#04

 

 それから二時間後、キネイ=クーケンは待っていた。ノヴァルナ達の到着を。


 その場所は『ゴーショ行政区』の東の外れ、『ゴーショ東第二工場区』と呼ばれる広大な工業地帯の一画である。

 工場区は皇都惑星キヨウの大陸部全土を覆う、平均地上高約三百メートルにもなる都市構造体の全てが、積層型の工場施設となっており、クーケン達がノヴァルナを待ち伏せしているのは、その中階層内にある環境整備用のドーム型空間だった。


 工場区の空調・浄水を主目的に造り出されたその空間は、直径が1キロはあり、天井には列をなす無数のファンと人工太陽灯が、交互に並んでいる。そして玩具のブロックで組み上げたような空調・浄水施設の周囲には、多くの広葉樹が植え込まれて、公園の機能も兼ねていた。


 だが、現在の『ゴーショ東第二工場区』は運用を停止されている。理由は無論、皇都の荒廃にあった。荘園惑星からの資源供給が停止され、作るべきものを作る事が出来なくなったからだ。したがってほぼ無人の今のこの地は、クーケンにとってノヴァルナを待ち受けるには格好の場所である。


 しかし、クーケンの気分は優れない。


 それはあのビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマが、戦闘についての“素人らしさ”を全開して、また余計な“計らい”を行ったからだ。この待ち伏せ場所には今、二人が連れて来たイースキー家陸戦隊だけでなく、さらにキヨウで雇い入れた『アクレイド傭兵団』の傭兵五十名まで、加わっていたのである。


 数を見れば確かに戦力は倍増した。ところが雇われた連中は、ソニアと接触するにあたって彼女を“買っていた”―――『アクレイド傭兵団』の中でも、最下級のグループだったのだ。

 クーケンからすれば陸戦隊はまだしも、ならず者同然の傭兵など、足手まといの存在にしかならない。

 

 クーケンの不満にも気づくはずなく、空調・浄水施設の中央部で、全体を見下ろす位置にある管理棟の中、後ろ手に手錠を嵌められたノアとメイア、そしてソニアを前にしたビーダ=ザイードは、「ホッホホホホ…」と裏声の笑い声を上げると、「かーんぺき!」と続けた。施設の各所に設置されている監視カメラには、数名ずつに分かれて潜む、兵士達の姿が映し出されている。


「傭兵達の配置も間に合ったし、あとは大うつけちゃんの到着待ち。そうでしょ、ラクシャス?」


 問いかけられたラクシャスは腕組みをして、「ああ、完璧だ」と応じた。それもまた、クーケンにため息をつかせる。


「ですが、我々がこの場所に到着して二時間…迅速が売りであるノヴァルナ様にしては、到着が少々遅いように思われますが」


 しかしビーダは取り合わない。余裕の表情で言い放つ。


「そりゃあ、大うつけちゃんにすれば不意を突かれたんだもの。オタオタして時間を無駄にするのも、当然よぉ」


 根拠のない自信。そして推察が甘い…甘過ぎる。ビーダとラクシャスの判断に、クーケンは顔をしかめた。惑星ルシナスでノヴァルナとその家臣達と、実際に戦ったクーケンはその手強さを実感し、ノヴァルナが世間の言うような“大うつけ”とは全く別の人種…最も侮るべからざる、“利口な馬鹿殿様”だという事を思い知らされていたのである。


 だがビーダはという男(?)は、無駄に洞察力は優れていた。いやオルグターツ=イースキーの寵愛を受けるがために、ラクシャス共々洞察力が養われたのだろう。自分に向けられるクーケンの視線の意味を、瞬時に見抜く。


「あら。ご不満のようね? 少佐」


「いいえ。そのような事は…」


「あなたの事は信頼してるのよ、少佐。平民出でも優秀だって事も知ってるわ。だから現場の指揮は任せてるの。でも作戦全体の指揮を執るのは、『ム・シャー』であるアタシとラクシャス…それを忘れちゃイヤよ」


 絡みつくような眼で言って来るビーダ。そしてこの場を不安定にさせているもう一人の人物が、ビーダとラクシャスが雇った『アクレイド傭兵団』部隊の指揮官、バードルド=ブロットである。

 兵士というより悪徳商人といった感のあるバードルドは、ニタニタと笑いながらクーケンに話し掛けた。その表情はまるで、いいスポンサーを見つけた三流興行師のようでもある。


「そうですよ、クーケン少佐。安心してくだせぇ。俺ら、仕事はキッチリやらせてもらいますからねぇ」

 

 バードルドの言葉に「よろしく頼む」と、ありきたりな社交辞令だけは返すクーケン。一方でそのバードルドは、ビーダとラクシャスの前に置かれた、ノア達に粘着質の笑みを向ける。そしてソニアに言い放った。


「しかしおまえに、こんないいオンナのツレがいたとはなぁ。紹介してくれりゃ、良かったのによぉ」


 キッ!…と鋭い眼で睨み付けるソニア。自分はともかく、親友に対する下衆な物言いは許せなかったのだ。ただそのような正義感も、バードルドを愉悦の表情にさせるだけだった。


「おおコワ…おいおい、お得意様はもっと大切にするもんだぜぇ。俺達のおかげで喰っていけてるって事を、忘れてもらっちゃ―――」


「やめて!」


 バードルドの言葉を途中で遮るソニア。隣にいるノアが、バードルドの言葉の意味を察して、怪訝そうな表情で自分を見たからだ。だがバードルドはますます増長する。


「んん? なぁんだソノア。おまえこっちの姫様に、今は体を売って生活してるってこと…黙ってたのかよ。あー、そいつは悪かったなぁ!」


「!」


 わざとらしい詫びの言葉まで付け足して、サディスティックな粘着質の笑みを大きくするバードルドに、ソニアは表情を強張らせ、一瞬ノアを振り向くと、怯えた顔になって眼を逸らす。その反応がむしろバードルドの放言が、真実である事を物語っていた。






▶#05につづく

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