#06

 

 ノア・ケイティ=サイドゥは、その成り上がりの経緯から宙域統治に苦慮していた、サイドゥ家において唯一、才色兼備と誠実な立ち居振る舞いで、領民から支持されていた姫君であった。

 そのノア姫が惑星カーティムル救援部隊の指揮を執る、という決定事項をノヴァルナは、出陣前に大々的にメディア発表を行ったのである。


 悪く言えば、惑星カーティムルの危機を利用した宣伝であるが、相手国民衆への宣伝というのは、古来より必然とされている戦略である。そしてその宣伝に乗っ掛かる形でノヴァルナは、生前のドゥ・ザンから託されたミノネリラ宙域の、“国譲り状”を大々的に発表したのだ。


 ドゥ・ザンの“国譲り状”―――それはおよそ五年前、次期当主ギルターツが父ドゥ・ザンに対し謀叛を起こした際、敗死目前のドゥ・ザンが作成し、ノヴァルナのもとへ届けさせた、“自分の後継者として、ノヴァルナにミノネリラ宙域の統治権を与える”という内容の、手書きの書状だ。

 つまり今回の遠征は、ドゥ・ザン=サイドゥが認めた次期ミノネリラ宙域領主のノヴァルナが、ドゥ・ザンの娘ノアと共に、惑星カーティムルの救援に出動したという構図になっていたのである。これを聞き、カーティムルを含むウモルヴェ星系の領民達の間では、早くも期待感が高まっているらしい。


「…ま、期待してくれるのはありがてーけど、こちとらにゃ、難民の現実的な事情もあっからなぁ」


 そう言うノヴァルナの気持ちも本音であった。実はカーティムルからの難民を受け入れた事により、ウモルヴェ星系周辺の貧しい植民星系からの経済難民までが、紛れ込んで来るようになってしまっていたのだ。ビーダとラクシャスが、辺境植民星系への財政支援を打ち切った影響である。

 オ・ワーリ宙域にも開拓中の植民惑星は幾つもあり、人道的な意味でも受け入れはやぶさかではないノヴァルナだが、こういった難民は、銀河皇国の重要な社会基盤である、NNL(ニューロネットライン)とのリンクが切られてしまっていた。このため流入した人間の管理が、非常に困難となっており、どのような人間がどの植民惑星へ流れ着いたかも、不確かだったのだ。


 こういった人間が一度に何千人も流入してくると、正直なところ、オ・ワーリの行政を混乱させる事になる。それに難民を装ったイースキー家の工作部隊が、大量に侵入して来る恐れもあった。ノヴァルナが今回の進攻を急いだのは、ウモルヴェ星系周辺を安定させ、ミノネリラ宙域征服と皇都宙域ヤヴァルトへの進出を前に、この難民の問題を早いうちに解消しておきたいという意図である。

 

 ノヴァルナが宣伝を兼ねて、ウモルヴェ星系派遣軍の発表を大々的に行った事により、その情報は当然、早い段階でミノネリラ宙域星大名、オルグターツ=イースキーの耳に届いていた。


 時は遡り、ノヴァルナの派遣軍進発の二週間前。本拠地イナヴァーザン城の敷地内にある館に、その旨の報告に訪れたビーダとラクシャスの前に、奥の院から姿を現したオルグターツは、両脇に半裸の美女を抱えている。昼間だというのに執務室にも居ない太鼓腹の若き君主が吐く息には、アルコールの臭いが混じっていた。そして半裸の美女は薬を与えられているのか、とろんとした虚ろな眼だ。


「…そういうわけでして、大うつけちゃん…いえ、ノヴァルナ殿の軍勢は、もうすぐこちらに向けて、出陣するようですわ」


「いかが対処致しますか?」


 きらびやかなドレスを着た女装の男性ビーダと、緑のスーツ姿でスキンヘッドの女性ラクシャスの二人の言葉に、オルグターツはしかし独特な口調で、自分の欲望を優先させて問い質す。


「そのォ、輸送艦隊の指揮をォ、ノアが執るって話ィ。間違いないんだろなァ?」


 ビーダはオルグターツの寵臣だけあって、主君の関心がそちらにしかないのをすぐに読み取り、煽るように眼を細めて「もちろんですわ」と応じる。するとオルグターツは、口許を大きく歪めて「ヒャハッ!」と、奇声じみた短い笑いを発した。


「こいつァいい。この時を待ってたぜェ!!―――」


 右腕に抱えていたほうの女性を床に放り出し、ビーダとラクシャスを指さして続けるオルグターツ。


「艦隊を出してノアをォ、捕まえて来ォい!!」


 オルグターツはノアに対する執着心を、いまだ捨てていなかった。愛などではなく、サイドゥ家の頃から美しく気高かったノアを屈服させ、玩弄してやりたいという、悍ましい欲望から来る執着心である。これまでにも二度、ノアの拉致を企んで失敗したオルグターツが、“三度目の正直”を狙ったというところであろうか。


「かしこまりましたわ」


 恭しくお辞儀をするビーダ。ただその隣に立つラクシャスは、少々不納得顔だった。肝心のノヴァルナ艦隊への指示が出ていないからだ。


「それで、ノヴァル―――」


 “ノヴァルナ殿の方はいかが致しますか?”…と続けようとするラクシャスだったが、頭を上げたビーダが派手な扇を素早く半開きにし、それを持つ腕を伸ばすとラクシャスの唇を隠して黙らせる。


「無粋な事は、言いっこ無しよん」


 要は無論、ノヴァルナは殺せという意味であった。





▶#07につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る