#09
翌日の1562年3月10日夕刻。キノッサは恒星間シャトルで、惑星ラゴンを離れた。トゥ・キーツ=キノッサ、一世一代の大博打の始まりである。
シャトルが向かうのは、オ・ワーリ宙域内のアンスナルバという星系であった。まずここで、ある人物と会う手筈となっているのだ。一応隠密行動らしく、シャトルにはウォーダ家を示す『流星揚羽蝶』の家紋などはついておらず、船籍もガルワニーシャ重工のものとなっている。
キノッサは今回の作戦をサポートさせるため、ノヴァルナの承認のもと、自分で選んだ二人の若者を同道させていた。
一人はキッパル=ホーリオ。身長2メートル近い黒い肌のヒト種で、年齢は19歳。小さな眼が特徴的な男性。口数は少ないが手先は器用であり、話術以外の事は大抵無難にこなす事が出来る。
かつてのホーリオ家はイル・ワークラン=ウォーダ家に仕えていたが、ノヴァルナにイル・ワークラン家が滅ぼされたため、父母と共に浪人となっていた。そこを昨年、キッパルが再仕官を認められたのである。そしてその配属先がキノッサと同じ、ショウス=ナイドル配下の内務部であったため、キノッサとも面識があったのだ。
そしてもう一人がカズージ=ナック・ムル。淡いピンク色の肌を持ち、眼の大きなバイシャー星人だ。バイシャー星人はその頭部の形状から魚類を印象させるが、ヒト種と同じくれっきとした哺乳類である。年齢は18歳。民間人から登用されたASGULパイロットで、キノッサがパイロットをしていた頃、同じ中隊にいた同僚の男性だった。
こちらはキッパルと対照的かつキノッサと同様に饒舌であるが、話す銀河皇国公用語は、バイシャー星人独特の
恒星間シャトルのコクピットで、ラゴンの月の衛星軌道から離脱した事を告げ、キノッサは操縦をオートモードに切り替えた。
「ラゴンの月の衛星軌道を離れたッス。あとは星系外縁部まで一直線ス」
すると早速、大きな眼をギョロギョロさせながら、訛りのある公用語で話しかけて来るカズージ。
「キノッサぞん」
「なーんスか?」
「キノッサぞんのシャトルん操縦。
「シャトルでただ宇宙に出るのと、ASGULで戦うのとは全然違うッス。時には才能がない事はすっぱり諦め、自分に相応しい道を探すのもアリっスよ!」
「しかしそうかも知れねっど、よっくもまぁあんな計画、ノヴァルナ様にお認め頂けたもんぞな、キノッサぞん」
呆れたように言うカズージに、キノッサは「キヒヒ…」と笑い声を漏らして、人の悪い笑顔を向ける。
「そりゃもう、口八丁手八丁…いやいや誠心誠意、ノヴァルナ様に作戦概要をご説明申し上げた成果ッスよ」
怪しげな返答をするキノッサだったが、カズージは純朴な性格であるらしく、素直に感心してみせる。
「おお。流石っそ、キノッサぞん。ノヴァルナ様のご信頼厚きことこの上なしザ、ほんとの事だったんのぉ」
“フォルクェ=ザマの戦い”でキノッサが、己のパイロットとしての才能に見切りをつけ、艦隊指揮や軍団司令官に必要なスキルを獲得する道を選択したのは、これまでの行動を見ての通りである。
だがそれとて、武家階級の『ム・シャー』でもない民間人上がりのキノッサであるから、本来ならば士官学校に入り、艦隊勤務や司令部勤務を経て、何十年もかけて昇進し、功績を重ねて目指していく地位であった。
これを一足飛びに『ム・シャー』の地位を、得られるところまで行こうというのだから、出発点が無茶な話だ。ノヴァルナに直談判出来る立場を最大限に利用したと言っていい。
*****―――
「は?…資材や輸送船は、何も使わねぇだと!?」
キノッサが今回の案件を申し出た時、その切り出しの言葉にさしものノヴァルナも、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした。
「はい。と申しましても、使わないのはウォーダ家のもの…という事で、輸送船や資材はこちらで都合させて頂くのでございます」
「へえぇ…」
説得の掴みとしては悪くない…といった表情で、ノヴァルナはキノッサを見据える。確かに前回の築城作戦の失敗で、大量の築城用資材とそれを運ぶ輸送船を失っており、それらを使用しないというのは正直、願ったり叶ったりではあった。少なくとも続きを聞きたくはなる。
「なんか、アテがあんのか?」
尋ねるノヴァルナにキノッサは「今はまだ申せません」と応えた。
「ただ、それなりの資金だけは頂きたく…」
「『アクレイド傭兵団』の連中を雇うとか言うんなら、却下だからな」
「それだけは、誓ってございません!」
「じゃあ、どうしようってんだ?」
「わたくしの昔の知り合いが、アンスナルバという星系におり、じつはすでに連絡を取ってこざいまして、是非ともノヴァルナ様にご協力したいと…」
▶#10につづく
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