#14
ノヴァルナの脳裏に蘇ったのは、二年前の皇都惑星キヨウ上洛の際に出会った、伝説のパイロットと言われるヴォクスデン=トゥ・カラーバの言葉である。
自分で“トランサー”発動をコントロールできる、私兵集団『ヴァンドルデン・フォース』のエースだったベグン=ドフ。そして星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガとBSHOで戦い、苦戦した事からノヴァルナがヴォクスデンに、教えを得ようとしたパイロットとしての強さ。
しかしヴォクスデンがノヴァルナに告げた…いや、問うたのはノヴァルナの求める強さとは何かという事だった。
BSIパイロットとして天下無双の強さを持つ、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガ。だがその高すぎる技量が銀河を統べる星帥皇に、本当に必要なものであるのかは疑問であった。そして同じ道を求めようとしたノヴァルナに、ヴォクスデンは問い、諭したのである。星々の支配者たる星大名の、真の強さは奈辺にあるのかという事を。その答えを求められているのが、今この瞬間なのだ。
ギィゲルトの『シャドウ』は、もう『センクウ』では届かない距離にいる―――それならば、とノヴァルナは咄嗟に戦術状況ホログラムを再確認した。周囲では両軍の混戦が続いており、『センクウNX』と『シャドウ』の周りでも、
ノヴァルナは味方のBSI部隊に対し、主君専用機のみが搭載している強制通信回線を開いて、意を決した声で命じた。自分達の目的を履き違えてはならない。
「ウィザードゼロワンより全機。ギィゲルトのBSHOに届く機体は誰でもいい。俺の援護じゃなく、奴を仕留めろ! 俺が援護射撃する!!」
「!?」
およそノヴァルナらしくないように思える命令に、『ホロウシュ』やノヴァルナを知る『ム・シャー』は首を傾げそうになる。だがノヴァルナを知るからこそ、その疑念は一瞬で吹き飛んだ。これもまた我等が主君らしいと、瞬時に納得したからである。自分がギィゲルトの機体を捕捉可能だと判断した、ウォーダ軍のパイロット達が一斉にスロットルを全開にして、『サモンジSV‐S:シャドウ』のコース上へ向かっていく。
そのあとを追おうとするイマーガラ軍の『トリュウ』。だがそれらは次々と爆発を起こし始める。『センクウNX』からの超電磁ライフルによる狙撃だ。
ギィゲルトの『シャドウ』の進路上へ回り込めたのは、『ホロウシュ』のナガート=ヤーグマーとトーハ=サ・ワッツとシンハッド=モリン、そしてセゾ=イーテスの四機。そしてウォーダ軍第1艦隊の量産型『シデン・カイ』が六機と、第6艦隊の『シデン・カイ』二機に、ASGULの『ルーン・ゴート』が三機。さらに旧型ASGULの『アヴァロン』が四機だった。総兵力からすればほんのひと握りだが、これに賭けるしかない。
「いくぜ!!」とヤーグマー。
「絶対、逃がさねぇ!!」とワッツ。
二人の『シデンSC』を皮切りに、ウォーダ軍のBSIユニットが次々と『シャドウ』に襲い掛かる。高速で離脱を図る『シャドウ』に対し、交戦の機会は各機ワンチャンスしかない。その突撃隊を阻止しようと、追撃を仕掛けるイマーガラ軍の機体には、『センクウNX』から狙撃を受ける。追撃で単調な行動となっている敵機は、“トランサー”状態のノヴァルナには百発百中だ。
思いもよらぬ展開だが、主君の正確な援護射撃を受け、まず超電磁ライフルを放ちながらヤーグマーが接近戦を挑む。それに間髪入れず続くワッツ。銃撃はまるで当たらない。だがヤーグマーも承知の上だ。自分の銃撃が当たるぐらいならノヴァルナ様が、とっくに仕留めている。
「たあああああああ!!」
気迫の全てを込めて、ヤーグマーはポジトロンパイクを振り抜いた。だが『シャドウ』はその名の通り、影のようにヤーグマーの斬撃を躱してゆく。それに続いたワッツの斬撃も同様である。スルリと切っ先をすり抜け、到底追いつけない速度で距離を開いた。“クソッ!…あんだけ訓練したってのによぉ!!”と、ワッツは飛び去って行く『シャドウ』を睨み据え、奥歯を噛みしめる。
だが二機の襲撃行動が、僅かだが『シャドウ』の逃走を遅らせたのも事実だ。速度優先である攻撃艇形態のASGUL勢が、『シャドウ』の捕捉に成功し、ビーム砲での戦闘を仕掛ける。
民間人上がりの一般兵が乗るASGULだが、射撃は正確だった。これもノヴァルナがこの日に備え、演習や訓練を重ねに重ねたたまものだ。忌々しげに回避行動を取るギィゲルト。『シャドウ』には射撃兵器が無いため、反撃は出来ない。
“むぬ!…雑兵が!!”
交差して襲い掛かるASGULのビームを、悉く躱した『シャドウ』だが、その間に最大速度の直線飛行で航過したBSI部隊が、ついに『シャドウ』の前方へ回り込んだ。
「おおおおおおお!」
「でやぁああああ!」
「うわぁああああ!」
『シデン・カイ』に乗る『ム・シャー』達が一斉に雄叫びを上げる。バックパックから発する重力子の光のリングが、オレンジ色の輝きを大きくする。牽制の超電磁ライフル…決意に血走った眼…強く握りしめる操縦桿が示すのは、愛する者への想いか…はたまた栄達の野心か…それとも恐怖からの逃避か。だが示すベクトルはどうであれ、気迫は一線級の武将に引けは取らない。
上下左右、そして斜めから飛来する銃弾を、恐るべき機動で回避するギィゲルトの『シャドウ』。そこへ最初の『シデン・カイ』が攻撃を仕掛ける。ポジトロンパイクを突き出すように構えて突撃。しかしすれ違いざまに、『シャドウ』の両前腕部から伸びたクァンタムブレードに、“X”字型に切り裂かれて火球となった。
続いて二機の『シデン・カイ』が、『シャドウ』の前後から同時攻撃。さらにセゾ=イーテスがそれらに続く。そこへ三機の動きを阻止しようと接近する、イマーガラ軍の『トリュウ』が七機と、親衛隊仕様機の『トリュウCB』が二機。しかも敵の新手は続々と集まって来ようとしている。
後方でそれらを狙撃によって援護するのが、今のノヴァルナの役目だ。しかしいかんせん、数が多い。それに問題はライフルの残弾だった。ここまでの戦闘で、通常弾の残りは八発…弾倉1個分しかない。
「チィッ!…弾が足りねぇ!」
いま装填してある弾倉の、最後の一発で狙撃した『トリュウ』が、閃光とともに砕け散るのを見ながら、ノヴァルナは舌打ちをした。
するとそこへ駆けつけて来た味方の機体がある。『ヒテン』で超電磁ライフルの補給を済ませた、マーディンの『シデンSC』だ。マーディンは『センクウNX』と機体を並べ、自らのバックパックからライフルの予備弾倉をまとめて手に取り、ノヴァルナへ差し出した。
「ノヴァルナ様。こちらをお使い下さい」
「おう、マーディンか。すげー助かる!」
さらにマーディンは『シデンSC』に、超電磁ライフルを構えさせて続ける。
「私がここで狙撃を行います。殿下は距離をお詰め下さい」
自分が狙撃による援護を引き継ぐ間に、『センクウNX』をギィゲルトに接近させ、援護の制度をさらに上げようというマーディンの意図を理解し、ノヴァルナは機体を加速する。
「よっしゃ。任せるぜ!」
主君の言葉を受け、即座にギィゲルトの救援に向かおうとしている敵機に、照準を合わせたマーディンはトリガーを引く。ところが放たれた銃弾は、僅かだが敵機を外した。
「!?」
修正して再発射。しかしまた当たらない。『ヒテン』で再装備した予備の超電磁ライフルとの微調整が、上手くいっていなかったらしい。苦虫を嚙み潰しながら誤差を見越した照準を行おうとするマーディン。だが敵機はギィゲルトの元へ辿り着いてしまいそうだ。
“くそっ。ノヴァルナ様に大口を叩いておきながら!”
と次の瞬間、照準ディスプレイの中で、その敵機は爆発を起こした。そして聞こえて来るからかうような声。『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェスだった。
「どうした、マーディン。久しぶりの戦闘で腕が落ちたか?」
そしてマーディンの機体に並ぶカージェスの『シデンSC』。そこへさらにランとササーラの機体も加わる。マーディンは苦笑いしながら言葉を返す。
「調整がズレてただけだ…よし。修正完了」
「じゃ。やるか!」
ササーラの景気のいい声にランが無言で微笑むと、四人の親衛隊員は揃って超電磁ライフルを構え、ウォーダ家の勝利のためトリガーを引いた。
「えぇい! 目障りな!!」
次々と斬りかかって来るウォーダ家のBSIユニットに、ギィゲルトは業を煮やして、『シャドウ』の両腕前腕部に仕込まれたQブレードを振るう。二機の『シデン・カイ』がコクピットのある腹部を切り裂かれ、搭乗していたパイロットの血液のように、赤いプラズマを撒き散らして機能を停止する。
そこへ『シャドウ』の背後に回り込んだセゾ=イーテスの『シデンSC』が、至近距離でライフルを放ち、ポジトロンパイクで斬りかかった。
これに対して『シャドウ』は、瞬間移動したかのような素早さで銃撃も斬撃も回避し、セゾの内懐まで間合いを詰めて来る。
「くッ!!」
咄嗟に『シデンSC』の腰部左側に装備する、Qブレードを掴もうとするセゾ。しかし速度は『シャドウ』の方が圧倒的だ。煌めく『シャドウ』のブレード。だが次の刹那、『シャドウ』はセゾの機体に斬撃を浴びせる事無く、瞬時に機体を翻した。するとその『シャドウ』がいた位置を掠めていく銃弾。距離を詰めて来た『センクウNX』の援護射撃だ。
「ギィゲルト!!」
全周波数帯通信で叫ぶノヴァルナ。ギィゲルトはセゾの反撃のブレードを打ち払いながら、怒声を発する。
「ノヴァルナぁあッッ!!!!」
その直後、新たな『シデン・カイ』が横合いから突撃して来た。ノヴァルナの代わりとばかり、ギィゲルトは怒りに任せて相手の機体を刺し貫いた。深く突き刺したその刃先はバックパックまで達し、対消滅反応炉を緊急停止させる事無く、大爆発を発生させる。
「ぬうゥッ!!」
爆発に巻き込まれ視界を妨げられるギィゲルト。それが一瞬の隙を生んだ時だ。グシャリという衝撃が『シャドウ』のコクピットを襲ったかと思うと、全周囲モニターの画面を突き破ったポジトロンパイクの刃先が、ギィゲルトの突き出た腹まで抉ったのである。裂けたパイロットスーツの内部が流血に満ち始める。真っ直ぐに吶喊して来た『シデン・カイ』の一撃が、ついに『シャドウ』を捉えたのである。
「お、おのれぇツ!!!!」
即座にQブレードを一閃し、『シデン・カイ』の腹部に切りつけるギィゲルト。だが操縦桿を握る腕に力が入らず、浅い斬撃となったそれは、『シデン・カイ』のコクピットに達して、パイロットの左膝を切断したものの、命を奪うまでには至らない。そしてさらに突っ込んで来る『シデンSC』。パイロットはシンハッド=モリンだ。
「覚悟ぉおおおおお!!!!」
超電磁ライフルを撃つ、モリンの『シデンSC』。回避するギィゲルト。傷口が広がって出血が増える。モリンはポジトロンパイクを投擲した。Qブレードで打ち払ったものの、ギィゲルトは意識が朦朧とする。モリンは自らもQブレードを起動させると、腰だめに構えて機体ごと『シャドウ』へぶつかって行く。
機体を刺し貫かれたギィゲルトの最後の反撃は、モリンの『シデンSC』の右手首を切り落としただけであった。コクピットを貫いたブレードは、ギィゲルトの右肩から肺臓をも量子分解して、光へと化している。
「かっ!…はっ!!………」
たかが雑兵ごときに!…そう思い、自分を待つ戦艦に向けて操縦桿を引こうと、力を込めた左腕の指先に眼を遣ったその時、視覚と意識は闇に飲み込まれていき、スルガルム/トーミそしてミ・ガーワの三つの宙域を支配し、銀河皇国の名門貴族でもある大々名ギィゲルト・ジヴ=イマーガラの生涯は、志半ばで幕を閉じたのであった………
▶#15につづく
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