#09

 

 マーディンとキノッサが自分の中隊と合流して、一時的に母艦へ帰投を果たしていた頃も当然、イマーガラ軍本陣の中心付近では死闘が続いていた。


 攻めるウォーダ軍はノヴァルナと『ホロウシュ』。そして第1艦隊から発進し、イマーガラ軍の迎撃を突破して飛来した、量産型BSIの小部隊。守るイマーガラ軍はギィゲルトの親衛隊と、こちらも第1艦隊からの増援の量産型BSIだった。数はイマーガラ軍の方が多いが、ウォーダ軍は気力で優っているようにも見える。


「うおおおおおお!!!!」


 小惑星デーン・ガークの地表で、中央突破を図ったノヴァルナが、『センクウNX』の両手に握るポジトロンパイクを一閃させた。行く手を妨げようとしていた敵の量産型『トリュウ』が、袈裟懸けに両断される。真っ二つになった敵の機体を搔き分け、ギィゲルトの『サモンジSV』との間合いを詰めようとするが、先に『サモンジSV』が超電磁ライフルの銃口を、『センクウNX』の進路に向けていた。


「チィ!」


 瞬時にそれに気付き、舌打ちと共に操縦桿を引くノヴァルナ。反重力ホバリング状態の『センクウNX』が、機体を急角度に滑らせると、ギィゲルトの放った銃弾が左脇腹を、紙一重で掠めていく。

 間合いを詰め直そうとするノヴァルナだが、その時には『サモンジSV』も素早く距離を取っている。五つの小型対消滅反応炉を持ち、三人で操る三座式の『サモンジSV』は、戦闘中も操縦士は機体機動に専念していられるだけに、巨体ながら驚くほど軽快な動きを見せ、ノヴァルナの手を焼かせていた。遠距離からの銃撃では仕留められない、と判断しての近接格闘戦を狙ったノヴァルナの意図を見抜き、ギィゲルトが距離を置く戦術を取っていたのだ。


「よいぞ。そのまま奴を、近寄らせるでない」


 ギィゲルトは『サモンジSV』のコクピットで、前に座る二人の部下へ満足げに指示を出す。そして小さくとも視線の鋭い眼を細めて続けた。


「それに状況が好転する前に、ノヴァルナめを追い詰めて…例の“トランサー”とやらの解放されては厄介じゃからの」


 ギィゲルトがノヴァルナとの近接格闘戦を避けている、もう一つの理由がこれであった。ノヴァルナが窮地に立たされ、死を目前にした際に発動させる、BSHOとの超深々度サイバーリンク、“トランサー”。ギィゲルトはノヴァルナにそれを発動させるのを避けるため、距離を置き続けていたのだ。そしてこのノヴァルナの“トランサー”能力保有をギィゲルトに伝えたのは、イマーガラ側に寝返ったヴァルキス=ウォーダである。

 

 “トランサー”の概念は以前から知られてはいたが、それはヤヴァルト銀河皇国の全NNL(ニューロネットライン)システムを統括する、星帥皇と一部の上級貴族のみが有する特殊能力だと考えられていた。


 ところが近年になり、一般人の中にも程度の差こそあれ、生まれつきそういった能力を持つ者が存在する事が判明した。発見が遅れたのは“トランサー”を発動させるには基本的に、BSHOの操縦適性を得られるレベルのサイバーリンク深度が必要で、そういった人間はそう多くないからだった。

 ただこれはまだ銀河皇国中央を発祥として、その近郊宙域でようやく広がり始めた情報であって、ノヴァルナも、キヨウへ向かう途中に交戦した、私兵集団『ヴァンドルデン・フォース』のエースパイロットであったベグン=ドフから初めて、自分が“トランサー”である事を聞かされたのだ。


 オ・ワーリに戻ったノヴァルナの口から、自分がその“トランサー”であった事を聞かされたヴァルキスは、重要情報としてイマーガラ家に伝えた。ギィゲルトがこの戦いでノヴァルナの座乗艦に対し、超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』での超遠距離狙撃にこだわったのも、接近して来たノヴァルナが『センクウNX』で自ら出撃し、“トランサー”を発動させる事態になると、非常に厄介だと考えたからである。


 だがノヴァルナには自身が戦ったベグン=ドフや、星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガのような、自分の意志で“トランサー”を発動させる力はないらしいという、“弱点”までをもヴァルキスは伝えていた。そこでギィゲルトは万が一、『センクウNX』に乗ったノヴァルナに接近を許した場合の、対抗策も考えていたのである。この“近接戦闘でノヴァルナを迂闊に追い詰めない”、という今の戦術がそうだ。


 こう聞くと些か消極的に思えるが、ギィゲルトの意図は何も、ノヴァルナを逃がそうと言うのではない。充分な数のBSIユニットで一斉に押し包み、数の力で潰してしまおうと言うのである。

 幾ら凄腕のパイロットとは言え、何十何百というBSIを一度に相手取って勝利する事など、本物の神でも無い限り不可能だ。そしてイマーガラ家にはそれだけの数の、BSIを揃えるだけの力がある。

 事実、ノヴァルナの本陣奇襲に浮足立っていたイマーガラ家全軍も、次第に統制を取り戻しつつあった。ともかく戦力においてはウォーダ軍の倍以上を有しているのだ。今は必死に主君の周囲を斬り防いでいる『ホロウシュ』も、いずれは押し寄せる数の前に力尽きてしまうだろう。ギィゲルトにすれば、そうなるまでの時間稼ぎを行えばいいのだ。

 

「惑星キイラの初陣では五十機の我が軍BSIを、“トランサー”の発動で葬ったと聞くが、百機…二百機ではどうであろうな?」


 『サモンジSV』に超電磁ライフルの牽制射撃を行わせながら、ギィゲルトは僅かだが余裕の笑みを見せた。かつての師父…前宰相のセッサーラ=タンゲンが恐れたノヴァルナの、正体が見えた気がしたのだ。


 牽制射撃とは言え正確な照準に、回避を加えた『センクウNX』の追撃が、また幾分か遅延する。戦術状況ホログラムを見遣るギィゲルト。機体操作は敏腕の操縦士と機関士に任せておけば問題ない。

 戦術状況ホログラムは態勢を立て直し始めた自軍艦隊が、ウォーダ軍の本陣突入部隊三個艦隊を、外側から包み込もうとしている状況を表示している。包囲網が不格好なのは、実戦経験の少ない司令官の艦隊だが、今は致し方あるまい。

 その外側には残りのウォーダ艦隊がいるが、これまでの戦闘ですでに戦力を相当消耗しているらしく、包囲網を突き崩すほどの勢いは無さそうだ。


“どれほどの能力か知らんが、いくさは数を揃えたるが勝ち。一人二人の異能を頼んで、どうにかなるものでは無いが道理じゃ。のう、ノヴァルナ殿…”


 ギィゲルトは必死に食らいつこうとしている、ノヴァルナの『センクウNX』の姿を、全周囲モニターで眺めながら内心で語り掛ける。

 狙っていた専用艦の『クォルガルード』からではなく、どこからともなく突然、眼の前に出現した『センクウNX』には度肝を抜かれたが、凌いでみれば何の事は無い、厚みのない薄っぺらの攻勢だったのだ。


 ただギィゲルトはすぐに、自分自身でその考えを否定した。結局、最後にものを言ったのは、戦力拡充を左右する国力の差だったからである。

 オ・ワーリ宙域をようやく統一したばかりのウォーダ家に対して、スルガルムとトーミ、さらに実質的にミ・ガーワまでの三宙域を支配するイマーガラ家では、軍備を増強するための根幹である経済力が、段違いである事は言うまでもない。おそらくノヴァルナは、ノヴァルナなりに必死に軍備を整えたのであり、それを国力差を笠に来て薄っぺらいと嘲るのは、星大名家当主として相応しい事ではない…それがギィゲルトの、思い直した考えだった。


 そうこうするうちに、『サモンジSV』のコクピットの戦術状況ホログラムは、体勢を立て直したイマーガラ軍のBSI部隊が、大挙して援護に集まり始めた様子を表示し始めたのである。


“これで終わりじゃ”


 二重の意味で胸の内で呟いたギィゲルトは、『センクウNX』への牽制射撃で空になったライフルの弾倉を、新しいものへと交換させた。




▶#10につづく

 

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