#10

 

 ノヴァルナやマグナーの睨んだ通り、惑星キヨウの大気圏を抜けて、衛星軌道に乗ったイースキー家のシャトルは、軌道上に浮かぶ貨物中継ステーションへ向かった。


 貨物中継ステーションは外宇宙及び、ヤヴァルト星系の各惑星から大型コンテナ船で送って来られる、資源や物資を一括して受け入れ、その搬入物の地上の届け先ごとに仕分けて、貨物シャトルで送る役目を担っていた。

 このような中継ステーションはキヨウの衛星軌道上に三か所ある。しかし『オーニン・ノーラ戦役』以来の皇都の荒廃と衰退で、取扱数も激減し、現在では一か所のみがどうにか稼働している状態である。ただこの施設は、皇都を事実上支配しているミョルジ家にとっても重要であるため、略奪集団は手を出さない。『アクレイド傭兵団』を通じて成る、“暗黙の了解”に反するからだ。


 直径約1キロ、高さ約百メートルに及ぶ円盤型の本体から、貨物船が接舷するための、六本の“埠頭”が突き出た貨物中継ステーション。ノア達を捕らえたシャトルは、その埠頭ではなく、円盤状の本体を目指した。小型艇用のランディング・ベイはそちらにある。

 管制室の指示に従って、気密用エネルギーシールドをくぐり抜け、シャトルはランディング・ベイの一つに到着し、六角形をしたデッキに降下した。周囲には同じようなデッキが何基かあり、その中の幾つかには、様々な形状の小型シャトルが駐機されている。ランディング・ベイの内部は全体的に薄暗く、局所的な照明や指示灯的な光が眩しい。そしてシュワシュワと音を立て、そこかしこから立ち上る蒸気が、それらの光を反映して、周囲で動き回る人々を、シルエットとして浮かび上がらせる。


「やだ。蒸し暑いわぁ…」


 捕らえたノアとソニア、そしてメイアを引き連れ、シャトルから降りて来たビーダの第一声がそれであった。異世界で“東洋風”と呼ばれる衣装の懐から、早々に扇を取り出すと、それを仰ぎながら歩き始める。そして前を行く男―――『アクレイド傭兵団』の指揮官、バードルド=ブロットに声を掛けた。


「ブロット隊長。道案内、大丈夫なんでしょうね?」


「ここには、俺達の仲間も大勢おります。申し上げた通り、俺はそれなりに顔も利きますんで、ご心配なく」


 ビーダの問いに慇懃に応じるバードルド。この男は浄水・空調施設で部下の指揮を執っていたはずが、アーザイル家陸戦隊が出現すると、部下を見捨てていち早く現場を逃げ出し、ビーダとラクシャスのもとへ戻って来たのである。だがそれもまた、ビーダとラクシャスの思惑に即した指示であった。


 バードルドを雇い入れるにあたって、ラクシャスは“トランサー”能力を使い、『アクレイド傭兵団』内でのポジションを照査したのだが、その結果、地位は低くとも顔は利くと判断し、キヨウからの脱出に利用する事にしたのである。事実ビーダとラクシャス達が最初に接触した時、バードルドはその顔の広さで、最低下層ランクの『アクレイド傭兵団』部隊の指揮官ながら、『ゴーショ行政区』近くの一区画を仕切ってていた。利用できるものは何でも利用する…そんなビーダとラクシャスの眼鏡にかなった、と言える。言い方を変えれば、クーケンらは全員足止めの価値しかなく、バードルド個人は皇都惑星脱出までの価値がある…というわけだ。

 

「どこへ行こうというのです?」


 毅然とした態度は失わず、背筋を伸ばしてビーダに問い掛けるノア。振り返ったビーダは「うふ」と妖しく微笑むと、わざとらしく“しな”を作って応じる。


「この先の埠頭に、イースキー家船籍の大型コンテナ船がいますの。ラクシャスが手配してくれたんですのよ」


 “手配してくれた”とは聞こえはいいが、実際には航行可能なままこの中継ステーションに放置してあった空船の中で、一番状態のいいものを、ラクシャスの“トランサー”能力による航路管理局のデータベースへの不正アクセスで、イースキー家の船籍に書き換えたのである。超空間ゲートを利用してヤヴァルト星系を離れる際の、船籍照会に備えてだ。次いでラクシャスが口を開く。


「万が一、ノヴァルナ様が生き延びられ、我々の船を発見して追って来ても、あの武装船では、超空間ゲートの使用は許されません。つまり、それ以上の追跡は不可能です」


「ね。ちゃあんと、考えてますでしょう?」とビーダ。


 銀河皇国の主要星系の外縁部には、他星系と亜空間接続する超空間ゲートが置かれており、これを利用すればDFドライヴを繰り返す事無く、目的の星系へ移動する事が可能だった。

 ただこのゲートは銀河皇国直轄施設となっており、星大名の軍艦は使用を許されない。また民間船であっても武装船は使用する事は出来ず、非武装の旅客船または貨物船のみが通行可能となっている。したがって、戦闘輸送艦として登録されている『クォルガルード』は、超空間ゲートを利用できないのだ。ノヴァルナ達がキヨウへ来るまで、中立宙域でDFドライヴを繰り返していたのもこのためだ。


「御三人様とも、無事バサラナルムまでお届けいたしますので、ご安心を」


 そう言ったビーダの言葉に、ビクリ!…と肩を震わせたのはソニアだった。ソニアにはまだ幼い妹と弟がキヨウにおり、彼女一人で育てていたのである。いま置き去りにしてしまうと、妹も弟も生きてはいけない。


「あ…」


 あたしは家に帰して…と言いかけて、ソニアは言葉を飲み込んだ。ノアがビーダ達に捕らえられたのは、口車に乗せられた自分が、手引きしてしまったせいだ…という自責の念があるからだ。


 するとそんな親友の胸の内を察したのか、ノアが進み出て言い放つ。


「ソニアは解放してください。あなた達の目的は果たしたはずです!」


「ノア…」


 罠に落とした自分を守ってくれようとするノアの横顔を見詰め、ソニアは泣き出しそうになって唇を噛む。だがビーダといえば、顎に指をあて「うーん…」とほんの少しの間、考えるふりをしただけであっさりと言った。


「無理ね。諦めて頂戴ませ」


「!!!!」


 身をすくめるソニア。ノアは口調をきつくして抗議する。


「ソニアには、幼い妹と弟がいるのです! 解放しなさい!」


 ノアの抗議に対し、ビーダは薄笑いを浮かべながら歩み寄って行く。そして次の瞬間、手にしていた扇を閉じると力任せに振った。

 ピシィッ!!…と乾いた打擲音ちょうちゃくおんが響く。だが扇に打たれたのはノアでもソニアでもなく、この話に関わっていないメイアだった。脚を踏ん張って倒れそうになるのを耐えるソニアの、左のこめかみから頬骨へ裂傷ができて、血が流れる。


「なにをするの!!!!」


 メイアを庇い出て、驚きと怒りの表情でビーダを睨みつけるノア。


「なにって…この女は、双子の片割れが逃げ出した時、姫様を守り続けるために、わざと残ったのでございましょ? ですからその任務を、果たさせて差し上げてますの。生意気な姫様でも、むやみにつわけには、いきませんからねぇ」


 つまりは自分が反抗的な態度を取れば、その身代わりにメイアが暴力を振るわれるという事だった。


「卑劣な真似はやめなさい! 叩くなら、私を叩けばいいでしょう!!」


 悔し気な顔で見据えて来るノアに、普段は無表情な時が多いラクシャスが、不意に眼を輝かせ始める。この男装女性の琴線に触れるものがあったらしい。口元を僅かにほころばせ、小声で「いいですね、その表情…」と呟く。そんな相棒の反応に気付き、ビーダは「ホホホホ…」と笑い声を漏らしてノアに告げた。


「ご心配なく。お楽しみタイムではこのラクシャスが、姫様を幾らでも叩いて差し上げますので。うふん…姫様がどんなお声で鳴かれるか、わくわくしますわ」


 怪しげなビーダの発言に、メイアが怒りを沸騰させるのが分かり、ノアは「おやめなさい…」と囁いて落ち着かせる。後ろ手に手錠を嵌められた状態で、今むやみに激高しても、また暴力をふるわれるだけだ。


「私とメイアは抵抗しません。だからソニアだけは逃がして」


 もう一度ビーダに訴えかけるノア。だがビーダはふざけた口調で、「駄ぁ~目」と返すだけでまるで応じようとしない。そこに割り込んで来たのは、『アクレイド傭兵団』のバードルド=ブロットだった。


「ソニア一人なら、今ここで逃がしてやっても、いいんじゃないですかい」


「あら、隊長。殊勝なこと言うじゃない? この子の常連客さんだってことで、情が移ったのかしら?」


 意外そうなビーダに、バードルドは髭面を歪めて応じる。


「いえね。このステーションには俺達みたいな、ゴロツキ同然の連中がそこらじゅうにいるんでね。そんなところに、若い女一人を放り出したらどうなるか…」


「悪趣味ねぇ…」


 自分の事を棚に上げて、バードルドを白い眼で見るビーダ。ただそのビーダ自身も、何か良からぬ事を思いついたようだ。


「でも…そうね。この子をどうするか、ノア姫様に決めて頂きましょう」





▶#11につづく

 

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