#07

 

 ドルグとフーマは元はドゥ・ザン=サイドゥの重臣で、ドゥ・ザンが嫡男のギルターツと戦って敗死した際にノヴァルナのもとへやって来て、そのまま家臣となった二人である。したがって現在のイースキー家にいる人材にもある程度は明るい。


「ティカナック家のハーヴェン?…誰それ?」


 初めて聞く名に、ノヴァルナは訝しげな表情になった。それもそのはずで、この時期までティカナック家は、宙域外の勢力に対して目立った行動はとっていなかったからだ。しかしデュバル・ハーヴェン=ティカナックの父、ジューゲン=ティカナックはかつてサイドゥ軍第9艦隊司令官を務めており、六年前にはドゥ・ザンが陣頭指揮を行った、オ・ワーリ宙域侵攻にも随伴して、ノヴァルナの父ヒディラスと砲火を交えた事もある。


「ティカナック家は、タルミーという名の星系を領有する、サイドゥ家時代からの重臣にございます」


 まず答えたのはコーティー=フーマだ。それにドルグが言葉を繋ぐ。


「父のジューゲンとは我等二人、良き友人でした」


「でした?」とノヴァルナ。


「五年前でしたでしょうか…ドゥ・ザン様がギルターツ様と戦われる直前に、急死しまして、くだんの嫡子デュバルが家督を継いだはず。しかしその後の動向は、我等がノヴァルナ様のもとへ参ったため、不明にございます」


「舅殿の側だったのか…大丈夫なのか?」


 ドゥ・ザンとギルターツの争いでは、ドゥ・ザン敗死のその後、ドゥ・ザンに味方していたアルケティ家などは、領地のカーニア星系をイースキー軍に攻め込まれて滅んでしまっていた。それで考えるならば、ティカナック家も同様の道を辿っていてもおかしくなない。


 それをノヴァルナが尋ねると、ドルグはゆっくりと首を振って否定した。立ち回りさえ間違えなければ、ギルターツ様はティカナック家を、滅ぼしたりはしていないだろうという。不思議に思ったノヴァルナが問う。


「そりゃまた、どういう事だ?」


「ハーヴェンの戦術、戦略に関しての才能は古今東西の歴史を記憶し、過不足なく現状に活かす才。それは幼少期からのものであり、サイドゥ家でも広く知られていましたからにございます。ギルターツ様も、これは生かしておきたいはずかと…」


「へぇ…」


 ドルグの言葉は可能性の話ではあるが、敵対していたギルターツが、滅ぼさずに味方にしておきたいと考えるならば、デュバル・ハーヴェン=ティカナックとは、それだけの人材であるのだろう。さらにフーマも付け加える。


「“ミノネリラ三連星”の一人、アンドアは兼ねてから、ハーヴェンのもとへ娘を嫁がせたがっておりました。もしこれが実現しておりましたならば、ハーヴェンは今もそれなりの地位が保証されておるはずです」

 

 実際にフーマの言葉通り、ハーヴェンはアンドアの娘婿となっており、将来的にその戦略眼を活用したいと考えていた当時のギルターツも、アンドア家に従属する形として、ティカナック家の存続を認めていた。


 そのハーヴェンは、イースキー家の本拠地惑星バサラナルムに、“ミノネリラ三連星”と共に帰還し、彼等三人やその家臣達とささやかな祝勝会の場にいた。

 二十歳になったばかりのハーヴェンは、色白で銀髪の細身な青年である。幼少時から戦略と戦術に通じ、時の当主ドゥ・ザン=サイドゥをして、「あれは将来的にバケモノとなるに違いあるまいて」と言わさしめた。だが同時にドゥ・ザンはこうも付け加えたという。



「遺伝子治療が順調ならば…な」



 デュバル・ハーヴェン=ティカナックは先天的に遺伝子に異常があり、今の銀河皇国ほど医療技術が発達していないひと昔前ならば、青年期を迎える事無く生涯を終えていたはずであった。現在はその治療もひとまずは成功しているが、体力的には常人同様までには至っていない。それが今までハーヴェンを、表舞台へ立たせる妨げとなっていたのである。




「やはり今回の第一の功は、ハーヴェンであろうな」


 宴席でハーヴェンに向け、エールを満たしたグラスを軽く掲げたのは、“ミノネリラ三連星”の一人、リーンテーツ=イナルヴァだった。いつも怒ったような顔をしているリーンテーツだが、眼の光と口許の綻びが、笑っている表情である事を示している。同席している家臣のほとんどが頷き、リーンテーツの言葉を肯定する。


 穏やかな笑顔をして会釈するハーヴェンの隣に座る舅、モリナール=アンドアも丸顔に笑顔を浮かべ、我が事を自慢するように応じた。


「そうともよ。我が婿の進言に従って、正解だったであろう?」


 宇宙城建設を目的に『スノン・マーダーの空隙』へ進入しようとした、ウォーダ家に大打撃を与えて撃退した今回の勝利は、ハーヴェンの進言を容れたアンドアが残る“ミノネリラ三連星”の二人に、ともに出撃する事を要請したものだった。

 するともう一人の“ミノネリラ三連星”、ナモド・ボクゼ=ウージェルが感心する事しきりな様子で言う。


「なんといっても、着眼点が我等とは違うな。建設資材の発注数から、ウォーダ家がカーマック星系への新基地建設と、『スノン・マーダーの空隙』への築城を、同時に行おうとしている事を見抜くなど、我等では気付かぬ事だ」

 

 ウージェルが口にしたように、ハーヴェンがノヴァルナの同時建設計画を見抜いたのは、ヴァルキスのアイノンザン=ウォーダ家を通じて入手した、幾つかの情報からであった。


 その中にはウォーダ家が惑星ラゴンの民間企業に対して発注した、基地建設用と思われる資材の情報も含まれていたのだが、ハーヴェンが着目したのは、その発注量の多さだ。カーマック星系はそれなりに発展した植民星系であり、大規模基地を建設するにしても、かなりの資材を現地調達出来るはずであった。植民星系経営の観点からしても、その方がカーマック星系に経済効果をもたらせられる。

 そうでありながら、ウォーダ家がラゴンの企業に発注した量は、基地が二つ建設できてもおかしくない量だったのだ。


 それに加えて、ウォーダ家が船団を編制しようとしていた、輸送船の数も奇妙であった。カーマック星系基地建設用輸送船団として編制された、輸送船の数と予想積載資材総量に、大きな隔たりがあるという事だった。

 ハーヴェンはこれらから、秘密裏に別の輸送船団が編制されており、その目的はこれまでの事例から、おそらく『スノン・マーダーの空隙』に、宇宙城を建設するものだと判断したのである。


 そしてこのハーヴェンの判断を是として、艦隊の出動を決定したアンドアも英断だったと言ってよい。ハーヴェンが自分の判断材料として持ち出して来たのは、状況証拠ばかりで、決定的な物的証拠は無かったからだ。それをアンドアは、リーンテーツとウージェルにも出撃を要請し、大戦力をもって迎撃に向かったのだった。


「どんな奇策の中にも、動かせない理屈はあるものです。その理屈を見据えておけば、看破も可能でしょう」


 ハーヴェンが落ち着いた口調で告げると、リーンテーツは「ワッハハハ!」と大きく笑って楽しげに言い放った。


「いや。これは頼もしい軍師どのが、現れたものよ」




 対するノヴァルナも、手をこまねいているつもりは全くない。認めるべき敗北は認めて、すぐに次の手を打つべきだと考えた。ただしドルグとフーマから聞いた、デュバル・ハーヴェン=ティカナックという人物の関与が事実で、また諜報活動に長けたアイノンザン=ウォーダ家が敵に回っている以上、大胆かつ慎重な策が必要だろう。敗北した直後のこのタイミングこそ、上手く利用したいところだが………


 どうしたものか―――と、その日の朝も執務室の天井を見上げて、腕組みをするノヴァルナ。するとドアがノックされ、「失礼致します」とトゥ・キーツ=キノッサが入って来る。何かの報告か、誰かの来訪か…と向き直るノヴァルナに、キノッサはいつにない真顔で告げて来た。


「お話したい事が、ございまして―――」

 

「なんだ? えらく改まってんじゃねーか」


 真面目な中にも、どこか緩い雰囲気を出しているのが普段のキノッサだが、この時はそれも無く、真剣そのものの顔をしている。


「実はこのわたくし、ノヴァルナ様にたってのお願いがございまして」


「おう。言ってみ」


 ノヴァルナがそう応じると、キノッサは執務机を隔てて、ノヴァルナの前で片膝をついた。そして硬い口調で訴える。


「次なる『スノン・マーダーの空隙』への築城。このわたくしめに仰せつけ下さいますよう、何卒お願い申し上げます!」


「………」


 キノッサの言葉を聞いたノヴァルナだが、反応はなく、真正面から見据えるばかり。ノヴァルナの無反応にキノッサは顔を上げ、自分からもノヴァルナの眼を見据えた。


「………」


「………」


 この時のキノッサは二十歳。ノヴァルナの事務補佐官の地位はそのままだが、同時に昨年から、内務担当家老ショウス=ナイドルの、筆頭書記官の地位も与えられていた。民間登用で二十歳の若さながら、筆頭書記官とは異例の出世ではある。

 十四歳でノヴァルナに仕え始めて以来、与えられた仕事を手際良くこなし、軽口は叩きながらも骨身は惜しまなかった。ASGULパイロットとしての腕は中の中だが、最前線に立つ勇気もあり、私兵集団『ヴァンドルデン・フォース』との戦いでは、無人駆逐艦部隊を遠隔操作で操って勝利の一翼を担った。


 だが今回は、そういったこれまでの職務とは一線を画すものだ。


「築城をさせろってコトは、自分に部隊の指揮をさせろ…ってコトだよな?」


 少し凄んで尋ねるノヴァルナに、キノッサはたじろぐ事無くきっぱりと応じる。


「はっ!」


「前線で兵の一人も指揮した事がねぇヤツに、一軍の指揮をやらせろってか?」


「はっ!」


 ここでも間髪入れずに肯定するキノッサ。


「ふぅん…」


 このキノッサの態度に、ノヴァルナは椅子の肘掛けに右腕を乗せ、背もたれに上体を預けると、品定めをする眼でキノッサを見た。掴みどころのない部分があり、お調子者のキノッサだが、こういった事で悪ふざけをするような人間ではない。それでも部下が時と場所と立場も弁えず、こんなことを言って来た場合、常識人なら聞く耳も持たず、一笑に付すか一喝して終了が普通である。


 しかしそれを聞くのがノヴァルナとなると、また話は違って来る。常識的行動を取るべきところで、取りたくなくなるのがノヴァルナだった。


「どうするつもりか…言ってみろ」

 





▶#08につづく

 

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