#09
ヴァルキスが指摘した通り、ノヴァルナ艦隊撃破に向かうイースキー艦隊の司令官の間では、まだ戦端も開いていないというのに安穏とした空気が漂っていた。
特にビーダとラクシャスから直々に指名された、第10艦隊司令のモラレス・カイ=ナーガイと第12艦隊司令コーザルネ=フィビオは、ヴァルキスの副官アリュスタが告げた、ノヴァルナがギィゲルトを討ち取れたのは、油断と幸運によるものだという、イースキー家の誤った評価を鵜吞みにしているようだ。
「ハハハハハ…そうか、そんな事が」
「ああ。その時の奴の間抜けヅラがまた、可笑しくてなぁ」
ナーガイは自分の旗艦の艦橋で、通信ホログラムスクリーンの中のフィビオが口にする与太話に、笑い声を交えて応じている。
イースキー家の迎撃部隊の位置は、間もなく第九惑星の近くを通過するところであった。現在位置から、情報にあった第八惑星にいるノヴァルナ艦隊までは、およそ10億キロ。到達時間は4時間あまり。だがこの時間は、ノヴァルナ艦隊が動いていない場合だ。したがって本来ならノヴァルナ艦隊の接近に備え、旗艦艦橋でこのような与太話に笑っているべきではない。
第10艦隊も第12艦隊も、オルグターツの代になって大幅に再編制された艦隊で、司令官同様に実戦経験に乏しい。また同行している第8艦隊のアーダッツは、パイロットとしては優秀だが艦隊指揮レベルは並。第9艦隊のキャンベルは司令官経験はあったが恒星間防衛艦隊からの“昇格”で、より能動的な指揮が必要な恒星間打撃艦隊の指揮能力は未知数だった。
さらに与太話を続けて、互いに笑い声を交わしていると、部隊先頭を進んでいるフィビオは、艦隊の前方画像が、紫色をした帯状の雲のようなものを映し出しているのに眼を留める。それは画面の右端へ行くほど量を増していた。不思議に思ってナーガイとの会話を中断し、傍らの参謀に尋ねる。
「おい。あれは星間ガスか?…なぜあんなものがある?」
すると参謀は淀みなく返答した。
「このウモルヴェ星系は、『ナグァルラワン暗黒星団域』の端に位置しています。そのため星団域を構成する星間ガスが、第八惑星の公転軌道近くまで、流れ込んで来る場合があるのです」
それを聞いてフィビオは「む…そ、そうだったな」と、些かバツの悪そうな顔をした。艦隊司令官ならば、事前に与えられていた気象情報のはずであり、つまりはフィビオが失念していただけの話なのである。
自分の失念であるのに、不貞腐れたような態度で司令官席に座り直すフィビオ。そこへ通信ホログラムスクリーンを開いたままのナーガイが、問い掛けて来た。
「星系内に流れ込んで来ている星間ガスの量が、事前の想定より多いな。どうするフィビオ…艦隊を迂回させるか?」
ナーガイの方は口調からすると、星間ガスの情報は失念していないようだ。そしてその言葉通り、ウモルヴェ星系第九惑星は星間ガスの中に、南半球が沈み込んだように見えている。事前設定した航路を進めば、星間ガスの中を潜り抜ける事になるだろう。万が一敵が潜んでいた場合、危険であった。しかしフィビオが告げたのは、そのまま前進だ。
「いや。迂回していると時間が掛かる。コースはそのままでいいだろう」
イースキー側の作戦は、ヴァルキス=ウォーダからもたらされた情報を基に、ウモルヴェ星系第四惑星カーティムルの救援に訪れている、ウォーダ艦隊への襲撃行動と見せ掛け、第八惑星で待ち伏せているはずであろう、ノヴァルナ直卒の艦隊をまず撃破。その後、カーティムルのウォーダ艦隊も打ち破り、艦隊を指揮しているノア姫を捕える、というものだった。
それらを考えれば、要求されるのは速攻である。特にノア姫の逮捕は主君オルグターツ直々の命令であって、ナーガイとフィビオからすれば、ノヴァルナの撃破より優先すべき事項だ。フィビオが迂回コースを避けたいのは、そういう理由が介在していたのである。
そしてそれはナーガイも同様であり、フィビオの現状航路維持の選択を、「それもそうだな」と簡単に認めてしまった。
すると程なくしてイースキー艦隊は当初の予定通りに、『ナグァルラワン暗黒星団域』から流入する星間ガスの中へ進入し、第九惑星の近くに差し掛かる。この時のイースキー艦隊は、第9艦隊司令のキャンベルの進言を容れ、星間ガスの雲海の中へ、哨戒駆逐艦を複数隻先行させていた。一応ナーガイとフィビオが、年長者のキャンベルの顔を立てた形だ。
紫色をした『ナグァルラワン暗黒星団域』からの星間ガスの中、フィビオは座乗する旗艦の司令官席から、オペレーターに問い掛ける。
「哨戒駆逐艦から、敵艦の発見情報みたいなものはあるか?」
問われたオペレーターが「現在のところ、連絡はありません」と応じると、まだ通信回線を繋ぎっぱなしにしている、第10艦隊司令のナーガイが皮肉めいた口調で、言葉を発した。
「言ったろう。取り越し苦労だと」
ナーガイの言葉にフィビオは「まぁ、そう言うな―――」と応じると、さらに続けた。
「キャンベル殿は、ザイード様とイルマ様が付けて下さった方だからな。無下に扱うわけにもいかないさ。心象を良くしておいても損はないだろ」
つまりはそういう事である。キャンベルの意見具申を採用して、星間ガス内に複数の哨戒駆逐艦を先行させたのは戦術的なものではなく、キャンベルを通し、ビーダとラクシャスにアピールしたいがためだ。
だがここで哨戒駆逐艦部隊の指揮まで任されたキャンベルの、恒星間打撃艦隊指揮能力の未熟さが露呈する。これまで、防衛艦隊司令としてのキャリアだけを積んでいたキャンベルは、マニュアルに従った「敵艦の接近を警戒せよ」という索敵命令を出し、参謀に駆逐艦の配置を一任しただけだった。
▶#10につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます