#07

 

 マリーナがフェアンにハッキングを指示したのは、浄水・空調施設の消防システム…その中でも、施設内に火災が発生した際に、自動的に応急対応する消火・排煙装置を作動させる、感温センサーネットワークであった。


 感温センサーは各部屋各通路に取り付けられており、火の手が上がるなどの急激な温度上昇を感知するため、常時稼働している。そしてそれらは、各部屋各通路に配置されているイースキー家や、『アクレイド傭兵団』の兵士の体温も感知しているはずであった。マリーナはこの感温センサーネットワークに侵入し、個々の敵兵の体温を感知しているセンサーを、施設の構造ホログラムとリンクさせる事が出来るのではないかと、閃いたのである。


 そしてそれを聞いて姉の考えを理解したフェアンが、才能を全開にしたのは言うまでもない。大好きな兄と義姉のため、フェアンは『クォルガルード』のメインコンピューターをフルに使って、僅か一時間程度で姉の期待に応えたのだった。


“やはりノヴァルナ様は、その妹御も侮れない………”


 このデータを転送されたカーズマルスは、思わず背筋に冷たいものが流れるのを覚えた。対人センサーや熱源探知機などは自分の部隊でも装備はしている。だが相手は自分達と同様の特殊部隊であり、これらの探知機に対する逆探知装置を装備している可能性が高く、迂闊には使えない…と考えていたところだったのだ。


 ただこのデータを得た事でとった、カーズマルス隊の行動も巧妙だった。


 わざと敵兵の一人に殺害前、侵入者の通報をさせたのだ。クーケンが聞いた、あの途中で途切れた報告である。

 あれでクーケンは侵入者の警戒警報を出したのだが、そうする事で逆にクーケンの兵達は動きを止めた…つまりマリーナとフェアンがもたらした位置で周囲を警戒したまま、動かなくなったのである。そうなると、敵兵の位置を掴んでいるカーズマルス達は、なおさら動き易くなった。消音ブラスターとアーミーナイフで、粛々と制圧エリアを広げていく。


 つごう八人の一般兵の生命反応が消えたところで、クーケンも事態の異常さに勘付いた。敵の侵入部隊は、完全にこちらの兵の位置を把握していないと不可能な、素早い行動を取っている。先手を取られた!…と臍を噛む思いのクーケンは、自分の部隊に命令を下した。


「我等で敵の侵入部隊に対処する。前進!」


 ところがその直後、浄水・空調施設の、カーズマルス隊が侵入した位置とは反対側の、ドーム型空間の壁に爆発が起きる。その近くにいたのは、『アクレイド傭兵団』の半数である。


「なっ、なんだァ!!??」


 施設を囲む低い外壁から身を乗り出して、爆発した壁を見る傭兵達。するとその壁面に爆発で開いた穴から、バイクに乗った『ホロウシュ』達が飛び出して来た。

 

 浄水・空調施設が置かれたこのドーム型空間には、左右に外部通路と繋がるゲートが設けられている。しかし『ホロウシュ』が爆破して穴を開けたのは、そのゲートからは離れた個所だった。カーズマルスから得た情報で、ゲート以外に外部通路と空間内が、壁一枚で隔てられているだけの部分が複数ある事を発見し、その一つを狙ったのである。


「来やがったぞ、撃て撃て!」


 待ち構えていた『アクレイド傭兵団』の兵士達は、一斉にブラスターライフルを『ホロウシュ』達に向け、射撃を開始した。しかしバイクに乗る『ホロウシュ』は真っ直ぐ施設には向かわず、施設を囲むように植え込まれた、人工林の向こう側を走って後方へ回り込もうとする。


 これを見た傭兵団の指揮官バードルド=ブロットは、クーケンと連絡を取った。


「クーケンさんよ。敵のバイク部隊が現れて、後方へ回り込もうとしてる。あんたらの方へ向かったぜ!」


 それを聞いてクーケンは舌打ちしたくなる。バイク部隊というのはノヴァルナの親衛隊、『ホロウシュ』に違いない。それが後方に向かっているというのは、ノア姫を捕らえている管理棟を狙っているのだろう。やはりこちらの情報は、相手に筒抜けになっているらしい。だが警戒しなければならないのは、すでに施設内に侵入していると思われる敵の特殊部隊だ。施設前方に配置してある一般の陸戦隊では、防ぎきれないのが確実だった。


「ブロット隊長。バイク部隊は任せる。戦力を集中してくれ。こっちは今、手が離せない。足止めだけでいい」


 バードルドにそう指示を出したクーケンは、さらに陸戦隊指揮官の符丁を呼び出して命令する。


「ピッカーリーダー、隊を率いて後退せよ。ピッカーグループはスキッパーグループに代わり、アイスランド(管理棟)をカバーだ」


 クーケンにすれば、ノヴァルナ側がどのように意表を突いた手を打ってきても、最終的に目指すのがノア姫の奪還である以上、管理棟である事に違いない。ならず者集団レベルの『アクレイド傭兵団』は弾除け程度にしかならないが、時間稼ぎぐらいはできるはずだった。となれば、まず侵入して来た特殊部隊を排除し、そののち、陸戦隊と共に管理棟突入を狙う『ホロウシュ』を撃破するのが上策だろう。


 ところがノヴァルナ側の突入部隊は、それだけでななかった。『ホロウシュ』の突入の際に空いた穴から、ワンテンポ置いて完全武装の兵士達が次々と姿を現し、浄水・空調施設に対して携帯ロケットランチャーによる攻撃を開始したのだ。横合いを突かれた形になった『アクレイド傭兵団』の兵士達は、この攻撃にたちまち大混乱に陥る。


「なんだと!?」


 これはクーケンにとっても完全に想定外であった。ノヴァルナ側にも増援の可能性を考えはしたものの、これほどまでの戦力を投入して来るなどとは、思っていなかったのである。


“く!…今度はいったい何だ!?”


 突然現れた完全武装の兵士は十八名―――1個小隊である。クーケンはノヴァルナの乗艦である『クォルガルード』の、保安科を完全武装させたものかとも思ったが、一番近い位置にいた部下が、意外な事を報告して来た。


「なに、家紋が違う!?」


 部下からの報告では、新たに突入して来た兵士は、ショルダーアーマーに描いている所属家の家紋が、ウォーダ家の『流星揚羽蝶』ではないという。不吉な予感にクーケンは、部下に問い質した。


「まさか他家の部隊が加わっているのか!? どんな家紋か分かるか!?」


「はっ!…あれは…『三盛亀甲銀河』、アーザイル家です」


「アーザイル家だと!?」


 アーザイル家はオウ・ルミル宙域の一部、オウ・ルミル=ノーザ恒星群を根拠地にする星大名家である。だがアーザイル家がこういった作戦に増援兵力を出して来るような関係を、ウォーダ家が結んでいたとなると、イースキー家にとっても由々しき問題だ。クーケン達の仕えるイースキー家は現在、ロッガ家と友好関係を結ぼうとしており、アーザイル家はそのロッガ家と敵対している状況なのだ。


 このアーザイル家の陸戦隊は、ノヴァルナの妹のフェアンが、ボーイフレンドのアーザイル家嫡男、ナギ・マーサス=アーザイルに助けを求めた事で、派遣されたものであった。ナギは皇国貴族への挨拶回りでキヨウを訪れていたのだが、護衛として警護兵の他に、陸戦隊一個小隊を同行させていたのである。

 アーザイル家陸戦隊は、施設周囲の植え込みを利用して身を隠しながら、眼前の『アクレイド傭兵団』に対する攻撃を続行する。ロケットランチャーの煙が上がる度に、施設を囲む塀が吹っ飛び、その陰にいた傭兵を巻き添えにした。傭兵達もブラスターライフルで応戦するが、植え込みに隠れたアーザイル家陸戦隊へ、闇雲に撃ち返すだけではほとんど効果が無い。増大する損害に、『アクレイド傭兵団』はたまらず後退する。


 アーザイル家陸戦隊が突入地点を確保するとすぐに、二人の家臣を引き連れたナギ・マーサス=アーザイルが姿を現した。銀髪碧眼の人当たりの良さそうな若者だが、次期星大名家当主だけあって闘志には一点の曇りもない。


「我々の役目は側面援護だ。敵への圧力を優先せよ」


 そう命じるナギのもとに破孔の中から、バイクに乗ったノヴァルナが、ランとササーラを従えて走って来た。ナギの横で停車すると、ヘルメットのバイザーを上げて声を掛ける。


「アーザイル殿」


「これはノヴァルナ様」


 礼儀正しく一礼するナギに、ノヴァルナもまじめな口調で告げた。


「今回の御家の援助、まことにかたじけない。のちほど改めて、礼を申し上げに参上したい」


 そう言うが早いか、ノヴァルナは「行くぜ!」とひと声。バイクを急発進させ、アーザイル家の陸戦隊が敵を排除した箇所に向け、ランとササーラと共に一気に加速していく。その後ろ姿をナギは、目を細めて眺めながら呟いた。


「まるで陣風…噂通りの風雲児だな」





▶#08につづく

 

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