#12

 


皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間13:25―――



 戦術状況ホログラムの表示では、敵味方の宇宙艦が密集している状態を示してはいても、実際の広大な宇宙空間では、艦と艦の距離が数十万キロもあれば、隣の艦が全長五百メートル以上の大型戦艦であっても、影も形も見えるものではない。


 しかしすでに戦闘が開始されている事は明らかだった。光学観測を容易にするため、任意の色に発光させられる曳光粒子を纏った砲撃のビームが、光の矢となって漆黒の宇宙空間をしきりに飛び交っているからだ。赤い曳光粒子はイマーガラ軍、黄緑の曳光粒子はウォーダ軍。見たところ、赤い曳光粒子の量が圧倒的に多い。


 そして突然出現する、恒星のような白い輝き…宇宙艦の爆発光だ。数百、場合によっては数千の命が燃え尽きる、死の光芒である。そんな輝きが、二つ三つ、四つ五つ…さらにそれ以上、瞬いては消えてゆく―――




 これらの現実をデジタル信号に内包し、戦場全体を映し出す戦術状況ホログラムのサイズは、総旗艦級戦艦のものより巨大であった。


 その巨大戦術状況ホログラムを浮かび上がらせるのは、アイノンザン星系の首都惑星アイノゼア。アイノンザン城の地下に設けられた中央作戦指令室の、ホログラム投影装置だ。


「やなこった…か」


 アイノンザン=ウォーダ家当主ヴァルキス=ウォーダは、イマーガラ家からの降伏勧告に対するウォーダ軍の返信を声に出して、巨大戦術状況ホログラムを見上げた。ヴァルキスはこの日のために、中央作戦指令室に用意させたソファーに、副官で愛人のアリュスタと共に座り、背後に筆頭家老のヘルタス=マスマをはじめとした側近達を並ばせて、ノヴァルナのウォーダ家宇宙艦隊と、イマーガラ家艦隊の戦いの状況を観戦している。


「その返信はおそらく、ノア姫様が発されたものと推測しますが」


 通信傍受やイマーガラ軍からの情報提供で、ノヴァルナの居場所がおそらく第五惑星トランの宇宙要塞、『ナガンジーマ』であろう事は彼等も知っており、キオ・スー城から返信されたこの電文は、ノヴァルナの妻のノア姫によるものに違いないと、アリュスタは正確に推察していた。


 アリュスタの意見にヴァルキスも同意だったらしく、頷いて言葉を返す。


「ああ、そうだろうね。良き奥方じゃないか」


 そしてヴァルキスは、アリュスタの手に自分の手を重ね、静かに告げた。


「私がノヴァルナ様と同じような状況へ陥った時は、きみにもそうしてもらいたいものだ…」

 

 イマーガラ側へ寝返り、高みの見物を決め込んでいるヴァルキスが、戦術状況ホログラムを悠然と眺めているその瞬間にも、ウォーダ家とイマーガラ家の戦闘は白熱の度合いを増していた。


 半球状に陣形を組んだウォーダ艦隊を、倍の戦力で半包囲するイマーガラ艦隊であったが、ウォーダ艦隊の頑強な抵抗に意外と手こずっている。接敵部にいる艦のほとんどが多数の敵から攻撃を受け、大損害を被っても後退しようとせず、その場に踏みとどまっているからだ。


 右舷側を半壊しながら、主砲を撃ち続ける重巡航艦。前方部分が崩壊したまま、対艦誘導弾を射出する駆逐艦…そして、ダメージに耐え切れずに、大爆発を起こす戦艦。機関部に大穴を穿たれ、制御の利かなくなって錐揉み状態になった航宙母艦からは、艦内に残っていたASGULと、乗員を乗せた大量の救命ポッドが、撒き散らされるように飛び出して行く。


「ウォーダの連中、粘りおるな…」


 イマーガラ軍第5艦隊を指揮する重臣、モルトス=オガヴェイは旗艦『ウォルガント』の艦橋で、戦術状況ホログラムを眺めながら賞賛の言葉を口にした。モルトスの座る司令官席の両側には、通信ホログラムスクリーンが開かれており、第8艦隊司令のブルート=セナ、第23艦隊司令のクァルル=メ・ザンマの上半身を映し出している。


「まるで死守命令でも出ているようですな」


 ブルート=セナのホログラムが、スクリーンの中で頷いて応じる。それに対し、クァルル=メ・ザンマが意見を述べた。メ・ザンマはタツノオトシゴに似た頭を持つシャルパル星人で、イマーガラ家のキヨウ上洛に備えた軍備拡張政策に伴い、新たに艦隊司令官へ登用された将である。


「宙雷戦隊を一斉に突撃させて、敵陣を一気に突き崩してしまえば、よいのではないですか?」


 メ・ザンマの提案を、ベテラン武将のモルトスはやんわりと否定する。


「それも良いが、些か早いかも知れんな。敵が動いていないところへ、多数の宙雷戦隊を突っ込ませても、こちらの艦砲射撃の妨げになる。少数ずつ突っ込ませる手もあるが、それも今の状況では、敵に各個撃破の機会を与えるだけであろう」


「なるほど…」


 提案を否定されたメ・ザンマは少しうなだれた。それをこちらもベテランの域に差し掛かりつつあるセナがフォローする。


けいの手は悪くはない。ただそれはこのような大規模会戦においては、勝負を決するべく戦闘の後半に使うべき手だ。それさえ見誤らなければ、良い手となるだろう」


 セナのフォローに、気を取り直した様子で「はっ!」と頭を下げるメ・ザンマ。今回の圧倒的有利な戦いでモルトスに懸念があるとすれば、軍備拡張を急いだために、このメ・ザンマのように経験の浅い者が第23艦隊など、数字の大きな艦隊の司令官になっている事であった。

 訓練と実戦が違うのはこれまで何度も言って来た事であり、もし不測の事態が起きた場合は、経験が一番ものを言うのだ。もっとも、そう懸念するモルトスも、あくまでも万が一という程度の懸念だった。それほどまでに両軍の戦力には、開きがあったからである………





▶#13につづく

 

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