゃいねぇさ。だがそれは俺自身と子分ども。そして俺達の噂を聞きつけて、ここに流れ着いて来た難民達のためであって、星大名同士のくだらねぇ縄張り争いに、首を突っ込むためじゃねぇ!」


 するとこれを聞いたキノッサは、否定されたにもかかわらず、内心で“しめた”とほくそ笑んだ。ハートスティンガーの言葉の中に、突破口を見出みいだしたのだ。笑い声を交えてからかうように言う。


「ノヴァルナ様の戦いを、単なる星大名同士の、くだらない縄張り争いッスと?…ケヘヘッ。そりゃまた、見当外れもいいとこッス!」


「なに?」


 黒く太い眉の間に皺を刻んで、ハートスティンガーは眼光を鋭くする。それにキノッサも真剣な眼差しを返して告げた。


「ノヴァルナ様が、ミノネリラ宙域の制覇を目指されるのは、縄張り争いみたいな小さい話じゃないッスよ」


「小さい話じゃないだと?」


「そうッス! ノヴァルナ様は憂国の大義のために、固い決意をもってたれたんス!」


「憂国の大義…?」


 戸惑いを見せるハートスティンガーに、キノッサはきっぱりと言い切る。


「星帥皇テルーザ陛下を奉じ、混沌としたこの戦国の世を終息させ、銀河皇国に秩序と安寧を取り戻すことッス!」


「!!!!」


 “星帥皇を奉じ”という言葉にギクリと肩を震わす、ハートスティンガーの反応をキノッサは見逃さない。それはハートスティンガーの一族にとって、特別な意味を持つものだからだ。すかさず畳みかけるキノッサ。口にする言葉も、普段の軽い口調を控えた武家言葉だ。


「そもハートスティンガー家は、代々星帥皇室の忠臣たらんとして来た一族。百年前の『オーニン・ノーラ戦役』にてヤーマナ家に味方したるも、一族の利益のためではなく、増長し、星帥皇室を傀儡同然に扱うホルソミカ家を、誅さんとしたものでありましょう」


「む………」


「敗残の身となり、このオ・ワーリへ落ち延びて来たのち、どの星大名家にも仕官する事無く、貧しくとも自立の道を続けているも、いまだ勤皇の志を失わずにいるがため。今の“星大名同士の縄張り争いに加わる気はない”との発言も、根底にこの志があるがゆえ」


「むむ……」


 キノッサの言葉に、ハートスティンガーの眉間の皺が深さを増す。

 

 ハートスティンガーの一族が、元は銀河皇国の武将であった事は、以前にも述べた通りである。

 そしてその行動原理が星帥皇室への忠義であったものであるため、自分達の利益のために争っているだけに見える、現在の星大名家とは関りを持つ気はない…というのがキノッサが指摘した通りの、マスクート・コロック=ハートスティンガーの本音の部分であった。彼等のもとで二年間暮らしていたキノッサであるから、知り得た話だ。そこを突いて、強い口調でさらに言い切る。


「ノヴァルナ公のご決意を打ち明けたる今、そのような勤皇の志を持つご貴殿らがこれに加わらぬは、むしろ星帥皇陛下に対する不忠というもの!」


「うぬ…キノッサ!」


 怒りの表情になるハートスティンガー。ただその怒りは、“不忠”という言葉に反応したものらしい。キノッサの思惑通りだ。それが証拠にハートスティンガーの厳つい顔は、すぐに怒りの表情から思案顔になった。すると彼等がいる所長室のドアが開き、グレーの作業着を着て頭を赤いバンダナで覆った、少々恰幅のいい女性が入って来る。


「キノッサが帰って来たんだって?」


 女性を振り返ったキノッサは、真面目だった表情を、いつもの人懐っこい笑顔に変えて、「これはおかみさん。お久しぶりッス!」とペコリと頭を下げた。女性の名はタウシャーナ。マスクート・コロック=ハートスティンガーの妻である。タウシャーナは嬉しそうにキノッサに声を掛ける。


「まぁ。久しぶりじゃないか。少しは背も伸びたかい?」


「いやぁ…それがまぁ、あんまり」


 そう言って顔を挙げたキノッサは、タウシャーナの脚の陰から、こちらを窺うように見る小さな子供の姿を認めた。キノッサの視線に気づいたタウシャーナは、子供の肩を支えて、自分の前に出るように促す。


「この子はマルセラ…マルセラ・ヒッカム=ハートスティンガー。あんたがここを出て行ったあと、三年前に生まれたマスクートとあたしの子だよ」


「お子さんが出来てたんスか。遅ればせながら、おめでとうございますです。知ってれば、何かお祝いを持参したんスけど…申し訳ないッス」


「ははッ…そつの無さは変わっちゃいないねぇ。どうせその調子で、上手くウォーダ家に潜り込んだんだろ?」


「いやぁ…」


 図星を指されて頭を掻くキノッサ。妻と子の登場で、場の空気が話の腰を折られた雰囲気になったが、それはかえって皆にとり好都合でもあった。ハートスティンガーは一つ咳払いをすると、キノッサに告げる。


「おまえの話は分かった。ひと晩じっくり考えて、明日返事する。今日は久しぶりの古巣でゆっくりするがいい」





▶#16につづく

 

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