#02

 

「ぬぅおおおおおおおお!!!!」


 獣ような咆哮を上げたササーラは、六人は腰掛けられるであろう、円形ソファーを両手で掴んで大きく振り回す。ササーラに掴み掛ろうとする、ナルナベラ星人の傭兵達が、悉く弾き飛ばされる。ガロム星人のササーラ同様、二メートルほどの巨躯で筋骨逞しいナルナベラ星人だが、地力はササーラの方が桁違いに強いようだ。


 それで一方つい今しがたまで、ノアを散々いたぶり抜いていたビーダとラクシャスはと言うと、ノヴァルナの完璧なドロップキックを喰らったビーダは、ノックアウトされたまま床から起き上がられずにおり、ラクシャスは驚くべき素早さでキャビンを逃げ出している。

 また『アクレイド傭兵団』のバードルドは、ランの背負い投げで脳天を壁に打ち据えられて、床の上で人事不省に陥っていた。


 ただノヴァルナの目的は、あくまでもノアを自分の手に取り戻す事であり、ここで敵を一掃する事ではない。ましてや、これまでにない怯え方をしているノアを、一刻も早く連れ出すべきだと判断したノヴァルナは、強く命じた。


「ササーラ、ラン。こっからズラかるぞ!」


 そしてノアに「ノア…歩けるか?」と優しく問い掛ける。無言で頷いて立ち上がるノアの向こうでは、ランがソニアを立ち上がらせ、さらに麻薬の“ボヌーク”を打たれて放心状態の続く、メイアを抱え起こそうとしていた。


「ササーラ、急げ!」


 ササーラの大暴れでナルナベラ星人の傭兵で、立っていられたのはすでに五人。ササーラはその五人めがけてソファーを投げつけた。三人がそれに激突して転倒すると、残る二人に間合いを詰め、両腕から繰り出したラリアットでぶっ飛ばす。全員が立てない状態になったのを確かめたノヴァルナ達は、来た時と同じ素早さで、キャビンから姿を消した。

 

 キャビンを脱出したノヴァルナ達は、アーザイル家の保安科員が確保している、『ラッグランド58』のエアロック室の一つへ飛び込んだ。『サレドーラ』に乗り移らせるノア達に、簡易宇宙服を着せるためだ。

 通路に出て銃を構える保安科員達。ノアは宇宙での活動経験も多いため、手際良く簡易宇宙服を着込んだが、全くの素人のソニアと、麻薬の影響下にあるメイアはひどく手こずっていた。先に着終えたノアが、ソニアを手伝ってやる。ソニアは唇を震わせながら、ノアに謝罪しようとした。


「ノア…あたし…」


「話はあと…」


 エアロック室の外では、追って来たナルナベラ星人の傭兵達と保安科員達が、銃撃戦を始めた。ノヴァルナとササーラが保安科員達に加わる。


「だけど…」


 言葉を続けようとするソニア。ノアはそんな彼女に後ろを向かせ、背中の生命維持モジュールの動作確認を行いながら告げた。


「ソニアは何も悪くないよ…」


 ここでソニアに謝罪されると、逆に自分が泣き崩れてしまうかもしれない…ノアはそんな気がしたのである。

 だがそれ以上に問題なのがメイアだった。虚ろな眼をし、普段からは想像もつかないほどの、うっとりとした表情のまま息を荒げ、全身の力が抜けきった状態で、簡易宇宙服を着せようとするランに、全く協力しようとしない。


 ソニアの宇宙服を着せ終えたノアが、ランを手伝い始め、ノヴァルナはアーザイル家の保安科員二人に指示し、ソニアを『サレドーラ』へ送り届けさせた。

 するとその直後、周囲の緊張状態の中で、ちょっとしたハプニングが起こる。ノアとランの二人がかりで宇宙服を着せられていたメイアが、前から抱き起していたランの首に不意にしがみつき、唇を奪ったのである。麻薬の回った体をラクシャスにまさぐられ、性的興奮を高められていた結果だ。


 ランは驚いてメイアを引き剥がす。ノアも目を丸くして一瞬、怯懦の気持ちを忘れていた。そしてランにとってさらに間が悪いのは、それをノヴァルナに見られてしまった事だ。


「なにやってんだ、ラン。今は、んな事してる場合じゃねーだろ!」


「わ、わ、私からしたんじゃ、ありません!」


 ノヴァルナに叱りつけられて、動揺を隠せないラン。それをよそにノアはメイアの宇宙服を着せ終えて、ノヴァルナを振り返った。


「準備完了」


「よし。みんなメットを密封。外へ出ろ! 扉を爆破すっぞ!」


 叫んだノヴァルナは、全員がエアロックから宇宙へ飛び出すのを見届けると、自分もヘルメットを気密状態にする。そして手榴弾を四つ取り出し、まとめて安全ピンを抜いて、エアロック室と通路を隔てる扉の前に転がした。


 ノヴァルナが宇宙へ飛び出すと同時に起きる、手榴弾の爆発。エアロック室の通路側の扉が吹き飛び、船内の空気が急激に吸い出され始めると、ナルナベラ星人の傭兵達も安全域まで逃げ出すしかない。もはや到底ノヴァルナ達を追っている場合ではなくなった。





▶#03につづく

 

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