#05

 

 そしてナルマルザ=ササーラとヨヴェ=カージェスの、BSIによる一騎打ちも熾烈を極めていた。


 パワー重視のササーラの『シデンSC』が、ポジトロンパイクを力任せにぶん回すと、それをポジトロンパイクとクァンタムブレードの二刀流で受け止めた、カージェスの『シデンSC』が、バックパックに輝かせた重力子のリングごと、後方に押し戻される。


「く。コイツ、またパワーが増したのか」


 機体の姿勢制御を回復させながらカージェスは、眉間に皺を寄せて忌々しげに言う。機械兵器のBSIユニットに“パワーが増す”という表現は、機体そのものに改良を施したように思えるが、この場合は機体の対消滅反応炉が発生させるエネルギーの余剰分を、効果的に四肢のサーボモーターへ伝導しているという意味だ。


 人型機動兵器BSIユニットの操縦は、四肢と機体自体の姿勢・挙動はNNLのサイバーリンクで、操縦者が自分の体を動かすように意識によって操作するが、宇宙空間を飛行したり、対消滅反応炉の出力の調整やセンサー類の操作などという、“生身の人体”に備わっていない機能に関しては、操縦桿やスロットル、フットペダルやコンソールのスイッチ類を、使用しなければならないのである。


 この“頭の中で姿勢・挙動をイメージして機体に伝えながら、実際の手足はコクピットの機器を操作するという困難な操縦法の克服が、BSIパイロットの初期訓練課程のほぼ全てを占めており、いわば基本中の基本だった。ササーラがスロットル操作によって、カージェスを後退させるほどの、絶妙な出力調整を行えるようになったのは、自らを基本から徹底的に鍛え直して来ているからだろう。


 一旦スロットルを絞り、ササーラの機体のパワーを受け流したカージェスは、Qブレードを収め、ポジトロンパイクを両手持ちに握り直して、再度ササーラに立ち向かう。


「ササーラ!!」


「おう!!」


 もし宇宙空間でも音が伝わるのなら、「ガキーン!!!!」という大音響が数キロ先まで届きそうな音を発するであろう、激しい刃の打ち合いが二機の『シデンSC』の間で起こる。


「腕を上げたか!!??」


「貴様こそ!!」


 上、下、右、左と、双方のポジトロンパイクがぶつかり合い、火花を散らした。その中でササーラは僅かに舌打ちする。パワーでは確かに自分の機体の方が、カージェスの機体より上だが、カージェスは出力の不足分を打ち合いの際に、ほんの僅かなズレを生じさせる事で補っていたからだ。だが凡庸なパイロットであれば、そのような小細工はササーラ機のパワーに、押し切られるだけだ。それを鑑みればやはり、ヨヴェ=カージェスも只者ではない。


“やはり…この男、手強い!”


 ササーラはガロム星人の厳つい顔をしかめ、カージェスの実力を改めて認めた。ヨヴェ=カージェスの『シデンSC』は、ランの機体のような機動性や、ササーラの機体のようなパワー、さらにショウ=イクマの機体のような電子戦特化と、何かに絞った特性を持たせず、どの機能も均等に強化してある。良く言えばバランス重視、悪く言えば個性のない親衛隊仕様機だ。

 しかしこの“個性の無さ”が、カージェスの機体の恐ろしいところであった。と言うのも操縦するカージェス自身が“万能型人間”で、どのような事においても、平均以上の技量を発揮するからである。


 それはつまり、カージェスの操縦する『シデンSC』は、どのような相手にも対応できるという事を示していた。パワーで圧倒されてもそれを補う、機動性の向上から得る俊敏さ、センサー精度の向上から得る見極めの高さ、そして出力に差はあるもののパワーレスポンスの向上が、斬撃と同時に打撃でもあるササーラのポジトロンパイクを、打ち防いでいたのだ。


だが―――


 そうと分かっていてもササーラに、この場で自分の戦闘スタイルを変える気はない。カージェスがそのような付け焼き刃で倒せる相手ではないのは、同期の自分が一番よく知っている。


「生半可な小細工など、叩き割ってくれる!!!!」


 スロットル全開のタイミングを、カージェスのパイクと打ち合う直前に合わせ、ササーラは自らのポジトロンパイクを振るいながら吠えた。


「うおおおおおおお!!!!」


 気合を込めて叫ぶ事は、実はBSIパイロットにとって悪い事ではない。機体の挙動をサイバーリンクで操作する上で、操縦者の精神状態が機体の出力に影響する変数として大きく作用する事は、統計として示されている。そしてそれは如実に効果を現した。斬撃を打ち防ごうとしたカージェスのポジトロンパイクの刃を、粉々に打ち砕いたのだ。ところが―――



「それでこそ、ナルマルザ=ササーラよ!」



 割れて漂うポジトロンパイクの刃の破片を縫って、ヨヴェ=カージェスの『シデンSC』が、クァンタムブレードを下段に構え、瞬時に間合いを詰めて来る。


「ヨヴェ=カージェス!!!!」


 しかしササーラの反応も早い。ポジトロンパイクを構え直しての斬撃が間に合わないと瞬時に悟ると、素早くパイクを半回転させて、石突でカージェス機のブレードをはたき落とそうとする。だがそれすらもカージェスの罠だ。ブレードを放り投げて機体を一回転させると、その右手には超電磁ライフルがある。間合いは詰まり双方の機体は眼の前だった。ササーラの『シデンSC』の腹部に、超電磁ライフルの銃口を押し当てるほどスレスレにしたカージェスは、トリガーを引いた。

 

 咄嗟に機体を翻そうとしたササーラだったが、ゼロ距離射撃で放たれたペイント弾を回避するすべなど無く、ササーラ機のコクピットの全周囲モニターは、ほぼ半分がペイント弾の赤い塗料に染まってしまった。同時に起きるピー!…という被撃破判定音。


「クソッ!!」


 怒声を上げてササーラは、右手の拳を左の手の平に打ち付けた。せめて相討ちに持ち込まなければ…と悔恨の念で歯ぎしりする。


「悪いな」


 敗者となったササーラにそう言い残し、カージェスは即座に機体を加速させた。自分の役目はササーラを倒す事だけではない。本当の狙いはノヴァルナの『センクウNX』だ。若手『ホロウシュ』の中の女性三人で、ランを足止めさせ、残り全員をノヴァルナに仕掛けさせたのは、自分が一騎打ちでササーラに勝利し、返す刀でノヴァルナと戦っている若手『ホロウシュ』を、援護するためである。


“チッ…ササーラの奴め”


 だがカージェスにとっても、ササーラの手強さは想定以上だった。ポジトロンパイクの一撃一撃が、機体の腕をもぎ取られそうなくらい強烈で、その度にバランスを修正する必要があった。そして余計に手間取った事で、カージェスが駆け付けた時には、『センクウNX』と戦っている『ホロウシュ』達は、十四機であった数をたった六機にまで減らしていた。


「むぅ。もうこんなに―――」


 “倒されたのか”という、あとに続く言葉を吞み込んで、カージェスは戦っている機体の識別信号を確認する。シンハッド=モリン、タルディ・ワークス=ミルズ、モス=エイオン、トーハ=サ・ワッツ、ショウ=イクマ、ジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムだ。しかしその直後、ショウ=イクマの機体の反応が“被撃破”に変わる。ノヴァルナの『センクウNX』から一番距離を置いていた事から、反対に狙撃を喰らったのに違いない。すると案の定、通信機がノヴァルナの怒号を捉える。


「そこにいりゃ大丈夫と思ったか!? ボサッとしてんなイクマ!!」


「すっ!…すんません!!」


 その『センクウNX』はと言えば五機の『シデンSC』と、激しく機動戦を行っている最中だ。そんな中で油断していたイクマの機体を発見し、狙撃したのであるから、神業的としか言いようがない。


 立て直さなければ―――そう思ったカージェスは機体を急停止させ、超電磁ライフルを構えて、『センクウNX』の周囲にいる『ホロウシュ』へ命じた。


「全員、散開しろ!」


 立て続けにトリガーを引くカージェス。その全てを回避したノヴァルナの声が、どこか楽しげに通信機から響く。


「来たか、カージェス!!」






▶#06につづく

 

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