#12

 

 それからおよそ十日後、ノヴァルナ一行はようやく惑星ラゴンに到着した。当初の予定では半月程度の行程であったのが、ひと月以上もかかっての帰還である。


 初任務で戦闘を繰り返した『クォルガルード』は、早くもドック入りが必要で、ラゴンの衛星軌道に入る前に、ノヴァルナ達主要メンバーを乗せたシャトルを発進させて、そのまま月の宇宙艦隊基地『ムーンベース・アルバ』へ向かった。


 一方のノヴァルナ達を乗せたシャトルは、朝というには少々遅い時間に、キオ・スー城の発着場へ降下していく。そこにはノヴァルナの重臣達が、こぞって出迎えに集まっていた。キオ・スー城だけでなく、スェルモル城からはカルツェと彼の重臣達、フルンタール城からはヴァルターダ、ヴァルカーツ、ヴァルタガの、ノヴァルナのクローン猶子三兄弟もやって来ている。


 彼等の見守る前で、シャトルは発着場の中央に着陸した。


 搭乗口のハッチが開き、ノヴァルナはノアと並んでタラップを降りて来る。一斉に頭を下げる重臣達。ただ幾人かはその眼には、ここまで帰還が遅れた事に対してか、批判的な光を宿していた。


わりぃ。遅くなっちまった!」


 シュタッ!…と右手を挙げ、軽い調子で詫びを入れるノヴァルナ。反省もなさそうな主君の態度に、筆頭家老のベアルダ星人のシウテ・サッド=リンが、腹痛でも我慢しているような表情で、無事の帰還に慶びの言葉を口にする。


「殿下。無事のご帰還、おめでとうございます」


「おう。面倒かけたな、爺」


 シウテ・サッド=リンは二年前のカルツェの謀叛に加担したが、首謀者の一人であった弟のミーグ・ミーマザッカ=リンが討たれた事もあり、ナグヤ城で半年間の謹慎を命じられただけで赦され、その後はノヴァルナに対して従順となっていた。


 さらにノヴァルナは、他の重臣達を見渡して告げる。


「皆も留守の間、大儀であった。領地の行政、つつがなく行ってくれた事を、嬉しく思う」


 意外にも常識的な礼の言葉を述べる主君に、少々虚を突かれた顔で重臣達は再び頭を下げた。ところがやはりノヴァルナという若者は、一筋縄ではいかない。重臣達が頭を下げたタイミングで、また口調を軽くして言い放つ。


「さて。ここで皆さんに、報告があります!―――」


 それを聞いて重臣達は一斉に顔を上げ、“ウッ…”と引いた表情になった。自分達の若き主君がこういった話の切り出し方をする時は、大抵が突拍子もない事を口にする時だからだ。


 するとノヴァルナは、傍らのノアの肩に手を回して抱き寄せ、あっけらかんと告げた。


「えー。旅のついでに俺達、帰る途中で結婚式挙げてきたぜ!」


 一瞬、何を言っているのか理解できず、「え?…」と短く声を漏らした重臣達であったが、すぐにその言葉の意味に気付いて、声を揃えて叫んだ。


「えええええーーーー!!??」

 

 何の連絡もなしに勝手に結婚式を挙げられて、唖然とする重臣達に、ノヴァルナはさらに軽い調子で付け加えた。


「んで、星帥皇陛下から、上洛軍の編成の許可も貰って来た」


「えええええーーーーっ!!??」


 再び驚く重臣達。これも何も聞いておらず、シウテやショウス=ナイドルなどの年長の者達は、卒倒しそうな勢いでのけ反る。


「なっ、どっ、どういう事にございますか!?」


 舌をもつれさせながら問い質すシウテに、ノヴァルナは事も無げに応じた。


「ん? サプライズ」


「サ、サ、サ、サプライズでは、ありませんぞ!」


 前向きにすっ転びそうな体勢で抗議するナイドル。キオ・スー家の内務担当家老である、この初老の男としては当然の反応だ。主君ノヴァルナとノア姫の結婚式となれば、国を挙げての行事であり、上洛軍の編成となれば、国家の趨勢に関わる問題であった。それを本国に何の連絡もなしに、主君みずから旅先で決めて来るのだから、たまったものではない。


 だが当のノヴァルナはナイドルや、他の重臣達の困惑顔など、どこ吹く風だ。


「いーじゃねーか。ここで結婚式挙げようとしたら、なんだかんだで国庫の金を大量に使う事になるし、今はそんな事に金使ってる場合じゃねぇ。それに上洛軍の編成だって俺が、何が何でもぜってーやるって言ったら、それで決まりだろ?」


 確かにノヴァルナの言っている事は間違いではない。星大名の結婚となると盛大で、莫大な予算を使用するものとなるのが普通だ。ただ現在のキオ・スー家は宙域の内外に敵対勢力を抱え、その全てが次の戦いに備えて、財政力を拡充させている最中であった。そうなると結婚式に多額の予算を注ぎ込む余裕はないのである。


 それにあらゆる政策の最終決定権が、当主たるノヴァルナにあるのは、言わずもがなの話であった。そうであるがゆえの星大名家当主なのだ。


「しかしですなぁ…そのような重要なお話。なんのご相談もなく、ご自分だけでお決めになられては、我等の立場というものが…」


 シウテはベアルダ星人の熊のような顔をしかめさせ、不満を口にした。するとノヴァルナは、不意に冷めた表情になって言い返す。


「いやだって、おまえらの話す事っていやぁ、どうやって俺がしようとしてる事をやめさせるか、しかねぇじゃん」


 それを聞いてギクリ!…と首をすくめた者が、重臣達の中に幾人かいた。それらを素知らぬ顔で見渡したノヴァルナは、表情を緩めてシウテに告げる。


「まぁ、心配すんな。結婚式の映像は撮ってあっから、それをマスコミ発表に使えばいいってもんよ。それに上洛軍の編制だって、まだまだ先の話だ」


 そう言って「アッハハハハ!」と一つ高笑いしたノヴァルナは、重臣達に陽気に言い放った。


「さて、他にも色々と土産話がある。てことで休憩後、大会議室に集合な」





▶#13につづく

 

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