#16

 

 ラフ・ザス=ヴァンドルデンから『クーギス党』へ送られた返信は、そちらの望み通りの期日にこのユジェンダルバ星系へ攻勢を仕掛ける、というものだった。


 それを聞いてノヴァルナは内心で胸を撫で降ろした。ラフ・ザスの返信内容は、自分が予想した通りのものだったからだ。その予想とは、植民惑星イスラハを焦土と化すなど、一見冷酷に思えるラフ・ザスだが、そのじつ、中身は武人のままなのではないかと思っていた事だ。


 そしてその理由は、ノヴァルナがバグル=シルの交易ステーションで会った、一人の男から聞いた話に基づく―――






時は遡り、ノヴァルナ達が『ヴァンドルデン・フォース』に関する情報収集に訪れていた、バグル=シルの交易ステーション―――




 “オーデン”が温かな湯気を上げる屋台の情報屋。元はアザン・グラン家の武人だったと思われる店の主から、ノヴァルナ達は別れ際に告げられた。


「そうそう…あたしゃラフ・ザスって男にゃ詳しくないが、最近このステーションに住みついた奴で、昔のラフ・ザスを知ってるってのがいるよ。なんなら居場所を教えてもいいが」


 それに対し、さらに相応の情報量を上積みしたノヴァルナは、男の居場所を聞き出し、指定された場所―――ステーションの商業区画の一番奥に、小さな店舗を構える、バイオコンピューター関係のジャンク屋を訪れた。

 そこにいたのは、熊のような容姿のベアルダ星人であった。キオ・スー=ウォーダ家の筆頭家老、シウテ・サッド=リンと同じ種族だ。



「帰ってくれ」



 パーツの整理をしていたベアルダ星人の男は、ノヴァルナがラフ・ザスの名前を出した途端、棚を前に振り向きもせず、無愛想な声でそう告げた。ただそんな程度で怯むノヴァルナではない。男の言葉など聞いていないていで、言い放った。


「ラフ・ザス=ヴァンドルデンってのが、どんなヤツなのか聞きてぇ。ヤツとその部下どもを、ぶっ潰すためにな!」


 ノヴァルナのその言葉に手を止めた男は、ようやく振り向いて尋ねて来る。


「若いの、あんた誰だ?」


 その問いに隠し立てせず名乗るノヴァルナ。


「俺はノヴァルナ・ダン=ウォーダ。泣く子も黙るキオ・スー=ウォーダの、御当主様さ!」


 それを聞いてベアルダ星人の男は、僅かに肩を震わせた。そして一言ひと言を確かめるように言う。


「キオ・スーのノヴァルナ…あんた、本気で閣下の…ラフ・ザスの暴走を止めるつもりなのか?」


 男の言葉を聞き逃さないノヴァルナ。男はかつて、ラフ・ザスの軍にいた事があるらしく、“閣下”と呼んだラフ・ザスの現状を“暴走”と認識しているようだ。


「おうよ!」


 きっぱり告げるノヴァルナに、男はラフ・ザス=ヴァンドルデンの過去を語り始めた。

 

 ラフ・ザス=ヴァンドルデンは当時、中立宙域の端に位置する皇国直轄植民星系アイオニアスに駐屯地を置く、銀河皇国第24恒星間防衛艦隊の司令長官を務めていた。


 恒星間防衛艦隊とは星系防衛艦隊とは違い、恒星間航行能力を保有する宇宙艦で編成されており、管轄する複数の植民星系の間を移動して、防衛行動を行うものである。

 そしてアイオニアス星系第三惑星アイオルバムには、ラフ・ザス=ヴァンドルデンの第24恒星間防衛艦隊司令部があり、皇国から派遣されたラフ・ザス以下の、主だった将兵は家族と共に暮らしていた。彼等にとってはアイオルバムが第二の故郷となっていたのである。


 戦国時代とは言え、星大名には不可侵の中立宙域であり、『オーニン・ノーラ戦役』を経て以来、アイオニアス星系においても平和な日々が続いていた。


ところが三年前―――


 アーワーガ宙域星大名ミョルジ家による、皇都宙域ヤヴァルトへの武力侵攻が起きた。銀河皇国摂政のハル・モートン=ホルソミカの、専横で自堕落な皇国支配への叛旗という名目で。

 この戦いで敗北。皇都星系ヤヴァルトにまでミョルジ軍の侵攻を許した皇国直轄軍―――事実上のホルソミカ軍は、星帥皇室共々皇都惑星キヨウを脱出。中立宙域を抜け、オウ・ルミル宙域との国境付近にある、ク・トゥーキ―星系を目指そうとした。


 当然ミョルジ軍はこれを追撃、敗走する皇国直轄軍は、退路上付近に位置する恒星間防衛艦隊に対し、ミョルジ家追撃部隊の阻止を命じたのである。


 この命令に従い、ラフ・ザスの第24恒星間防衛艦隊も出動。ミョルジ軍とその相当部分を構成する『アクレイド傭兵団』へ攻勢防御戦を仕掛けた。

 オーツ星団で勃発した戦いは熾烈を極め、第24恒星間防衛艦隊は戦力の大半を喪失。引き換えに星帥皇室の撤退を成功に導いた。


 その功は大いに賞賛されるはずのものである。ところが満身創痍の状態の第24恒星間防衛艦隊が、駐留地のアイオニアス星系へ帰還すると、凄惨な事実が彼等を待ち受けていた。

 彼等の留守中にミョルジ軍と『アクレイド傭兵団』の混成別動隊が、アイオニアス星系を襲撃したのだ。星系には地元民を中心にした星系防衛艦隊が別にいたが、何の抵抗もせずに降伏。しかもアイオニアス星系の住民達は、駐留している第24恒星間防衛艦隊の将兵の家族を、自分達が助かるため、生贄同然に別動隊に差し出していたのだった。


 傷付き、疲れ果て、這うように生還した、第24恒星間防衛艦隊の将兵―――ラフ・ザス達が見せられたのは、すべてを奪い尽くされた居住区に転がる、家族の死体。親兄弟は拷問死、妻や娘や姉妹は暴行され、そのまま殺されるか、おそらく人身売買の商品として、いずこかへ連れ去られていた惨状であったのである。

 

 このようなものを見せられて、ラフ・ザスら、生き残った第24恒星間防衛艦隊の将兵が、精神の平衡を保てるはずもなかった。アイオニアス星系の住民はミョルジ軍別動隊から、第24恒星間防衛艦隊はすでに全滅したと風聞されており、その結果、自分達が生き延びるために、ラフ・ザス達の家族を敵に売り渡したのだが、それを言い訳に聞いたところで、どうなるものではない。


 そしてそれに追い討ちをかけるかのように、ホルソミカ軍から星帥皇室は無事、オウ・ルミル宙域へ入った事は告げられたが、第24恒星間防衛艦隊をはじめとして、死に物狂いで退路を確保した周辺宙域の防衛艦隊に対し、何の労もねぎらわれなかったのであった。




この…ゴミムシども!―――




 ラフ・ザスの怒りは、敵よりも自分達を裏切ったアイオニアス星系の住民と、自分達を利用するだけ利用して捨てた、皇国直轄軍に向かった。


 皇国中央から派遣されて以来、将兵は皆アイオニアス星系を第二の故郷と思い、住民達に受け入れられるよう、家族ぐるみで様々な融和行事に参加して来た。ともすれば銀河皇国の封建的支配の象徴と取られる自分達こそが、植民星系と皇国中央の橋渡し約なのだと感じてもらえるように…そしてそれは翻って、星帥皇室と銀河皇国への忠誠の証でもあったのだ。



それを!―――



薄汚い裏切り者ども!―――



何のための融和、何のための忠節か!―――



お前達は畜生以下だ!―――



 それでもかろうじて自制していたラフ・ザスのたがが外れたのは、ミョルジ家の中立宙域討伐部隊が、ラフ・ザスを挑発するためにもたらした情報、敵に連れ去られた娘の凄惨な末路についての情報によるものだった。


 書き記すことを憚られるような娘の末路を知り、ラフ・ザスは第24恒星間防衛艦隊の残存部隊を率いて出撃、圧倒的不利な状況を覆して、ミョルジ家部隊を撃破した。ところがこれはラフ・ザス艦隊を、アイオニアス星系から引き離すための罠であり、留守になった星系をもう一つのミョルジ家艦隊が襲撃したのだった。ただラフ・ザスはこれを予期はしていた。そしてその上で挑発に乗ったのである。


 襲撃して来た敵に、自分達が売り渡したラフ・ザス艦隊の将兵の家族と同様の、略奪と暴行と凌辱を受け始め、第三惑星アイオルバムの住民はラフ・ザス艦隊に、恥も外聞もなく助けを求めた。その救援要請を聞いたラフ・ザスは、何の感情も含まぬ声でこう告げたのである。




「アイオニアス星系へ引き返し、ミョルジ家部隊を撃滅。しかるのちに、第三惑星アイオルバムに対し、艦砲射撃を加える………」





▶#17につづく

 

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