#21
それから約四時間後、『クーギス党』の海賊艦隊から二隻の宇宙船が離脱しようとしていた。一隻は『ラブリードーター』。もう一隻は『プリティドーター』。双方とも三年前、ノヴァルナと共同戦線を張った際に、ロッガ家から奪った輸送艦を改造したものである。このうち『ラブリードーター』の方は、エンジンを大幅強化され、巡航艦並みの速度と超空間転移距離が出せるようになっている。
この『ラブリードーター』に『クォルガルード』から移乗するのが、ノヴァルナと別行動をとって先に皇都惑星キヨウへ向かう、ノアとノヴァルナの二人の妹、そして外務担当家老のテシウス=ラームだ。この四人に護衛と補佐として、ジュゼ=ナ・カーガ、キュエル=ヒーラー、キスティス=ハーシェルの女性『ホロウシュ』に、メイアとマイアのカレンガミノ姉妹が同行する。
ここまで頑張って協力して来たフェアンへのご褒美…キヨウに来ているボーイフレンド、オウ・ルミル宙域ノーザ恒星群星大名アーザイル家の嫡男、ナギ・マーサス=アーザイルとの“デート”の他、ラームはキヨウで待つ貴族、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナを訪れ、外交関係の処理。そしてノアにはかつて留学していたキヨウ皇国大学で、超空間ネゲントロピーコイルを使用したトランスリープ航法についての情報収集など、旅の遅延で停滞しているこれらを解消するために、『クーギス党』の高速艦『ラブリードーター』を借りようというのだ。
そしてもう一隻の『プリティドーター』、こちらにはノヴァルナ自身が乗り込む事になっていた。その目的は『ヴァンドルデン・フォース』を、自分の眼で偵察するためである。
敵となる『ヴァンドルデン・フォース』。その本拠地はここから11光年ほど離れたリガント星系だが、さすがにそこへ向かうのは危険過ぎた。そこで距離は遠くなってしまうが、約72光年離れたバグル=シルの交易ステーションを、目指す事にしている。
このバグル=シルの交易ステーションが、『ヴァンドルデン・フォース』のメインの交易中継ステーションとなっており、幹部達が常駐。主力部隊も物資補給に頻繁に訪れるというからだ。当然ノアをはじめ周囲の者は、このステーションへ行く事でも充分危険だと警告をしたが、重要な案件は何でも、自分の眼で確かめようとするノヴァルナが言う事を聞くはずもない。
戦闘輸送艦『クォルガルード』の格納庫で、双方の輸送艦に向かうシャトルを前に、出発を控えたノアはノヴァルナに声を掛けた。
「ちゃんとご飯、食べるのよ」
「はぁ? 俺の母親かよ」
苦笑いで応じるノヴァルナに、ノアは冗談じゃないから…という表情で告げる。
「だってノバくん、一つの事にムキになったら、ご飯も食べなくなるじゃない」
「ノバくん言うな」
そう答えながらも、ノヴァルナはノアの頭に軽く手を置いて、ゆっくりと撫でながら言った。
「おめーも、気をつけろよ」
発進した二隻の輸送艦は、別々の方向に向けて航行を開始した。遠ざかって行くノアと妹達を乗せた『ラブリードーター』を見送る、ノヴァルナの『プリティドーター』には他に、ランとササーラ。そしてキノッサとネイミアが同行しており、艦の指揮はモルタナが執っている。
一方、頭領のヨッズダルガは口下手なところがあるため、バグル=シルの交易ステーションで口を滑らして余計な事を言わないように、『ラブリードーター』を指揮して、ノアと妹達をキヨウまで送って行く。
約72光年の距離であれば、一回の超空間転移で到達出来る距離である。目指すバグル=シルの交易ステーションへの到着は、すぐの事であった。
バグル=シルの交易ステーションは、中立宙域のこの辺りでは最大の中継ステーションであり、恒星系ではなく、シル星雲という青いガスで構成された青雲の中に浮かぶ、巨大な菱形の構造体だった。モルタナの話では、元は星雲のガスから『ニルベオス』という、対消滅反応炉の冷却材に使用していたガスを抽出する、プラント工場だったらしい。
ステーションは『ヴァンドルデン・フォース』の支配下にあっても、需要な存在である事に変わりはないらしく、多くの交易船が周囲を行き来していた。ここを訪れるのにノヴァルナが、『クォルガルード』ではなく『プリティドーター』を選んだのは、新鋭艦で巡航艦並みの武装を持つ『クォルガルード』では人目を引き易いからである。その点、元はロッガ家の旧式輸送艦だった『プリティドーター』は、上手く風景に溶け込めるに違いないだろう。
そしてノヴァルナのその判断は正しく、ステーションを訪れている交易船はどれも、使い古されてくだびれた姿をしていた。無論ノヴァルナ達自身、ステーションに乗り込むため、『クーギス党』から目立たない服を借りて着込んでいる。
輸送艦『プリティドーター』の艦橋で、近付いてゆくバグル=シルの交易ステーションと、周囲の交易船の様子を眺めていたノヴァルナは、左斜め前に立つモルタナに尋ねた。
「ねーさんは連中と面識はあんのか?」
それに対しモルタナは、前方を見詰めたまま応じる。
「ああ。多少はね…いけ好かないヤツらさ」
ここへ来る道中でモルタナに聞いたところでは、お互いに目障りな相手だと思いつつも、それなりの戦力を持ち、また活動圏も違うため、表立って対立はしていないらしい。
すると前を向いたままのモルタナが、不意に右腕を突き出して一点を指差し、冷めた声で告げた。
「あんた、ツイてるよ…それがツイてるって、言うならね」
「は?」
首を捻ったノヴァルナが、モルタナの指差す方向を見る。そこには大型の宇宙戦艦が一隻と二隻の巡航艦が、バグル=シルの交易ステーションの向こう側から接近して来ていた。モルタナの声のトーンが下がる。
「ヤツらの首領、ラフ・ザス=ヴァンドルデンの旗艦さ………」
【第13話につづく】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます