#09

 

 五隻の無人駆逐艦は、ノヴァルナ側から見て右翼に陣を置くように配置され、少数ながらも傾斜陣を組んで航行していた。その距離は約4千万キロ。光の速度でおよそ2分半である。五隻は距離を保ったまま、戦場の移動に随伴している。


 じつはこの五隻の存在がラフ・ザスにとって、ノヴァルナ側の戦術の不確定要素として、引っ掛かっていたのだ。


 約4千万キロとは、ビーム兵器の射撃でも着弾まで2分強はかかり、砲戦向きの距離ではない。事実五隻は一度も砲撃を行っていなかった。そしてそれ以上に不可解なのは、戦力的に劣勢のノヴァルナ側であるのに、戦闘そのものに参加していない事だ。戦艦に対する駆逐艦最大の攻撃兵器は、宇宙魚雷に他ならない。それを活かすために駆逐艦部隊は、戦場を駆け回っているのがセオリーなのだが、相対位置を維持する以外の動きは見せていない。


 それにラフ・ザスのもう一つの疑念は、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家の艦隊が、本当にどこにも潜んでいないのか?…という事だった。

 現在の戦況は緒戦の先手を取られた状態から逆転し、ノヴァルナ側に不利となっている。もし本隊が別にいて挟撃を目論んでいたのであれば、その出現のタイミングをすでに、逸してしまっていると言っていい。BSI部隊戦で、ベグン=ドフがノヴァルナに対して優勢に戦っているからだ。ノヴァルナが戦死すれば、内情が不安定だと言われているキオ・スー=ウォーダ家は、こちらに関わっている場合ではなくなるだろう。


 そう考えるとやはり、あの駆逐艦五隻に何らかの意味があるように、ラフ・ザスには思えて来る。


 解析によれば、駆逐艦は五隻ともJW-098772星系の予備艦泊地から、ノヴァルナ側が奪った艦だった。つまりあれもキオ・スー=ウォーダの艦ではなく、敵の編成はノヴァルナ当人が乗艦していた、あの軽巡と軽空母が混ざり合ったような奇妙な艦(クォルガルード)以外は、『クーギス党』の艦に、こちらから奪った軽巡と駆逐艦ばかりなのだ。


“分からん…ノヴァルナ殿は、何を狙っておられる?”


 八方破れの戦い方をする、と噂されるノヴァルナ・ダン=ウォーダに、まだ隠し玉があるような気がしてならず、ラフ・ザスは有利な戦いの中でも、考える眼をしたままだった。


 するとそこに通信科のオペレーターが、気になる情報をもたらす。


「敵の別動駆逐艦部隊が、指向性暗号通信を開始。方向は第四惑星です」


 それを聞いてラフ・ザスは眉をひそめた。


「第四惑星…ザーランダの方向だと?」




“まったく…ほんとに上手く、運ぶんスかねぇ………”


 胸の内でそう呟いたのは、五隻の駆逐艦の間に紛れ込んだシャトルを操縦する、トゥ・キーツ=キノッサである。ラフ・ザスの座乗する『ゴルワン』が傍受した第四惑星ザーランダへ向けての暗号通信は、駆逐艦ではなく、キノッサのシャトルが発していたのだ。

 それもそのはずで、駆逐艦は五隻とも無人であるから、通信など送れはしない。自動航行プログラムと遠隔操作で、ノヴァルナ達について来ただけのものだった。それを戦場の外れに、さも意味ありげに配置したのは、ノヴァルナお得意の“悪ふざけ”に近いものだ。


 キノッサは眼前にホログラムで浮かび上がった、五隻の駆逐艦の遠隔操作パネルをチェックしながら、ノヴァルナから五隻の駆逐艦の意味と、この作戦を授けられた時の事を思い出していた。




「は? 意味はない?…とりあえず置いとく?…なんスか、それ?」


 ノヴァルナの執務室で、ネイミアが用意してくれた紅茶と、茶菓子を相伴にあずかりながら、キノッサは頓狂な声を上げた。


 ソファーの上に行儀悪く胡坐をかいたノヴァルナは、ティーカップの紅茶をひと口啜ってから、あっけらかんと応じる。


「いや、戦闘域ギリギリのところにいるようにしときゃ、あとはその理由を、連中が勝手に考えるだろうってな」


「そんなんで、いいんスかぁ?」


「駆逐艦が五隻だけでも、キッチリ陣形を組んでりゃあ、ジッとしてるだけで、なんかありそうに見えっだろ。あのヴァンドルデンってヤツ、用心深そうだからな。あーゆーヤツは、一つ一つの物事に存在理由を求めるもんさ」


「しかしッスねぇ…」


 半信半疑な視線を返すキノッサ。


「だから戦いは数だって言ってっだろ? どうせ無人で戦闘には使えねーし、戦場へ持ち込んでもすぐ撃破されるだけなら、ダメモトで動かない五隻って数を、利用すりゃいーんだって話だ」


 と言っておいてノヴァルナは、ネイミアが焼いた茶菓子のクッキーを口に放り込み、その味に満足してネイミアに親指を立ててみせると、不敵な笑みをキノッサに向けた。


「ただな、場合によっちゃあ…意味が出て来る」


「意味が出て来るんスか?」


「おう。そんでもって、そん時はてめーの出番だ。キノッサ」


 ノヴァルナの言葉に首をかしげるキノッサ。するとノヴァルナはティーカップを飲み干し、カチャリと音をさせて受け皿の上に置く。そして不敵な笑みを、人の悪い笑顔に入れ替えて問い質した。


「おまえ、どうせヒマだろ?」





▶#10につづく

 

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