#18

 

 会議を終えたノヴァルナは腹心達を連れ、その足で執務室に入った。部屋には先にメディア出演を終えた新妻のノアが、自分の執務机の前に座り、NNLのキーボードを操作しながら夫を待っている。


「お帰りなさい。思ったより早かったわね」


 そう言って、微笑みながら席を立とうとするノアにノヴァルナは、こちらも笑顔を見せて、ノアに座ったままでいい…と手で合図した。


「おう。要領良く済ませて来たからな」


 適当に誤魔化そうとするノヴァルナだが、ノアには通用しない。苦笑いして席に座り直しながら言い返す。


「またそんなこと言って。どうせ飽きて来たんで、強引に切り上げたんでしょ」


「う…」


 図星を突かれて、ノヴァルナはバツが悪そうな顔で自分の席に座った。そして一つ咳ばらいをして気を取り直し、自分が連れて来た腹心達を見渡す。親衛隊である『ホロウシュ』の上位三人ナルマルザ=ササーラ、ラン・マリュウ=フォレスタ、ヨヴェ=カージェス。BSI総監のカーナル・サンザー=フォレスタ。戦艦部隊の第2戦隊司令官ナルガヒルデ=ニーワス。内務担当家老のショウス=ナイドル。外務担当家老のテシウス=ラームだ。


 さらに新任の第9戦隊司令官ツェルオーキー=イクェルダもいる。彼は以前、ノヴァルナの乗艦であった『ゴウライ』を直掩し、セッサーラ=タンゲンとの決戦で撃破された戦艦、『ランサ・ランデル』の艦長を務めていた。まだ二十五歳の若さだが、堅実な性格と忠義心をナルガヒルデに評価され、将来の幕閣の一人として推挙されたのだ。また父親のツェリークは家老の一人として、ノヴァルナの父ヒディラスに仕えていた経歴がある。

 他にはキノッサもおり、執務室に入って来るなり、ノアを補佐していたネイミアに、気軽に手を振っていた。


「さて―――」とノヴァルナ。


「敵か味方か分からねぇ連中は置いといて、おまえらには、イマーガラ家とイースキー家に対してどうするか…俺の心積もりを聞いておいてもらおうか」


 つまりはノヴァルナが戦略的な話をする上で、真意を告げられる―――真に信用をしている人間は、残りの『ホロウシュ』は別にして、まだこれだけしかいないという事である。いかにも少ないが、仕える星大名家だけではなく、自分自身も生き残ろうと考える家臣も多いのは、どこも同じであった。

 そしてノヴァルナもそれを気に病む様子は無い。主君が結果を出してこそ、このような場に呼べる腹心の数も増えるのが道理であり、それはまだ、これから先の話だからだ。


 いつもの不敵な笑みを浮かべたノヴァルナは、今しがたの会議で全ての重臣達の前では明かさなかった、イマーガラ家とイースキー家に対する戦略構想を打ち明け始めた………




 

 ノヴァルナ達が今後の方針を、腹心達と話し合っているのと同じように、キオ・スー城の別の一室では、カルツェ・ジュ=ウォーダを首魁とした反ノヴァルナ派の面々が、側近のクラード=トゥズークの呼びかけで集まっている。人数は約三十人といったところだ。


「カルツェ様。お聞きになりましたでしょう?」


「そうです。ノヴァルナ様はやはり、何も変わっておられません!」


「いまだにあのような絵空事に、うつつを抜かしておられるとは!」


「まるで子供のままにございます!」


 カルツェの周りに集まった側近達が、口々に批判するのはやはり、今しがたの会議でノヴァルナがぶち上げた、上洛軍の編制を中心とした、今後の戦略構想に対してだった。彼等にしてみれば、ノヴァルナの発言にはそれを確約するための何の担保もなく、ただ“こうしていくつもりだ”という意味の言葉を並べられたのだから、批判したくもなるのは当然である。


 そこにクラードが他人事のように、「困ったものですなぁ―――」と、どこか暢気な口調で入り込んで来た。


「このままでいくと、ようやく持ち直して来たキオ・スー領の社会も経済も、水泡に帰する事になりましょう…いやはや、この二年間のノヴァルナ様の内政重視政策は、なんだったんでしょうなぁ」


 それを聞いて苦虫を嚙み潰したような顔をしたのは、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータである。この者は二年前のカルツェの謀叛の際に、BSIでノヴァルナと直接矛を交え、若君主の強さを通じて、真摯な本質に触れていた。そんなシルバータにすれば、自分達が引き起こした内乱が、国力の低下を増加させたのだから、それを棚に上げたクラードの言い草は、何をかいわんやという気にさせる。だが当のクラードはカルツェに向かって、平然と言ってのけた。


「このままでは、あのキノッサとかいう小物の言葉ではありませんが、いずれ遠からずキオ・スー家は滅んでしまいますぞ。カルツェ様」


「クラード!―――」


 我慢できずに声を荒げてクラードを呼ぶシルバータ。これでは二年前と全く同じ展開だ。いや、二年前のような実働戦力を有していない今は、ノヴァルナがその気になれば、簡単に潰せる脆弱な勢力でしかないのだ。


「滅多なことを口にするな! 我等はノヴァルナ様のご寛恕かんじょで、生かして頂いているのを忘れたか!?」


 しかしそのような事を言われて、素直に応じないのがクラードという男の小賢しさであった。シルバータに振り向いて言葉を返す。


「ゴーンロッグ殿の仰ることも尤も。しかしそうかと言って、ノヴァルナ様と共に滅んでよいわけではありますまい!」

 

 ただクラードには焦りもあった。それはノヴァルナがキヨウへの旅から、生きて帰って来た事に他ならない。この男は、旅先でノヴァルナを殺害するイースキー家の計画に加担し、旅の行程情報をギルターツ=イースキーに流していたのだ。


 しかもこの情報漏洩は、実はクラードの単独行動で、他の反ノヴァルナ派どころか自分の主君カルツェにすら、知らせていなかったのである。無論、足がつくような物的証拠を残すようなクラードではなかったが、状況を鑑み、自分がまず疑われるのは間違いなかった。そういった事もあって、自分の保身のためにも、尚更カルツェを煽ろうとしているのだった。


「お聞かせください。カルツェ様のお考えを!」


 クラードがそう言うと、呼応した側近達が「カルツェ様!」と、口々に呼び掛けて来る。そこにクラードが耳打ちで付け加えた。


「艦隊戦力は失いましたが、スェルモル城の陸戦部隊を使えば、キオ・スー城の制圧は可能です。ご許可を頂ければ、いつでも準備に取り掛かれますが…」


「………」


 クラードの進言に対し、しばらく無言を続けたカルツェは、支持派の側近達を見回してゆっくりと告げる。


「皆の気持ちは聞いた。だがまず私は、兄上と直接話をしようと思う」


「ですがカルツェ様!―――」とクラード。


 しかしカルツェは、意志が固い眼でクラードを見詰めてその口を黙らせると、背筋を伸ばして有無を言わせぬ調子で言った。


「兄上の本心を確かめ、間違っていると思えば翻意を促す。その後の事は、兄上のお気持ち次第だ。いいな」


 こうなるとクラードも引き下がらざるを得ない。無言で恭しく頭を下げながら退いた。それを見て、内心で胸を撫で下ろすシルバータ。カルツェはNNLの通信モジュールホログラムを眼前に展開すると、普段自分からはほとんど通話を入れない相手―――自分の兄のコールナンバーを入力した。ほどなくノヴァルナからの返事がある。


“おう、カルツェか。珍しーな、おまえから掛けて来るなんざ”


 カルツェはそれに対して余計な事は言わず、用件だけを口にする。


「先程の会議で兄上がご発言された事について、少々意見を交わしたいのですが、そちらへ伺っても宜しいでしょうか?」


 するとノヴァルナは二つ返事で陽気に応じた。


「おう、おまえならいつでも歓迎するぜ。どうせなら二人だけで、腹を割って話そうじゃねーか。なんなら今からでも構わねーぞ」


 それを聞いてカルツェは、ほんの少しだけ微笑みらしきものを浮かべる。こういう話の速さだけは、兄の誉めるべき部分だと思ったのだ。ただ表向きにはそのような素振りは見せず、硬い口調で兄の提案を了承した。


「わかりました。では、これからそちらへ伺います」






▶#19につづく

 

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