#10

 

 JW-098772星系第九惑星の未使用艦泊地で、警備用機動兵器が二機とも破壊され、恒星間航行能力を持つ軽巡航艦三隻と駆逐艦七隻が奪い去られた事を、『ヴァンドルデン・フォース』の首領ラフ・ザスが知ったのは、それから三時間後であった。


 警備用機動兵器からの超空間通信による緊急通報を受信し、隣接する『ヴァンドルデン・フォース』の本拠地、リガント星系にいた留守居艦隊が急行したが、それでも出撃に二時間を要したため、到着した時にはすでに手遅れとなっていた。


 バグル=シルの交易ステーションから帰還中だった、ラフ・ザス=ヴァンドルデンは、旗艦『ゴルワン』の私室でその報せを受け取ると、艦橋へと足を運んだ。艦橋の扉が開くと、三人の参謀と『ゴルワン』の艦長が頭を下げる一方で、太鼓腹を揺らせながらベグン=ドフが大きな声を発して来る。


「おお、ヴァンドルデン様。エラい事になりましたぜ!」


 ラフ・ザスはそれには応じず、参謀の一人に落ち着いた口調で問い質した。


「艦を奪った者達についての、詳しい情報は?」


「それが…第一報以降、機動兵器と音信不通となりまして、何も」


 参謀の返答に、ラフ・ザスは怪訝そうな表情をする。


「音信不通? 二機の機動兵器が同時に、一撃で破壊でもされない限り、そんな事は不可能だと思うが?」


「は。それがどうやら、第一報後、ジャミングを掛けられたようで」


「ジャミングだと?」


 眼光を鋭くするラフ・ザス。軍用の機動兵器の超空間通信を妨害するなど、同等の軍事技術を有していなければ、出来ない事である。事実、泊地では機動兵器が稼働した直後、『クォルガルード』と『クーギス党』の軽巡航艦が即座に、通信妨害のジャミングフィールドを展開したのだった。


「手際の良さといい…素人では無いと思われます」


「何者でしょう?」


 二人の参謀がそう言うと、ベグン=ドフが両腕を振り回して叫ぶ。


「何者でもいい! この中立宙域でオレ達に逆らうヤツは、探し出して皆殺しにしてやるぜぇ!!!!」


「し…しかしどうやって?」と別の参謀。


「そりゃあ、草の根を分けてもってヤツだ!!」


 言葉の中身から実際には、何も考えていない事を露呈するドフ。ラフ・ザスは軽く右手を挙げ、ドフの口をつぐませた。


「探す必要はない…」


「はぁ!?」と首を捻るドフ。


 ラフ・ザスはこの未使用艦の奪取が、単なる強奪ではないと睨んでいた。本格的の装備を持った何者かの挑戦…そう読んだのである。それならこちらにも考えがあるところを見せねばならない。


「向こうから名乗り出るように、仕向けるまでだ…」

 

 『ヴァンドルデン・フォース』から奪った艦を従え、ノヴァルナが超空間転移で移動したのは、彼等が守ろうとしているユジェンダルバ星系ではなく、そこから約4光年の距離にある、BB-159902星系だった。


 これは奪取した未使用艦には、最低限の運用人員しかいなかったため、『ヴァンドルデン・フォース』がユジェンダルバ星系に配置している、監視システムの回避が困難だったからである。

 そしてBB-159902星系には、『クーギス党』の母艦『ビッグ・マム』と輸送艦『プリティ・ドーター』が待っていた。いや、ただ待っていたのではない。奪取して来た艦を動かせるだけの人員を乗せて…だ。


 その人員とはネイミアの故郷、第四惑星ザーランダに残されていた星系防衛艦隊の兵士達である。

 彼等は地元で志願、あるいは徴用された民間出身の兵で、皇国直轄軍の派遣将兵が星系を見捨てて離脱した際、全員解雇されていたのだ。彼等であれば、ノヴァルナ達の奪って来た艦を運用する事が出来る。ノヴァルナがネイミアの父で、臨時行政府の代表を務めるハルート=マルストスに対し、“覚悟を見せろ”と述べた真意はここにあった。


 そのハルート自身も『ビッグ・マム』に乗り込んでおり、『クォルガルード』との交信で、ノヴァルナに挨拶する。


「お疲れ様でした。ノヴァルナ様」


 通信ホログラムの中、温厚そうな表情で頭を下げるハルートに、ノヴァルナは不敵な笑みで「おう」と応じた。


「こっちの手土産は見ての通りだ。あんたらの方はどれぐらい集まった?」


「とりあえず、アルポートで四百人ほどは…」


「ふぅん…まぁ、そんなとこだろな」


 アルポートとは惑星ザーランダの首都である。バグル=シルの交易ステーションで、JW-098772星系に未使用艦がある事を知ったノヴァルナは、惑星ザーランダに残っている地元の兵士達を使って、これを稼働できるようにし、戦力に加えようと考えたのだ。

 しかしなにぶん急な作戦のため、ハルートに兵の再招集を命じたものの、首都アルポートにいた兵士の中でおよそ四百人が限界だった。四百人はそれなりに多いようにも思われるが、十隻の宇宙艦に対し単純計算で一隻あたり四十人では、今の一隻あたり三十人が乗り込んでいる、最低運用人員数とさほど変わらない。


「現在もザーランダ全域で再招集をかけております。我々が戻った頃には、さらに集まってはいるかと…」


 少々弁解がましく言うハルートに対し、ノヴァルナは「期待しておこう」とだけ言葉を返した。期待が先行する皮算用はこういった場合、危険でしかないからだ。

 

「ともかく、今は合流が先だ。艦長、ランデブーコース」


 ノヴァルナが振り向いて命じると、マグナー大佐は「御意」と応じ、航宙士官に針路の調整を命じた。そうしておいて、ノヴァルナに声を掛ける。


「しかし…まだ助かりましたな。未使用艦が、皇国直轄軍のものであって」


「ああ。そうだな」


 マグナーの言葉に頷くノヴァルナ。惑星ザーランダにいる元兵士が、皇国直轄の星系防衛艦隊にいたのであれば、奪って来た皇国の艦にも、慣れているはずだからである。ただ問題は、再招集した兵の中に、艦の指揮を執れるような上級士官が、どれほどいるかだった。話によると、上級士官の大半が皇国から派遣された者で、惑星ザーランダの出身者は少ないらしい。


“最悪、『ホロウシュ』のヤツらを、艦長デビューさせるかぁ…”


 マグナー大佐の命令に従ってコースを変えてゆく、『クォルガルード』の艦橋から見える光景を眺め、ノヴァルナは胸の内で呟いた。この若者の親衛隊である『ホロウシュ』は、将来的にノヴァルナの軍の中枢を担わせるため、BSIパイロットだけでなく、艦や艦隊の指揮訓練も受けている最中だ…無論、実戦はおろか現実の艦による訓練すらしておらず、記憶インプラントによる知識教育とシミュレーターのみの訓練だが。


 自分はかなり無茶をしている…ノヴァルナはあらためて自覚した。幾ら戦力が足りないからと言って、敵から掠め取った艦に地元の兵士をかき集めて、ろくな訓練も行わずに戦わせようというのだから。しかし泣き言を口にしている余裕など、自分にもザーランダの住民達にもない。


「艦長」とノヴァルナ。


「はい」


「ランデブー後、『ビッグ・マム』で訓示を行う。集まれる者は全員集めてくれ…『クーギス党』やザーランダの兵士もな」


 それを聞いて傍らにいるササーラやランだけでなく、マグナー大佐自身までもが「えっ!?」と声を漏らした。ノヴァルナの口から“訓示”という言葉が出るなど、前代未聞に等しい出来事だからだ。ただ相手のそのような反応を、見逃すノヴァルナでもない。間髪入れずに、マグナーからランまでを見渡して問い質す。


「“えっ!?”って、なに?」


「いっ…いえ」


 声を合わせてたじろぐ三人。しかしその時、先に『ヴァンドルデン・フォース』が動いた。『クォルガルード』の通信オペレータが、ヘッドピースに片手を置いたままで、ノヴァルナ達を振り返って報告する。


「超空間通信受信!…『ヴァンドルデン・フォース』が超空間量子通信を使って、中立宙域のこの周辺にある、全ての植民星系にメッセージを送っています!!」




▶#11につづく

 

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