#12
ここへは二度と帰らない決心で出て行ったんじゃないのか…と、キノッサをからかったハートスティンガーは、遠い眼をして溜息まじりに言葉を続けた。
「もう七年前か…おまえに、ラゴル行きのチケットを手配してやったのは」
「その節はどうもッス。おかげさまでノヴァルナ様に、お仕えできるようになりましたです」
「へっ…それで偶然ノヴァルナ様に出逢うとは、相変わらず悪運だけは強い野郎だぜ」
「いやぁ。へへへへへ…」
下げた頭を指先で掻くキノッサ。そんなやりとりを、興味津々な眼で眺めているカズージとホーリオに、アンドロイドが気を利かせて説明した。
それによるとキノッサがここに来たのは九年前の、まだ十二歳の頃。
イル・ワークラン=ウォーダ家の勢力圏内にある、植民惑星ナークムルで暮らしていたキノッサは、母の再婚相手の義父との折り合いが悪くなり、自分一人で立身出世を果たす志と共に家を飛び出したが、なにぶんまだ少年であり、ナークムルの各地を放浪し始めたものの、当然ながらまともな職にも就く事は出来ず、すぐに食べ物に困るようになった。
背に腹は代えられなくなったキノッサはある日、辿り着いた街の郊外に隠れるように着陸している貨物宇宙船を発見。中に忍び込んで食べ物を盗もうとした。その宇宙船というのが、密輸品を運んでいたハートスティンガー自身が指揮する貨物船だったのだ。
盗みに入ったところを見つかって捕らえられたキノッサは、するとなぜかハートスティンガーに気に入られ、そのまま根城のラヴランへ連れて来られた。そして二年の間、ハートスティンガー直属の雑用係として働いたのである。
だたそれでも立身出世の夢を諦められないキノッサは、十四歳になるとハートスティンガーに掛け合い、オ・ワーリ宙域を支配するウォーダ家へ潜り込むため、まずイル・ワークラン=ウォーダ家の本拠地惑星ラゴルへ向かう事への許しを得た。
これに対しハートスティンガーも手向けとして裏から手を回し、キノッサへ年齢を偽った偽造旅券と、惑星ラゴル行きの旅客宇宙船のチケットを、用意してやったのだった。
その後、惑星ラゴルのあるオ・ワーリ=カーミラ星系外縁部の、超空間ゲートで偶然、民間人を装ったノヴァルナ一行を見掛けると、彼等が中立宙域の観光惑星サフローへ向かおうとしている事を知って、急遽目的を変更。
そこから上手い具合に仲間に収まって、ノヴァルナの配下として召し抱えられる事に成功したのは、以前に記された通りの物語である。
「おい、
カズージとホーリオに、キノッサに関する“ここまでのあらすじ”を語っていたアンドロイドへ、ハートスティンガーが声を掛ける。キノッサが“PON1号”と呼んでいたアンドロイドは、本当は“
「かしこまりました…ただ、お猿の言う事など話半分で聞くぐらいが、丁度いいと思いますが」
そんな言葉を返して振り向くP1‐0号に、キノッサは顔をしかめて言い返す。
「余計なこと言わなくっていいんスよ、“PON1号”は!」
「だれが“PON1号”やねん!」
二、三歩引き返しながらツッコミを入れるP1‐0号。どうやら以前からの二人の、お決まりのやり取りらしい。
「―――で、話の続きだが」
ハートスティンガーはキノッサに向き直り、本題に戻った。
「おまえの言ってる事は分かった…報酬の額もたんまりある。だが協力はできん」
「なんでッスか?」
「『スノン・マーダーの空隙』なら俺も知ってるが、あんな場所に築城しようなんてのが、そもそも無理な話だからだ」
「無理な話なのは分かってるッス」
キノッサが言い返すと、P1‐0号が口を挟んだ。
「いいや、分かってないぞ。これだからお猿は」
「なにが?」
「敵はイースキー家の、宇宙艦隊だけじゃないからだ―――」
そう前置きしてP1‐0号がさらに言うには、『スノン・マーダーの空隙』を取り囲む星間ガスの流れは、亜光速の急流となっており、そこを渡って来る宇宙船は艦隊も輸送船団も、隊列がバラバラになるため、築城やその護衛態勢の構築に余計な時間がかかるという事と、対するイースキー家は必然的に、ウォーダ家より『ナグァルラワン暗黒星団域』の状況に詳しく、迎撃艦隊を送り込む事が可能だという事だ。
確かにこれまでの築城失敗も、ある程度ユニットパーツ化してはいたが、ほぼバラバラの築城用資材がバラバラに到着して、組み立てに手間取っている間に、イースキー艦隊の迎撃を受けたものだった。
しかし、その辺りはキノッサにも考えがあるようである。承知の上だと言わんばかりの表情で、P1‐0号に言い放つ。
「んな事は分かってるッス。人間様を舐めるんじゃないッスよ!」
「人間様じゃなくて、お猿だろ」
「猿じゃないッス。ポンコツ1号の“PON1号”!」
「だれが“PON1号”やねん!」
「いい加減にしろ、おまえら!!」
進まぬ話に痺れを切らした、ハートスティンガーの怒声が飛んだ。
▶#13につづく
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