#18
ヴァルマス=ウォーダは、「それで、何の用だ?」と尋ねるノヴァルナに、手にしていたデータパッドを差し出して告げる。
「兄ヴァルキスから、メッセージを預かって参りました」
「そか。再生しろ」
「今ここで?…で、ございますか?」
ヴァルマスは幾分面食らった表情で問い掛けた。見ればノヴァルナは体も拭いておらず、水を含んだままの頭髪からは水滴が滴っている。余計な世話かも知れないが、湯冷めしそうだ。しかしノヴァルナはぶっきらぼうに、「そらそうよ」としか言わない。仕方なくヴァルマスは、データパッドの画面を上向きにして左手で支えると、ホログラム動画を再生させる。すぐにヴァルキス=ウォーダの上半身のホログラムが、画面上に現れた。
左眼が亜麻色の前髪に隠れる細身のヴァルキスは、恭しく一礼して口を開く。
「夜分に失礼致します、ノヴァルナ殿下」
次いでヴァルキスのホログラムは穏やかな表情で、ノヴァルナのもとを離反すること。ノヴァルナとイマーガラ家との戦いには中立を保ち、イマーガラ側として参戦はしないこと。さらにこれまでの暗躍…ノヴァルナに反抗心を抱いたカーネギー=シヴァ姫を唆し、叛乱を企てさせたこと。ミノネリラ宙域に放った諜報部員に命じて、ギルターツ=イースキーを暗殺したこと。そして銀河皇国貴族院情報調査局のベリン・サールス=バハーザを利用し、カルツェ・ジュ=ウォーダをノヴァルナの暗殺に仕向けて葬り去ったこと。その全てがあらゆる後顧の憂いを断って、全力でイマーガラ家に立ち向かってほしいと思う、ヴァルキス自身の“手柄”であり、“忠義の証”であった事を告げたのである。
「…最後に、私も当初ノヴァルナ様というお方を知らず、嫌っておりました。しかしあなたを知るほどにつれ、その生き方に魅了されてしまった。あとのオ・ワーリは私が上手く治めて参りますゆえ、見事、玉と砕けて下さい。ご武運を」
言いたいだけ言って、メッセージホログラムは消える。ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべたまま、無言でそれを観終えた。これだけの事をされても不思議と、ヴァルキスに対する憎しみのようなものを感じないのだ。
「まったく…ひねくれ者の兄で、困ったものです」
ヴァルマスは落ち着き払った態度で、データパッドの電源を切ると、軍装の小脇に挟んだ。ああ、そうか…とノヴァルナは思う。ヴァルキスに意外と憎しみを感じないのは、思考のベクトルこそ違え、“ひねくれ者”同士で波長が合っていたのだろう。
「話は分かった。ご苦労!」
そう言って奥へ引き上げようとするノヴァルナに、ヴァルマスはまだ話は終わっていないとばかりに、声を掛けた。
「…というわけでして、私はどのようにすれば良いでしょう?」
淡々と尋ねるヴァルマス。アイノンザン=ウォーダ家からの人質としてやって来ている自分には、兄のヴァルキスがノヴァルナを裏切った場合、見せしめとして処刑される覚悟があった。ところがノヴァルナはヴァルマスに、“は?…何を言ってるんだ、おまえは”といった風な顔を向ける。
「いや。用が済んだら帰って寝るだろ、ふつー」
「私はヴァルキス=ウォーダの弟ですが」
「んな事は、言われなくても分かってらぁ」
面倒臭そうに応じるノヴァルナ。
「それで、何のお咎めも無しですか?」
「いぢめて欲しいのか? 俺に」
「いいえ。そんな趣味はございませんが…」
すっとぼけてばかりのノヴァルナに、ヴァルマスは苦笑するしかない。ただその一方で、自分は許されているという事が明白に分かる。
「俺だって、そんな趣味はねーよ。だったら帰って寝ろ!」
兄ヴァルキスの言った通りだった…とヴァルマスは思う。すっとぼけるノヴァルナの言葉の裏に、自分への信頼が込められているのを感じ取り、思わず深く頭を下げて「御意のままに」と、絞り出すような声で告げる。
そんなヴァルマスに、奥へ引き払いかけたノヴァルナは、背中を向けたまま立ち止まり、真面目な口調で言った。
「おまえには、宙雷戦隊の一つを任せてたっけな。明日は忙しくなる…頼むぞ」
その言葉にヴァルマスは、“ああ…自分は兄ではなく、この方のために死のう”と思った。命を懸けて忠義を尽くすだけの主君に巡り合う事は、武人にとって本懐この上ない誉れである。複雑怪奇な思考を持つ兄ヴァルキスとは真逆で、単純思考のヴァルマスだが、そうであるからこそ得られる生き甲斐もあるのだ。
「はっ…この上は、兄の不忠の分まで励みまする」
「おう、気に入ったぜ! じゃ、宜しくな!」
最後は再びいつもの軽い口調になり、奥へと姿を消すノヴァルナを、ヴァルマスはもう一度深く頭を下げて見送った。すると奥の方から聞こえて来る、ノヴァルナの五連発のくしゃみとノア姫の声。
「ほらもぅ。いつまでもそんな恰好でいるからよ。この大変な時に、風邪でも引いたらどうするの!」
「いやだって、ヴァルマスの奴が引き止めっか―――」
「言い訳しないで、も一回お湯で温まって来なさい!」
「へーへー」
どこか間の抜けたやり取りを聞かされても、ヴァルマスの忠義の鏡が曇る事は、二度と無かったのであった………
▶#19につづく
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