#06

 

 無音の宇宙空間で凪の海を思わせる、『ウキノー』の星間ガスの中を粛々と進むノヴァルナ艦隊。クラゲの触手を思わせる細長く伸びたガス雲に、雷光が時折絡み付くように駆け上がり、その輝きが総旗艦『ヒテン』の舷側を照らし出す。

 外の静寂が伝播したわけではないだろうが、第二戦闘配置中の艦内に無駄口を交わすものは少なく、声を発する者もその声量は控え目だった。


 そんな中でもノヴァルナは図太く、ガス雲の中へ進入してニ十分もすると、司令官席で居眠りを始めてしまっている。ただ『ヒテン』の艦橋スタッフも、ノヴァルナのこういう“いい加減さ”には慣れており、驚いたり批判的な視線を送ったりする事は無い。


 ただ戦場の“匂い”を嗅ぎつけるのは猟犬並みであった。


 眼を覚まし、大あくびと共に動き出すノヴァルナ。するとそれを待っていたかのように、通信オペレーターが声を上げる。


「前哨駆逐艦9番より入電。“敵艦反応アリ。我カラノ方位332マイナス12。距離約6万”」


 その報告に応じて、艦橋内中央に展開されている航行用星図ホログラムが、戦術状況ホログラムに切り替わり、9番が振り分けられている前方哨戒駆逐艦と、反応のあった敵艦の位置情報が追加表記された。反応は一つだけらしい。


「おそらく、イル・ワークラン側の哨戒駆逐艦でしょう」


 傍らのササーラが落ち着き払った声で言う。間違っていると思わない限り、細かい指示まで一々出す気は無いノヴァルナは、対応を艦隊参謀達に任せた。


「5番、6番、11番駆逐艦を向かわせ、敵本隊発見に努めよ」


「敵を発見した方向に暗黒物質帯が存在している。センサーの精度低下の恐れがあるから、艦載機はいつでも出られるようにしておけ」


 そうするうち、艦隊参謀の一人がノヴァルナに針路変更の是非を尋ねて来る。敵発見に備えての艦隊運動全てに関する事だからだ。


「殿下。艦隊針路の変更はいかが致しますか?」


「前衛の三個艦隊との距離を、もう少し詰めろ。あとはこのままのコースで、いいんじゃね?」


 軽く言うノヴァルナだが、こちらの目的は敵の誘引でもあるため、変に敵の索敵を回避するような針路を取る必要はない、という判断である。果たして程なく、もう一隻の敵駆逐艦が発見された。敵もこちらの哨戒駆逐艦との遭遇で、索敵線を集中して来たのだ。


「発見されましたね」


 短く言うランにノヴァルナは「だろうな」と応じ、さらに不敵な笑みを浮かべると、ふん…と鼻を鳴らして続けた。


「カダールの野郎。先にこっちを発見したんで、今頃小躍りしてやがるだろぜ」


 

 ノヴァルナが口にした通りの、“小躍り”とまではいかなかったが、カダール=ウォーダはノヴァルナ艦隊発見の報に、イル・ワークラン宇宙艦隊総旗艦『キョクコウ』の艦橋内で司令官席を立ち、右手の拳を左の手の平に強く打ち付けて「でかした!」と声を上げた。


「先手を取った! これで事を有利に運べるぞ!」


 酷薄そうな顔のカダールが薄い唇を歪め、嘲りの表情を交えて言い放つ。するとそんなカダールに側近の男が近付いて来て、自分の手を持見合わせながら追従口を叩いた。


「お見事でございます。これも閣下の御威光の、賜物でございましょう」


 側近の名はパクタ=アクタ。カダールがイル・ワークラン家の当主の座を、奪い取ったあとで、事務補佐官に登用された小太りの中年男である。ヒト種に似てはいるが、こめかみのあたりから後頭部に向けて扇状に広がっていく、鱗状の皮膚が特徴的なスケイド星人という種族だ。


 カダールの側近と言えば三年前、カダールがノヴァルナと戦った際にも側近がいたが、あの男は少々反抗的であったためカダールの不興を買い、イル・ワークラン家から追放されてしまっていた。

 つまりは今のイル・ワークラン家でカダールの周囲にいるのは、このパクタのようなカダールの顔色を窺い、機嫌取りをする連中ばかりだという事である。


「すぐに針路を敵艦隊に向け、全速前進だ。敵の不意を衝く!」


 しかしここで「恐れながら―――」と口を挟む者がいた。艦隊の参謀長を務める初老の男だ。


「発見されたノヴァルナ様の艦隊まではまだ距離があります。この位置から全速で進むとなると、暗黒物質帯に入り込んだ艦が出た場合を、艦列が乱れて統制に支障をきたす可能性が…」


「なんだと!」


 参謀長の進言を怒声で遮るカダール。だがそれに続く言葉は、論点が完全にズレているとしか言いようがない。


「貴様! ノヴァルナごときに、“様”などつけるな!!」


「!?…」


 思わずたじろぐ参謀長に、すかさずパクタが進み出て説諭した。


「そうですぞ、参謀長殿。ノヴァルナ・ダン=ウォーダは我等の憎むべき敵。敬称などつける必要など、毛ほどもございません」


「は…」


 士道とはそういうものではない…という眼をする参謀長だが、自分を睨み付けるカダールの表情を見ると、そのような言葉を吐いても、自分自身が不利益を被るだけだと悟る。事実、こういったケースの後で姿を消した家臣は、一人や二人ではないからだ。


 そうこうしているうちに、イル・ワークラン艦隊の探知圏内に、ノヴァルナ側の哨戒駆逐艦二隻が現れ、カダールは自分達の位置もノヴァルナ側に知られた事に気付いた。






▶#07につづく

 

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